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病弱な従妹に思いやりがない」? 婚約者様、それが私に何の関係が?  作者: さんけい


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15/20

15 グランヴィル夫人の来訪

 翌日の午前、お父様から「先方の奥方がいらっしゃる」と聞かされた時、私は思っていたより平気だった。

 驚かなかった、というほうが近いかもしれない。

 あの返書を読んだあとでは、向こうがこのまま引き下がるとは考えにくかったし、むしろ誰かが直接こちらへ来るほうが自然に思えた。

 花で済ませようとして、書面でもまだ「少し時間を置けば」と言ってくるような人たちだ。

 顔を合わせれば丸く収まると、きっとまだ思っているのだろう。

 私は居間の窓辺で、手にしていた本を閉じた。

 読んでいたつもりだったけれど、何が書いてあったのかはほとんど頭に入っていない。

 外では薄曇りの空の下、庭師が剪定した枝をまとめていた。鋏の小さな音が、とぎれとぎれに聞こえてくる。


「会ってみる?」


 お母様がそうおっしゃったので、私は少しだけ考えた。

 考えるまでもないことのようでもあったし、ここで逃げるのも違う気がした。


「ええ」


 私は答えた。


「お会いします。けれど、二人きりでは嫌ですわ」

「もちろんよ」


 お母様はすぐにそう言ってくださった。

 その一言だけで、胸の内のこわばりが少しやわらぐ。

 前なら、婚約者の母君がいらっしゃるのなら、無礼のないように、穏やかに、とまずそちらを考えただろう。

 けれど今は違う。私はもう、向こうに都合のよい聞き分けのよさを見せるために座るのではないのだ。


 お母様のほかに、キャサリン姉様も同席することになった。


「あなた一人に受け答えをさせる気はないわ」


 そう言いながら、姉様はこともなげに手袋の指先を整えていた。

 その落ち着きが、ありがたい。

 約束の刻限が近づくにつれ、不思議と気持ちは静まっていった。

 怖くないわけではない。

 ただ、昨日までのような曖昧な迷いがないのだ。

 私はもう続けたくないし、その気持ちは家族にも伝わっている。そう思うと、背中に一本まっすぐ芯が通ったような感じがした。


 応接間へ入ると、先方の奥方はもういらしていた。

 リチャードのお母様、ヘレン夫人は、やはりきれいな方だった。

 淡い藤色のドレスに、揃いの帽子。装いにも姿勢にも乱れがなく、椅子に座っているだけで、育ちのよさと社交の場で磨かれてきたものがよく分かる。

 こういう方なのだ、と私は改めて思った。

 表向きの形を整えることに長けていて、声を荒らげず、笑みも絶やさず、それでいて相手に譲らせることに慣れている人。


「お時間をいただいてしまって、ごめんなさいね」


 私が席に着くなり、奥方はやわらかな声でそうおっしゃった。


「とんでもございません」


 私も礼を返す。思ったより自然な声が出た。

 お母様が向かいに座り、キャサリン姉様は少し斜めの位置を選んだ。

 メイドが茶を置いて下がるまでの短い間、当たり障りのない言葉が二、三交わされたけれど、それは本題へ入る前の飾りにすぎなかった。

 先に口火を切ったのは、やはりリチャードのお母様だった。


「まずは、このたびのことで、あなたを嫌なお気持ちにさせてしまったことを、お詫びしなければなりませんね」


 その言葉は丁寧だったし、声音も柔らかかった。

 けれど、私はその“嫌なお気持ち”という言い方に、すでに少しだけ白けていた。


 ――嫌なお気持ち。


 それだけだろうか、と。


「ありがとうございます」


 私はそう答えた。


「ただ」


 夫人はそこで、紅茶の取っ手に軽く指を添えた。


「これは本当に、《《少し行き違ってしまっただけ》》のことだと、私は思っておりますの」


 やはり、と思った。

 私は黙って、その先を待つ。


「リチャードは、幼い頃からひどく情にもろいところがありましてね。困っている身内を見ると、どうしても放っておけないのです」

「そうですか」

「特にエミリーは、あの子にとって昔から気にかかる従妹でしたから」


 奥方はそこで、いかにも仕方がないというふうに小さく微笑んだ。


「身体も丈夫ではありませんし、気持ちの揺れも大きい子でしょう? そんな相手に頼られれば、つい心が向いてしまうのは、ある意味では長所ではなくて?」


 私はその言葉を聞きながら、膝の上の手をそっと重ねた。

 長所――? たしかにそう見えるのかもしれない。

 けれど、その長所のために私との約束は何度も後へ回された。

 私が受け取ったのは美談ではなく、繰り返される後回しだった。

 お母様が、静かに口を挟まれる。


「ですが、その“長所”のために、こちらの娘は幾度も同じ目に遭っておりますのよ」

「ええ、それは本当に配慮が足りませんでしたわ」


 奥方はすぐに頷いた。


「でも、リチャードに悪気があったわけではないのです。あの子は一人息子で、少し真っすぐすぎるところがあるものですから」


 私はその一言で、胸の内がひやりとした。

 悪気はない。一人息子だから。真っすぐすぎる。

 結局また、そういう話になるのだ。

 本人の未熟さは、事情や性質できれいに包まれ、こちらへは理解が求められる。

 キャサリン姉様が、やわらかな声で言う。


「悪気がなければ、繰り返しても仕方ないと?」

「いいえ、そんなつもりでは」

「でしたら、何をお伝えになりたいのかしら」


 姉様の声は少しも強くないのに、奥方はほんのわずかに目を細めた。

 そのやりとりを見ながら、姉様がいてくださってよかったと私は改めて思った。

 私ひとりなら、もう少し曖昧に受け取っていたかもしれない。相手が穏やかに話せば話すほど、こちらが気を荒立てているような気分にさせられてしまいそうだから。

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