14 知らされていないのだとしても
私は膝の上に置いた手をそっと重ねた。
腹が立っているはずなのに、どこか冷めてもいた。
ここまで分かりやすく書かれると、むしろ迷う余地がなくなる。
「見事ですこと」
お母様が言った。
「こちらの娘が繰り返しないがしろにされたことは“若さ”で済ませて、まだ譲れとおっしゃるのね」
「しかも、理知的で思慮深いから我慢できるだろう、と」
ハロルド兄様の声には、もう隠そうともしていない苛立ちがあった。
「結局そこなんだよな」
ジョン兄様が壁にもたれたまま言う。
「イブリンなら飲み込むだろう、って最初から思ってる」
私はようやく口を開いた。
「……先方は、本当に婚約解消になるとは思っていないのですね」
自分でも驚くほど、平板な声だった。
お父様が私を見る。
「そうだろうな。少し宥めれば戻ると考えている」
「花《《でも》》届ければ済む、と」
私がそう言うと、キャサリン姉様が小さく頷いた。
「ええ。そして、時間を置けばこちらの気持ちもなかったことにできる、と思っているのよ」
その言葉は、私の胸にすとんと落ちた。
まさしくその通りだった。
リチャード本人がそう思っているだけなら、まだ若さや鈍さのせいとも言えたかもしれない。
けれど、この返書を読む限り、それは家ぐるみの考えなのだ。
あの人が何も分かっていないのは、ひとりだけの浅さではない。
「“従妹の身の上についても、いささか気の毒な事情”」
お母様がその箇所を繰り返す。
「ずいぶん都合のいい書き方ですこと。詳しくは言わないけれど、こちらは察して大目に見なさい、というわけね」
「しかも、その事情をリチャード自身にどこまで知らせているかも怪しい」
お父様が便箋をたたみながら言った。
「書きぶりからして、あちらは息子に“わざわざ話す必要もない”くらいに考えているのだろう」
私はその言葉に、昨日のリチャードの顔を思い出した。
あの人は本当に、何もかも承知の上で立ち回っているふうではなかった。
むしろ、自分は目の前のか弱い従妹を助けているだけだと信じ込んでいる顔だった。
でも、だとしても。
「知らされていないのだとしても」
私がそう言うと、皆がこちらを見た。
「それで私との約束を何度も後へ回してよいことにはなりませんわ」
「もちろんだ」
お父様の返事はすぐだった。
「そこは少しも変わらん」
その一言で、胸の内のかすかな揺れがまた静まる。
私は本当に、もう迷ってはいなかった。
事情があるのかもしれない。リチャードにも知らされていないことがあるのかもしれない。
けれど、それらはすべて向こうの家の内側で片づけるべきことであって、私が繰り返し傷つけられてよい理由にはならない。
「お父様、お返事は」
ハロルド兄様が尋ねる。
「出す」
父は短く答えた。
「しかも今度は、先方相手に、こちらも遠慮はせん。娘の気持ちを“ひとときの感情”扱いされたままで済ませるつもりはない」
ジョン兄様が少しだけ口元を上げた。
「やっと本気で分からせる気になったね」
「最初から本気だ」
お父様の声は落ち着いていたけれど、その落ち着きがかえって強かった。
キャサリン姉様が私の手の甲にそっと触れる。
「これで、なおさらはっきりしたでしょう?」
「ええ」
私は頷いた。
「向こうは、私が嫌だと言っていること自体を、まだきちんと受け取っていませんもの」
言ってしまうと、胸の奥に変な苦さが残った。
けれど、同時に妙な清々しさもあった。もう見誤りようがないと思えたからだ。
私はずっと、リチャードという人の浅さだけを見ていたのかもしれない。
でも本当は、その後ろにいる両親もまた、似たような考えで息子を甘やかし、都合の悪いことは知らせず、こちらの娘が我慢してくれればそれでよいと思っていたのだ。
屋敷の外では、風が少し出てきたらしい。窓硝子がかすかに鳴る。
お母様が立ち上がった。
「今日はもう、この手紙を何度も読み返す必要はないわ。十分に中身は分かったもの」
「はい」
「イブリン」
お母様は私を見た。
「これを読んで、なお気持ちが変わらないのなら、それでいいのよ」
私はその言葉に、静かに息をついた。
「変わりません」
はっきり言えた。
「むしろ、前よりよく分かりましたわ」
私が何を終わらせようとしているのか。
誰がそれを軽く見ていたのか。
そして、どこへ戻ってはいけないのか。
そのことが、今はもう昨日よりずっと鮮明になった。




