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初恋は四つの君を殺してしまう。【長編小説】  作者: 金森 亮
第二章 学校生活

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第7話 事実と解釈

 この発言は、クラスの男女問わずに拡散されてしまっていた。少なくとも、昼食の時間に、戸山が小声でこう尋ねてくるほどには周知されていた。


「倉持さんの彼氏が陽太だって噂、なんかもう周知の事実みたいになっているけど……本当に付き合っていないんだよな?」

「これでもし、僕が愛花梨の本物の彼氏だったらどうするんだ?」

「そのときは素直に応援するけど……。」

「なら言っておくが、一度は彼女から縁を切られたけど、昨日また縁が復活したんだよ。まぁ、これが恋人かどうかは知らないけどな。」

「……いや普通、その気がなかったら、一度切った縁を修繕するわけないだろ。」

「そうか?」

「お前が倉持さんとの恋人関係を否定するなら、俺が倉持さんにナンパしてもいいってことだよな?」

「ダメだダメだ。女性は星の数ほどいるらしいんだから、お前は他に素敵な人を見つければいい。」


 戸山の理屈は間違っていなかった。彼女と僕が恋人関係だと確定できないなら、誰だって彼女に色恋を仕掛ける権利はあった。


「なぁ、陽太。お前は倉持さんのどこに惚れたんだ?」

「正義感が強くて素直なところ、あと楽観的で未来志向で向上心の塊なところ、あとはそうだな……。」

「……よく理解したよ。陽太は倉持さんの恋人というより、第二の母親だな。」

「どうしてそうなる……。」


 だが、戸山の第二の母親という表現は非常に的確であり、彼女の傍で成長を見届けたいという僕の願望にも沿っていた。

 僕は戸山に何か見透かされている気がして、若干の恥じらいを感じた。


 ……しかし、戸山はここで唐突に与太話を区切って、ここから彼女が直面する課題に目を向けた。


「……陽太は『ワケあり美人』って言い回し、知ってるか?」

「愛花梨を蔑視するための悪趣味な呼び方だな。たしかに、一昨日の一件があった以上、この言葉が浸透するのも無理はないけど。」

「蔑視じゃないよ。単純にみんな倉持さんと関わりたいけど、関わりづらいからこう言うんだ。俺も倉持さんは顔立ちはいいと思うけど、かなり気性が荒いように感じるから、少しだけ危機感を抱いてるよ。」

「別にそれは否定しないけど……。」

「……このままの調子だと下手すれば、お前と水島さんだけが頼りになるかもしれない。それは、本当に倉持さんの望む青春なのか?」


 僕はあまりよく分かっていなかった。未来をどうにかすることよりも、実際には今をどうにかするための工夫が必要だった。


「でも……性格はどうにかなるもんでもないしなぁ。」

「まぁ、そこは実質彼氏さんの腕の見せ所だな。」

「余計なお世話だ。まぁ、自分なりに善処してみるけど……。貴重な意見をありがとう。」

「少しは風向きが変わればいいんだけどな。」


 他の女子との仲が深まるには、それぞれの人格に社会性と社交性を身に着けさせる必要があった。


 もっとも、彼女の元の人格さえあればどうにかなる問題だが、そのためには彼女を襲う脅威を取り除く必要があり、僕の力ではすぐに達成できなかった。

 だからこそ、僕は彼女の今の人格を育むことを優先することにした。



 今日の水島は珍しく彼女ではなく、例の女性グループと食事していた。


 いまさっき、彼女は「調べ物がある」とか言って、水島にその女性グループとの食事を促していた。水島は美味しく楽しく過ごしているようだったが、たまにこちらと目が合った。


 水島が彼女のことを気にかけている所作は、至る所で散見された。僕がこうして思案しているように、水島にも何らかの策があるのだろう。恩人に対する恩が並大抵のものではないと、僕は知っていた。


 『また、水島と二人で話をしてみようか……。』



 戸山が購買に行ったので、僕は後ろを振り向いて彼女にこう告げた。


「愛花梨、愛花梨がこのクラスで一番可愛いと思う子は誰だ?」

「……顔で人の優劣を図るのはどうなの。」

「か、顔というかさ……ほ、ほら、動作とか表情とか色々あるじゃん……。」


 彼女は僕と目を合わせて、微かに口元を綻ばせだ。


「……あそこにかたまっている女子の中に、ポニテの子がいるでしょ。」

「あぁ、今朝、愛花梨に謝罪してきた子だな。」


 彼女が指していた女子とは、さっき彼女に謝罪をした美夏みかという女子のことだった。入学初日からどうにかして、彼女と関わろうとしてきた女子だが、彼女の二つの人格を前に尽く敗退していた。


「あの子、いつもケラケラ笑ってるの。周囲の目に憚られないで、楽しそうに笑ってる……。」

「たしかに、良くも悪くも人間くさい子だな。」

「……多分、あの子は他の誰よりも自分を大切にしているんだよ。自分の感情を重んじている。だから、私はあの子を尊敬しているの。」

「そうか。」



 教室に貼られた名簿を見ると、その女子の名は『垰野美夏たおのみか』というそうで、茶髪でポニーテールの髪をした一般的な女子高生だった。


 だが、垰野は他の女子高生にない、いくつかの独特な個性を有しており、「たおの」と読む苗字はさることながら、笑い方が少々特殊過ぎた。


 彼女は垰野がケラケラ笑うと言ったが、よく観察していると、それ以上に引き笑いをしており、ときたま手を叩いて大笑いすることもあった。恐らく、垰野は自己を美化させることよりも、自己を貫き通すことに重きを置いているのだと考えた。


 その朗らかさが他の女子に好感を生んでいるようで、あの場で笑顔の連鎖反応が絶えることは稀だった。


 垰野を見ていると、まるで昔日の彼女を落とし込んで、少し誇張したような態度をしていると思った。彼女が繋がりを感じずにはいられないのも納得がいった。



 僕はふと、彼女が垰野と良好な関係を築けれさえすれば、また向上心を身につけ、脅威を打ち払えるのではないかと思った。

 垰野には確実に人を動かす力があった。その力の源である向上心が、彼女のアカリを引き出す鍵になると踏んでいた。



 そして放課後、僕は垰野にこう尋ねた。


「……垰野さん、このあと時間ある?」

「垰野さんって……私?」

「垰野なんて珍しい苗字、この学校にそうそういないでしょ……。」

「まぁね。いいよ、分かった。」


 そう言って垰野は、僕に満面の笑顔を見せつけてきた。これを無条件に誰にでも振りまいているので、垰野はそれなりにモテる女子の部類に入っていた。



 僕と垰野は教室で全員が退室したことを確認して、向かい合って席に座った。


「私に用があるってことは、ズバリ、愛花梨ちゃんのことかな?」

「ご明答だ。」

「……それでどうなの。二人は本当に付き合っているの?」

「小学生の頃に付き合っていて、高校に入学したら愛花梨に縁を切られて、でも昨日また復縁したみたいで……。」

「ど、どゆこと?」


 僕は少々しくじった。このままだと彼女の価値を下げる方に舵を切ってしまうので、咄嗟とっさに僕は話を切り上げた。


「そ、それはともかく、垰野は愛花梨のことをどう思う?」

「一言で言うのは難しいよね。なんだか愛花梨ちゃん、毎日性格が変わるみたいで、どう接したらいいのか分からないし。」

「……つまり、垰野は愛花梨のことを嫌ってはいないんだな?」

「え、そうだけど?」


 垰野に速攻で回答されたことで、僕は目をかっ開いた。この速度で回答するのということは、百パーセント嫌っていないことの表れだった。


「あんな酷な対応をされてもか?」

「場をわきまえないで急に話し掛けたのは私が悪いし、化粧したのも私が悪いから。」

「それはそうかもしれないけど……。」


「……ただ、私が思うに、愛花梨ちゃんって不器用だよね。正義感とこだわりが異常に強くて、空回りしちゃうの。」

「まさしくその通りだな。」

「でもね、私はそんな不器用な子、わりと好きなの!」

「そうなのか?」

「だって、愛くるしいんだもん!」

「……そういうことか。」

「え?」


 垰野が彼女を毛嫌いしない理由がやっと分かった。垰野は彼女の性格を人格の解離ではなく、不器用な一つの性格として認識しているのだ。そんな彼女の性格に興味関心があるが故に、彼女と何度も接触を試みたということだ。


 ここで僕が多重人格云々を語ってもアレなので、そのまま話を続けることにした。


「僕から一つ、頼みがあるんだ。」

「愛花梨ちゃんとお友達になってほしいってことだよね?」

「よく分かったな……。」

「分かったんじゃない。言われたの、薫ちゃんにも同じ言葉を。」


 僕が出しゃばる必要はなかったようで、水島は同じことを垰野に懇願していた。


「……愛花梨も垰野にすごく興味があるみたいだから、是非仲良くなってほしい。愛花梨の内面を明るくしてやってほしいんだ。」

「なんか、すごく他力本願だね。」

「女の友情はひと味もふた味も違うんだよ。」

「ふーん。ま、心配ご無用だよ!諦めるつもりは毛頭ないから!」

「それは頼もしいな、助かるよ。」


 僕は垰野の熱意に胸を撫で下ろした。


「……最後にもう一回聞くけど、二人は結局のところ、どういう関係なの?」

「へ?」

「友達? 親友? それとも……恋人?」

「友達ではありそうな気がする。あとは僕にも分からないよ。」

「自分のために努力してくれる異性なんだよ? それはもう普通に彼氏じゃないの。」

「じゃあ、一番の大親友ということにしといてくれ。」

「……僕くん、変なところにプライドがあるんだね。」

「いや、僕のことを僕くんって言うな。」


 垰野はケラケラと笑って、ごめんごめんと言ってきた。


「……まぁ、本音を言えば、僕くんみたいな人が近くにいたら、自然と世界は明るくなっていくと思うんだけどね。」

「そうであってほしいんだけどな……。」

「私には愛花梨ちゃんへの愛、しっかり伝わっているから、愛花梨ちゃんに伝わってないわけがないよ。」


 垰野にそう言われた僕は赤面した。第三者から愛の存在を指摘されたことに、羞恥心を感じたからだ。その光景を見るや否や、垰野は僕にウザったらしい笑顔を見せつけてきた。


「なーに、照れてんの?」

「そう言われると余計に……。」

「ごめんね、ちょっとからかいすぎたよ。したって(でも)、これで安心して寝られるね!」

「あ、あぁ、ありがとうな。」


 僕は今日、久しぶりに熟睡できそうな予感がした。彼女の生活に大きな進展が見られたことが、僕に束の間のゆとりを与えてくれたのだ。

 彼女への心配はそれなりに薄れて、明るい未来に目星がついていた。


 ……そう。この「束の間」の就寝の間は。


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