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初恋は四つの君を殺してしまう。【長編小説】  作者: 金森 亮
第一章 空白の四年間

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第4話 初めてのしずく。

 4月6日、登校三日目、僕が教室前の廊下に辿り着くと、そこは物々しい雰囲気に包まれていた。教室を覗くと案の定、彼女と昨日の女子グループが正面から対立していた。


「……く、倉持さん、なんて酷いことを言うの!」

「だって、はしたない以外の言葉が見つからないもの。校則違反の化粧を高校生が施したところで、大して可愛くもならないんだから。」

「は……はぁ⁉」


 彼女の言動から察するに、校則違反の化粧をした女子に対して、彼女がそれを改めるよう忠言しているようだった。

 流石にこのままの劣悪な状況が続くようだと、女子グループの誰かしらが手を出しそうなので、僕は一時的に彼女から切られたはずの縁を復活させることにした。


「愛花梨……もう止めろよ。」

「私に話し掛けないでって言ったわよね?」

「それなら、僕に話し掛けさせるようなことをするなよ。」

「校則違反を指摘することの何が悪いのかしら。」

「もういい……。ちょっとこっちにこい。」


 僕は彼女の左腕を掴んで、廊下に引き出そうとする。この場でなんとか収拾がつくような、都合の良い展開は望めなかったからだ。


「……私に触らないでよ!!」


 彼女は僕の腕を右手で強く殴り、自身から引き剥がそうとした。僕は彼女の蛮行を目撃して、呆気にとられてしまった。


 一昨日の彼女は僕に肩を触れられたところで、何の動揺や拒否反応も示さなかった。二日という期間は、彼女が心変わりするにはあまりにも早すぎた。

 僕はこれが彼女の本心ではないのだと、薄々勘付いていた。


「痛いな。久しぶりの再会でこの仕打ちか。ちょっぴり辛いな。」


 僕は彼女に嫌味ったらしくそう言った。実際に腕は赤く腫れていて、数秒経っても痺れが消える気配はなかった。


 彼女は僕と目線を合わせた瞬間、硬直して瞳孔を僅かに広げた。その直後に、彼女は目から一滴の雫を垂らした。その一滴はやがて増殖し、最後には泣き声をあげてしまった。


 その声が観衆を一人、また一人と引き寄せて、僕は端から見ると学級一の美人を泣かせた、不届者であるかのように映し出された。


 僕が接しているこの女子は、もはやクラモチ アカリではない別人のようで、僕の感情は整理することができず、何も反応することができなくなっていた。


 僕はなんとか平常心を取り戻して、彼女の猛追にあった女子に大丈夫かと一声掛けた。僕が大丈夫との返事を貰うと、その女子はトイレに向かって無言で立ち去った。

 彼女の悲惨な現状を見て、罪悪感のあまり化粧を落としたくなったのだろう。


 僕らはクラスに居場所を失ったので、彼女を連れて保健室に向かうことにした。幸い戸山が近くに突っ立っていたので、僕は担任に事情を説明するよう頼み込んだ。


 彼女はもう矜持を失ったのか、僕が手を引くと従順な態度で後をついてくる。

 彼女の泣き姿なんて拝みたくなかったが、これが今の彼女ならば敢えて目を逸らす必要もないと思った。保健室に着く頃には、彼女は憔悴しきっていた。


「……んで。なんでいつもこうなるの。」


 彼女は頻りにそう呟いていた。


 『……なんで人から忌み嫌われる行いをするんだ。それも、昨日とは毛色の異なる嫌われ方をして……愛花梨は何が目的なんだ?』


 僕には推測不可能だった。途切れた四年間が、僕に現実を突きつけてきた。


 彼女は体調不良という口実で、今日のところは早退することになった。保健室を後にする彼女の背筋は、ほんの少し曲がっていた。



 僕は休み時間に教室に戻ると、一斉にクラスメイトからの注目を浴びた。それもそのはず、朝に彼女と一悶着あったせいで、断片的に見た生徒は誤解を抱いたままだろう。僕はその空気感に圧倒されそうになるも、一人の女子が僕にこう尋ねてくるのだった。


「……北山くん、今日の放課後、ちょっと時間あるかな?」


 その女子とは、昨日僕が話を交わしたくて仕方がなかった、あの水島だった。


「丁度良かった。僕も水島さんと話したいことがあるんだ。」

「……そうなのよね。知ってるわ。」


 今日はわりとすぐに時間が進んでいき、放課後、僕と水島は高校近くの喫茶店に立ち寄ることにした。


 向かい合って座ると、水島は若干どもって僕にこう尋ねた。


「……え、えっと、唐突でごめんなさい。二人はその……どういう関係なのかしら?」

「小学生の頃に、多分付き合っていたんだと思う。ただ一昨日、彼女に絶縁を告げられたから、もう関係のない話だけどな。」

「き、北山くんが例の初恋の人だったのね……。」

「例のって……?」

「愛花梨……私によく自慢していたのよ。相思相愛になった相手がいるんだって。私が小学生の恋愛は大人のモノとは全然違うって言うと、愛花梨、すごい怒っちゃうのよね。」


 『なおさら、彼女が僕を疎外するワケが分からない。僕と結ばれたい気持ちと結ばれたくない気持ちが共存するのは、特殊な状況下でしか実現し得ないのに……。』


「水島さんと愛花梨は中学の同級生なんだよな?」

「よく知っているわね。私達、三年間ずっと同じクラスだったのよ。」


 四年連続で共に同じクラスに在籍しているのなら、彼女と水島が異常に親密なことも合点がいった。


「愛花梨は入学当初から、可愛い女の子で名が通っていたわ。それなのに……、クラスで孤立していた私なんかに声を掛けてくれて、頑張って共通の話題を見つけてくれたの……。私と、親友になってくれたのよ。」

「小学生の頃と全く変わってないな。」

「……そう。」


 水島は彼女のことを笑顔で自慢した。ただ、僕はこの笑顔に見覚えがあった。彼女が僕と再開した際に披露した顔色だった。


「愛花梨は優しくて可愛い、私の大親友よ。だから、私は愛花梨を生涯守っていこうと決めたの。」

「愛花梨は相当幸せ者だな。」

「でもね……私は非力だったわ。愛花梨を守ることができなかったのよ。」

「……中学時代に何があったんだ。」


 その一言の後、水島はたまに僕と合わせていた目線を完全に逸らすようになってしまった。そして、一呼吸置いた水島は、僕にこう告白するのだった。


「愛花梨は(いじ)められたのよ……。それも理不尽極まりない理由でね。」

「……は。」

「その虐めから逃げるために、わざわざこの学校に転校したのよ。愛花梨も私も、虐めが怖くなって不登校になったわ。」


 水島の語った《《虐め》》という事実が、憶測を何から何まで確証へと結びつけていき、僕は過去に類を見ない恐怖に襲われた。


「ど、どうして愛花梨が虐めに遭うんだよ……。」

「恋愛よ。中学二年生の夏、愛花梨はある男子に惚れられたの。告白もされたけど、愛花梨は返事を保留にしたのよ。」

「……僕のことが好きだったのに……か?」

「愛花梨は優しすぎたのよ……。告白を彼が一番傷付かない形で断ろうとした。でも彼を好きだった別の女が、愛花梨に回答を催促したの。」


「……愛花梨はたかが一人の催促で、回答を早めるような人間ではない。」

「えぇ。だから痺れを切らしたその女は、最終的に愛花梨の悪い噂を校内にばら撒いたのよ。女はなりふり構わず愛花梨の居場所を剥奪していった……。愛花梨は不登校に性格が一変したのも、その一件からよ。」


 中学のグループトークを見させてもらうと、彼女が三股交際しているだの、SNSで他の女子の悪口を書いているだの、音も葉もない噂が多数散見された。それも、噂を流した女以外のいわゆる取り巻きの女共が、同調して流布していた。


 僕はこのとき、産まれて初めてはらわたが煮えくり返る感触を知った。視界は彼女が虐められる光景が何度も再生されて、真っ暗闇にいるようだった。

 子供っぽいと言われればそれまでだが、僕は内心、我が子を殺められたように怒り狂っていた。


「怒りたいのは私も一緒よ。だから、一旦落ち着いて。」


 そんな僕の怒りが表情に現れた瞬間、水島は間一髪でそれを鎮めてくれた。


「あ、ありがとう……。危うく公共の場で声を荒げるところだったよ。」

「いいのよ。だって、私もその気持ちに同調しているから。」

「そうか……。」

「……私は愛花梨が元の愛花梨に戻って欲しいの。そのためなら、私は何だってするつもりよ。」


 その確固たる意志は、昨日の彼女とのやり取りでも如実に現れていた。


「そう都合よく過去の記憶は消えないよな……。」

「いいえ、まだ可能性が一つだけ残されているわよ。」

「……なんだ、それは。」


 そして水島は、僕に対してこう要求してくるのだった。


「……私は、北山くんと愛花梨がもう一度付き合ってほしいの。あなたが起爆剤になって、愛花梨を冒している中学の記憶を撃ち抜けばいいのよ。今の私は、彼女を救いきれないから……。」


 僕は水島の想定外の要望に、硬直してしまった。次第に僕は恥ずかしさのあまり、机に突っ伏せて、水島に蚊の鳴くような声でこう呟くのだった。


「……僕もそうしたい。」


 水島は僕の微かな声を聞き取ったようで、胸の内をほんの少し吐露した。


「私は北山くんを信頼しているわ。それも愛花梨の次にね。」

「……どうして会って二日の男を信頼できる?」

「簡単な話じゃない。愛花梨が心から愛した、唯一無二の相手だからよ。」


 僕は面を上げて水島の方を見た。水島の笑顔に澱みは無いように見えた。僕は一足先に希望の道筋が見えた水島に追従することにした。


「僕は必ず果たしてみせる。絶対に愛花梨を元のアカリに戻してみせる……。」

「……なんか、愛花梨って幸運なのか不運なのか分からない子ね。」

「え……?」


 そう言った水島は席を立ち、「今日はありがとう」と言って、飲み物代を置き帰っていった。水島の自由気ままな性格は彼女に近しくて、僕は水島の後ろ姿を見て、胸をなでおろすのだった。


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