第3話 彼女は彼女ではない。
4月5日火曜日、登校二日目を迎えた。
今日の僕はどんな表情で教室に入るべきか、悩みに悩んでいた。否が応でも彼女と関わりを断つことのできない位置関係が、僕をよりいっそう悩ませていた。
しかし、熟考の末、関係修復を焦っても逆効果だとの結論に至った。僕は努めて顔色を変えず教室に足を踏み入れ、沈黙を貫いて着席することにした。
教室に入ると、彼女の周りにはすでに何人かの女子が集まっていた。その洗練された容姿は、やはり同性を惹きつけるのだろう。
ただ、よく目を凝らして彼女の髪を見ると、寝癖を梳かしきれていないのか、一部が跳ねていた。制服もわずかに片方へ寄っており、リボンの位置もどこか落ち着かない様子だった。
彼女は女子からの質問に必要最小限の単語で答え、視線を合わせて協調するような素振りは見せなかった。猫のように背を丸めて俯き、タブレットで小説か何かを読み続けている。
髪に覆われて表情までは窺い知れなかったが、その口調から察するに、喜怒哀楽のいずれにも当てはまらない、虚無に近い無表情を浮かべているようだった。
僕が無言で席に着こうとすると、女子たちから一斉に視線が向けられた。着席した直後、ある女子が小声で囁くのが聞こえた。
「北山くんと付き合ってるの……?」
「……さぁ。どうかな。」
「で、でも、昨日一緒に帰っていたって友達が言っていたし……。」
「……気色悪いよ。人のプライベートをじろじろ見るなんて。」
彼女の冷淡な返答に、その場に沈黙が流れた。振り返って確認しなくとも、女子たちが戸惑い、しどろもどろになっている光景は容易に想像できた。
生気を失った彼女の態度からは、もはや周囲にどう思われようと関心がないようにも見えた。どっちつかずな回答に、僕の身体の内側がむず痒くなった。
僕はふと、小学生の頃の彼女と今の彼女を対比させた。あの頃の彼女は、女子たちと気さくに会話を楽しみ、その場を華やかに彩っていた。
あの光景を知っている身からすれば、今の彼女の拒絶的な態度は見るに堪えず、まるで自ら花を枯らしているようだった。
登校二日目もまだ授業は始まらず、親睦会のような時間が続いた。その過程で行われたペアワークで、右隣の男子が小声で話しかけてきた。
「……なぁ。お前、倉持さんと付き合ってるの?」
「お前は、名前も知らない奴から急にそんな踏み込んだ質問をされたら、どう思う?」
「それもそうだな。わりぃ。俺は戸山佑樹。」
「僕は北山陽太。……どうして僕らがそういう関係だと思ったんだ?」
「いや、入学初日に二人で帰っていたら、それはもう恋人だろ。」
「残念ながら、昨日フラれたよ。」
「なんか、本当にすまなかった……。」
「その同情も胸に突き刺さるからやめてくれ。」
戸山はいたって普通の男子高校生で、性格も良さそうだった。どうやら僕と戸山は馬が合うようで、その後もしばらく会話が弾んだ。高校生活で初めてできた友人に、僕は心の中で万歳三唱を贈った。そして、こんな青春の一コマを壊すという彼女の言い分が、ますます理解できなくなった。
昼休み、彼女は朝の女子たちから昼食に誘われていた。しかし、彼女は容赦ない一言でそれを撥ね退けた。
「……そろそろ一人にさせて。みんな、朝から私に話しかけてくるけど、そんなに暇なの?」
「お、怒らせちゃってごめんね!」
その言葉に、女子たちは身震いし、逃げるようにその場を去っていった。
『彼女はどうして、わざわざ軋轢を生もうとするんだ……?』
その不審な行動から、僕は余所見ができなくなっていた。
しばらくして、一人になった彼女の元へ、一人の女子が弁当を抱えて駆け寄ってきた。
朝の集団にも混じっていたその女子は、ボブヘアに丸眼鏡をかけ、僕に匹敵するほどの長身だった。彼女とこの女子の関係は謎だったが、やがて二人の繋がりが明らかになる。
「愛花梨……せっかく高校生になったんだし、もっと他の女の子と話してみない?」
「……興味ない。」
「そっか……。でもね、この学校に中学時代の知り合いは私以外にいないんだよ。あの子たちをあんなふうに追い返しちゃ可哀想だと思うな。」
会話の内容から、この女子が彼女の中学時代の同級生であるという線が浮上した。
実際、彼女はこの女子だけは拒絶していなかった。二人はそれだけ親密で、彼女にとっての心の拠り所なのだろう。僕がそんな推測を巡らせている間、彼女は一分ほど沈黙を守り、ようやく重い口を開いた。
「……それは真っ赤な嘘。」
「嘘なんかじゃないよ。だから、一緒にこの学校へ進学しようと思ったんでしょ……?」
「……そうだけど。」
思い返せば、彼女が中学受験で選んだのは地元の名門私立で、中高一貫校だったはずだ。彼女の聡明さなら、合格は容易だっただろう。
それならば、二人がこの公立高校にいるのは不自然で、中高一貫のレールから外れた理由が、中学三年の間にあったに違いなかった。
彼女と親しく話す女子の名は『水島薫』というそうで、放課後、僕は彼女に接触を試みようと心に決めた。
だが、放課後になっても水島は彼女に付きっきりで、入り込む隙は一秒たりともなかった。さらに運命のいたずらか、水島が彼女と別れた直後に、僕は担任から呼び出しを食らってしまった。用件を済ませて教室に戻った頃には、水島はすでに帰路についていた。
仕方なく教室を出て、廊下に貼られた自己紹介カードに目を向けると、彼女と水島が同じ中学の卒業であることが明記されていた。
想像通り、二人は中学の同級生だった。今日中に水島と話せなかった事実に、僕は内心で地団駄を踏んだ。
『彼女との溝が深まらないうちに、もう一度話がしたい。一刻も早く中学時代の真相を知りたい。そして、できることならもう一度……。』
募る想いは一日ごとに増幅し、僕の学校生活を大きく変貌させていくことになる。それは避けることのできない、自明の理だった。




