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初恋は四つの君を殺してしまう。【長編小説】  作者: 金森 亮
第六章 夏、到来

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第28話 誕生日の激白

 7月4日月曜日、誕生日当日を迎えた。放課後になると僕は一人、隣町の七飯町まで足を運び、予約していたケーキ屋でバースディケーキを受け取りに行った。


 わざわざ市内ではなく遠出した訳は、とある記事でこの店の紹介がされたことにあった。手頃な値段にも関わらず見栄えのよいケーキは、アカリの記憶にも焼き付くと考えていた。ただそれ以上に、彼女達にとって最後の誕生日ぐらいはまともに祝われるべきだという、僕の温情が根強く働いていた。


 僕はケーキ屋に入店すると、ショーケースに並ぶケーキが記事通りの輝きを放っており、予約番号と保冷剤の個数を言うと、一分もしないうちに商品が手渡された。それ以上の用もなかった僕は、さっさと店を後にすることにした。


 ……すると、更衣室の向こうから、一人の女性店員が現れた。地面を向きながらショーケースに向かうその店員に、僕は圧倒的な既視感を覚えていた。

 顔は見えなくとも、店員の髪が特異な光沢を放っており、それが過去数ヵ月の記憶と強固に結びつけた。やがて、その店員の人名が浮かび上がると、僕は店員にこう言い放った。


「……美海さん?」

「よ、陽太さん……。」


 加瀬先輩は僕と目線を合わせて、瞬きを繰り返した。動揺は


「大切な用事ってバイトだったんですか……。愛花梨が誕生日だって言うのに。」

「ごめんなさい……。今晩、私と電話する時間をくれませんか? できれば……二人きりで。」

「……分かりました。洗いざらい話してもらいますからね。」


 そう言うと、僕はすぐさま店を後にして、彼女の自宅へとケーキを配送した。

 僕は先輩の行動選択に愕然とした。彼女の誕生日より優先していた事柄は、バイトのシフトであった。


 『姉妹の縁は僕の予想に反していたのか……。』


 だが、先輩に対する落胆はすぐに誤解だという線が浮上した。家計が火の車である可能性、彼女の誕生日プレゼントを用意している可能性など、空想すればするだけ想定解が出現した。

 第一、妹との再会に一掬いの涙を流すような姉が、妹の誕生日に自宅を訪れないわけがなかった。最終的に、僕は先輩が相当な理由を以て勤労しているという解釈をして、今晩の対話に備えることにした。



 僕は彼女の自宅前にやってきて、無心でインターホンを押した。すると、彼女は一瞬にして鍵を開錠し、玄関先に現れた。まるでその場で待ち構えていたかのような速度感で、僕は思わずこう溢してしまった。


「は、早くないか?」

「……暇だったから、待ってた。」

「暑いだろ……倒れたらどうするんだ。」

「……私、そんなヤワじゃない。」


 彼女はそう強がっていたが、顔色は僕が買ったケーキの配色と瓜二つで、彼女の白い肌は薄っすら赤色に覆われていた。そして、彼女は俯きながらも口角を上げているようで、明らかに僕の来訪を待ち侘びていた。

 言うまでもなく、彼女は『成長』していた。


「僕が心配なんだよ……。まぁ、今度からは鳴らすまで部屋で待っていてくれ。」

「……うん、分かった。ありがと。」



 今日は彼女の部屋ではなく、リビングの一室に通された。そこには三脚の椅子に囲まれた長机が鎮座しており、調理場や水回りも綺麗に保たれていた。ただ、やはり使用頻度が少ない空間のようで、非常に素寒貧としていた。


 誕生日祝いの用意が整うと、僕は彼女にこう言った。


「まずは、お誕生日おめでとう。」

「……ありがと。」

「悪いが、ケーキは独断と偏見で選ばせてもらったからな。」

「……ショートケーキ好きだし、大丈夫。」

「チョコレートケーキとチーズケーキとの博打に勝ててよかったよ。」


 ケーキは苺が甘露煮となっており、クリームの甘さが控えめなことで最高の風味を味わえた。僕らは何度も美味しいと言い合いながら、ホールの半分まで食べ進め、そのタイミングで彼女に誕生日プレゼントを手渡した。


「……これって。」

「ネックレスだよ。しかも誕生石のルビー付き。」


 僕はこれまで使う用途のなかった貯金をプレゼントに回し、豪勢にルビーを埋め込んだネックレスを購入した。高校生にしてはかなり割高な商品だったものの、一生の付き合いになると確信していた僕はしっかり投資をしておいた。


「……お返し、困るな。」

「いいんだよ。お金は自分のために使えばいいんだからさ。僕には……。」

「……には?」

「いや……おめでとうの言葉だけでいいんだ。」

「……そう。」


 そんなはずがなかった。願わくは、僕はアカリと暮らす未来が欲しかった。彼女達には彼女の支配を取りやめて、僕と彼女自身のために犠牲になってもらいたかった。僕はただ単にこの場の雰囲気を台無しにしてまで、本心を暴露する意義は皆無だと気付き、寸前で黙ったに過ぎなかった。


 だが、彼女の容貌は人格によって大差が生まれることはなく、新物のネックレスを首に巻き付けた彼女は、ただでさえ最高値付近を彷徨っている魅力を、もう一段階向上させた。僕は今更ながら、相当な美人と交際に至ったのだと察するのだった。


「……大事にする。一生物だし、お姉ちゃん以外からもらった、初めてのプレゼントだから。」

「それは嬉しいけど……神経質になりすぎるなよ。失くしたらまた新しいの新調してやるから。」

「……それは誕生日プレゼントじゃない。」

「そ、そうか。」

「……本当にありがと。」


 彼女は遂に僕と目線を合わせた。幼い子のようなニンマリとした表情が、知られざる彼女の笑顔だった。僕はまだ、彼女達の性格を開拓しきれていなかったのだ。

 この笑い顔を見た僕は、彼女のことを憐れんだ。彼女達は僕に対する信頼が、自らの首を絞めることを知らなかった。どれも、本当に健気な人格だった。



 彼女に別れを告げてから数時間、夜も更けた午後10時過ぎ。僕はワンコールで先輩からの着信に応答した。


「あっ……もしもし。」

「はい、陽太です。」

「先程はすみませんでした……。」

「美海さん、七飯の方でバイトされていたんですね。」

「……交通費支給で給料もそこそこですから。」

「でも、これが愛花梨の誕生日より大事な用事なんですか……。」

「そ、それは違くて……。」

「まぁ……人間関係とか色々事情があるんですよね。仕方のないことですよ。」

「否定はしません。ですが……その。」


 電話越しでも察せたのは、先輩が発言を躊躇っているということで、つまり、僕に秘密を暴露するか否かで葛藤していた。僕はどんな隠し事をされているのか、気が気でなかった。

 だが、昼間の彼女の発言から、先輩が彼女の誕生日を無下にしている事実は存在しなかった。いま思い返してみると、僕に握りしめさせた万札二枚が、それを物語っていた。僕は先輩との信頼関係に期待して、そのときがくるのを待った。


 そうして、先輩はしばし間を開けてから、こう激白するのだった。


「……陽太さん。」

「なんですか?」

「『仕送り』って聞いて、何か思い当たるものはありますか……?」

「えぇ、もちろん。愛花梨の生活資金のことですよね。あれってたしか、愛花梨の母親が送っているんでしたっけ?」

「それ……私が仕送りしているんですよ。」

「へ……?」

「もちろん、私の父と児童相談所には黙っています。稼いでいる理由も、推し活のためだと言って納得してもらっています。」

「そんな……どうしてそこまでするんですか?」

「愛花梨が児童養護施設に送られないためです。」


 先輩の言った言葉は、青森デートの晩、彼女が言っていた台詞と全く同一だった。


「前に、愛花梨も同じことを言っていましたよ。」

「……そうでしょうね。ですが、その望みが唯一かなえられる方法は、私が愛花梨に仕送りを送ることだけです。だって、頼れる相手が陽太さんぐらいで、その陽太さんには愛花梨への献身をお願いしましたから。これは致し方ないんですよ……。」


 恐らく、先輩の父親に彼女の養育費を頼んだところで、児童相談所に告発する未来は容易に想像できた。また、彼女は現行の生活を謳歌しており、なんの不自由もなく生活できていた。きっと彼女も、家で生活したいと先輩に漏らしたことだろう。


 先輩いわく、彼女の母親は二重国籍の状態にあるそうで、いまでも彼女の母親が親権を握っていることになっていた。つまり、お金をどうにか工面して、彼女が「母親はいると」一貫して主張すれば、辛うじて生活は営めるのだった。


 しかし、母親の不在はいずれ発覚する可能性を孕んでおり、また、彼女の私生活は同時に、先輩の青春を擦り減らすことにも直結していた。僕は三須先輩の存在だけで先輩の青春が完璧に賄われるとも思えなかった。無論、僕は彼女を児童養護施設に送りたくはなかった。ただ、未成年の姉が養育費を支払い、妹が一軒家に在住することは、社会一般に照らし合わせると、現状は常軌を逸していた。

 僕は先輩に、常識との乖離を指摘することにした。


「愛花梨が大切なのは分かります。でも、そんな身を削らなくったって……。」

「身を削るのは自分のためか、愛のためって相場は決まってます。」

「で、でも……先輩の青春が。」

「これでいい……いや、私はこれがよかったんです。私の利己心が働いた結果ですし、愛花梨が児童養護施設に送られてしまったら、それこそ私達は一生絶縁状態になっていましたから……。」


 僕に有効な手立てはなかった。金銭的な事柄は、彼女への献身と学生という身分に憚られて、関与することができなかったのだ。

 それに加えて、僕の主張は正義感に満ちた人間による空論に過ぎず、なんの進展にも寄与しなかった。僕は彼女への献身という最重要任務を任せられていたものの、ここまで力及ばずだと知れば、自ずと自分自身に嫌悪すら抱いた。


 しばらくの間、僕と先輩の間に静寂が訪れた。双方ともに、これ以上話す内容が存在しなかったのだ。やがてその静寂を切り裂いたのは、先輩の方だった。


「……このことは、愛花梨に黙っておいてください。愛花梨が働き出すなんて言ったら、それこそ一大事ですから。」

「それはいいですけど……僕は何をしたらいいんでしょうか。」

「陽太さんは愛花梨を大事にしてあげてください。それが一番大切ですから。」

「そうですか……。そうですよね。」

「えぇ。」


 僕は彼女が今の生活を継続させるためには、彼女自身も資金を見出す必要があると感じていた。それは、大学を卒業した後の彼女の人生に関わることで、仕事をしないで営む生活が普遍だという勘違いを引き起こす懸念を払拭する狙いがあった。


 だが、解離性同一性障害に苛まれる彼女では、人間性の面で不信感を抱かれる危険性があり、社会から孤立する可能性を孕んでいた。彼女が僕に別れ告げたら最後、どう足掻いても一人では生きられないのだ。


 僕は自己都合と彼女の人生を天秤にかけて、いま必要なものを推し量った。今日中に答えは出せなかったものの、僕は考える手間もなく、ある一つの目標に向けて取り舵をいっぱいにしていた。

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