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初恋は四つの君を殺してしまう。【長編小説】  作者: 金森 亮
第六章 夏、到来

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第26話 夏場のバースディ

 それからの毎日、彼女が高価なものを嫌うという水島の助言も踏まえて、僕は品定めに躍起になっていた。ただ、僕は先輩に一万円を握り締められた。誕生日プレゼント以外でこれをどう消費するべきか。僕は更に頭を抱えることになってしまった。


 頭を悩ませているうちに、僕はデートに投資する以外に策はないという結論に至った。誕生日プレゼントが若干質素になる分、デート位は多少凝った行程を組めば釣り合いが取れるように思ったのだ。


 すると、今度はその凝ったデートやらが何者かを考える必要性が生じた。洒落っ気のあるデートか、味のあるデートか。また、遠出にするのか近場で落ち着くか。


 結局、僕はデートの計画を再考することになってしまった。デートがあと一週間後に迫っているというのに、僕は数日経っても彼女の誕生日に悩み続け、デート前日に辛うじて計画が形となった。

 


 そして、遂に7月3日日曜日、デート当日を迎えた。朝10時の函館は夏晴れといった空模様で、入道雲らしき分厚い雲が上空に鎮座していた。無論、僕らは函館駅で待ち合わせをして、僕が真っ先に駅に辿り着いていた。


 僕は今日の彼女はアカリかもしれないという一縷の希望を胸に棒立ちしていると、数分で彼女がやってきた。そして、僕の幻想は即座に打ち砕かれてしまうのだった。


「おはよう、陽太。」

「……おはよう、愛花梨。」

「昨晩はよく寝られたかしら?」

「まぁ……ぼちぼちだな。」


 今日の彼女とは初のデートだった。彼女はやはり真顔を貫いており、僕に姉と再会したときの笑顔は見せてくれなかった。彼女は若干気性が荒いので、そこをどう取り扱うかが肝になると考えた僕は、彼女との会話を常に絶やさないよう、最大限努力することを心に誓うことにした。


「た、誕生日おめでとう……はまだ早いか。」

「そうね。明日、日付が変わった瞬間に言ってちょうだい。」

「お、仰せのとおりに……。」

「……何よそれ。」

「ま、まぁ、とりあえず行こうか。」

「えぇ。」



 僕らは市電に乗り八幡坂の麓へ向かった。学校と同じ経路を辿る僕に、彼女は不思議そうな顔をしてこう告げた。


「忘れ物でも取りに帰るのかしら?」

「……学校周辺が観光地過ぎるのがいけないんだよ。」


 僕らは八幡坂を少し登って脇道に逸れ、眼前に西欧風の建物が迫った所で立ち止まった。僕は彼女の目を見てこう言った。


「旧イギリス領事館だな。」

「それぐらいは知っているわよ。」

「ごめん……。」

「……資料館でも見るつもり?」

「悪くないけど、館内にカフェが入っているんだよ。僕らが下校するときには、もう店仕舞いしているけどね。」

「ふーん……。」


 彼女は納得がいったのか、僕に先んじて館内に入っていった。僕は彼女が不機嫌になる未来を想像していたので、胃が縮んでいた。


 このカフェは本来ならアフタヌーンティーを嗜む場なので、開店直後なことも相まって店内に客人は一人も居らず、閑古鳥が鳴いている様子だった。


「来てみる価値はあったでしょう?」

「そうね。騒がしくない方が映えるもの。」

「そうだな。」


 カフェの空間は僕の知らない世界といった感じで、自分が宮殿の一角でを嗜む上流貴族のようにも見えた。

 ここでは主に、紅茶や洋菓子を注文できるということで、僕らはアールグレイと少しばかりの菓子を頼んだ。昼食はまた別の店を計画をしていたので、僕はそれとなく彼女に少量にしようと言っておいた。


 紅茶は店員が茶葉を煮出す適切な温度を熟知しているようで、届いた瞬間から茶葉の香りが一斉に鼻を抜けていった。味も確かで、この質で三桁円台で収まるのだから驚きも一入だった。菓子も雰囲気代を味わうにしては申し分ない値段で、僕はそれなりに満足していた。そして、彼女も紅茶を一口含むとこう呟いた。


「……美味しいわね。」

「まぁ……万が一美味しくなかったら、イギリス政府に怒られるだろうしな。」

「そうね。」



 ……だが、これは高校生のデートとしては微妙に浮世離れしており、彼女の感想が非常に気になっていた。野暮だとも思ったが、僕は彼女に現状を問うことにした。


「なぁ……愛花梨。」

「なにかしら?」

「先に謝っておく。愛花梨が期待しているようなデートじゃなかったら……ごめん。」

「期待を裏切らなきゃ何でもいいわよ。第一、これは期待の斜め上を行っていたんだから。」

「それなら安心したよ。」

「……変に気を遣わせて悪いわね。」

「愛花梨が気にすることないよ。僕が勝手にやって、勝手に一喜一憂しているだけだから。」

「そういうことにしておくわ。」


 僕は今日、誰がどう見ても空回りしていた。頭に糖が行き届いていないらしく、考えようにも頭が機能してくれなかった。


 『このまま時間が経過すれば、僕は早く結果が知りたくて、この場で誕生日の品を渡してしまうかもしれない。もちろん、彼女の荷物になると知った上で……。』



 そこで、僕は深呼吸を試みた。とりあえず、この場の空気感をどうしても変えたかったのだ。すると、その姿が滑稽に見えたのか、彼女はこんなことを言ってきた。


「私とのデートだから、深呼吸が必要なぐらい緊張しているのかしら?」

「完全に図星だな。」

「……図星だと、逆にからかえなくてつまらないわね。」

「からかうんじゃなくて、ただ傍観してくれればそれでいいんだよ。」


 《《からかい》》。僕はその四字によって、小学生の頃を回顧した。あの頃のアカリも僕を幾度となくからかっており、その記憶が身体の節々に染みついていた。

 最近の彼女達からは、そんな彼女の面影をありありと見せつけられており、僕は彼女達に恋心を覚えそうになっていた。だが、これは浮気に該当すると断じた僕は、やはりアカリが《《真の恋人》》なのだと自認した。


 『アカリが復活しないわけは、彼女達に未だに垣根かきねが取り残されているからだ。でも、その垣根って虐めじゃないなら何なんだ……?』


 その彼女達の一人と向かい合って座っている以上、僕はここで何も聞かずにはいられなかった。彼女が紅茶をおかわりし終えると、僕は彼女にこう尋ねた。


「……愛花梨は、いま悩んでいることはないか?」

「急なご機嫌取りはやめてちょうだい。」

「別に上機嫌なときに聞いたら、ご機嫌取りにはならないだろ?」


 彼女はしばらく上向いて頭を巡らせ、やがて僕に目線を向けてこう言った。


「……悩みなんてないわよ。たとえあったとしても、それは自分の力でなんとかしなきゃ意味ないし。」

「それを一人で抱え込むって言うんじゃないのか?」

「私なら、自分の力で乗り越えるって言うわ。」


 後発の四人格は、従来の人格から分裂して生じたものだ。彼女の力強い一言が、僕にその大前提を思い出す契機を与えてくれた。だが、確実に何らかの悩みを抱えているような素振りではあった。


 『軽微な悩みなのか、僕には打ち明けられない話なのか……。』


 僕は完璧な信頼を勝ち取れていない事実を知り、ぬるくなったアールグレイで身体を癒した。

 それでも、彼女の発言にはかつてないほどの《《自己肯定》》が成されており、アカリが実際に言っていたような水準にまで達していた。


 僕はこれに感動しかけた。彼女の再来がすぐそこまで迫っていると…………。




 ――――僕はこの感想を何度覚えてきたんだ……。結局、いまに至るまでアカリが復活する目処めどは立っていないというのに。——――




 挙句の果てに、今まで僕が取ってきた行動は彼女達を成長させる餌だったという、捻くれた発想すら浮かんできた。


 僕は目標を見失っていた。すなわち、僕がアカリを救うという執着心が段々と薄れつつあることを意味していた。


 『それなら、いっそのこと彼女達と……。』


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