第25話 バースディの下ごしらえ
6月13日月曜日、姉妹の感動の再会から一夜が明けた。今朝も僕らは坂の下で待ち合わせをしていた。
根拠は皆無なのにも関わらず、僕は今日の彼女をアカリが支配していると妄信しており、期待で地に足つかない様子だった。そのため、昨晩は一睡もままならず、未だに脳は微睡みの渦中にいるようだった。僕は高ぶる気持ちを押さえつけながら、足早に坂の下へと足を運んでいた。
……しかし、僕が息を飲むのも時間の問題だった。
坂の下には既に彼女の姿があった。しかし、彼女はスマホをまじまじと見つめており、他人からの視線には気づいていない様子で、僕はまさかと一蹴していたが、次期にそのまさかが確証に至ることになった。
「……おはよう、陽太。」
「お、おはよう、愛花梨……。」
彼女は直近で見覚えのある振る舞いをしていた。言葉を発するときに若干言葉を詰まらせ、視線は直接僕の瞳に合わせず、トドメに服がヨレていた。
僕は正攻法で彼女を救い出すことが出来なかった。遅刻を避けるために登坂はしたが、僕は存在しなかったはずの彼女とどんな対話を繰り広げるべきか、思い悩んで沈黙を貫いてしまっていた。
「……昨日はありがと。嬉しかった。」
「そうか……。まぁ、みんな仲良いのが一番だよな。」
「……うん。」
だが、ここで僕は思い直した。いままでの僕の行動は、アカリが復活するための基盤を作っていたにすぎないと。そう思考すれば、手詰まりの状況を救われた気にもなれた。加えて、彼女はまだ《《生存》》しているので、僕は彼氏役として彼女の一言一言に応じる責務があり、その事実を思い出した僕は彼女にこう語り掛けた。
「昨日はどんな話をしたんだ。」
「……艶話。」
「つ、艶話って……初手からそんな盛り上がるもんなのか?」
「……違う、髪艶話。」
「あ、あぁ、勘違いしていた。」
「……まぁ、そっちもしたけど。」
「あの短時間でよくそこまで行き着いたな。」
「……本当に幸せな時間だった。私の夢だったから。」
僕は彼女にとっての僕が、先輩の存在価値それを遥かに超越していると肌身で感じ取っていた。彼女は先輩の存在を突き放したのに対して、僕のときは自殺未遂にまで至ったのだ。僕には先輩同様の愛に加えて「恋」の要素が色濃く反映されていたのだ。
彼女は口元を細めて、未だに喜びが続いている様子だった。僕もその感動に応答することにした。
「僕もやり甲斐があったってもんだよ。」
「……うん。」
放課後を迎えて、僕は今日も用無しに生徒会室へと向かった。扉を開けると開口一番、三須先輩がこんなことを言い放った。
「昨日、美海はヘマしなかったか?」
「ちょっ……変なこと尋ねないでください。」
昨日の加瀬先輩の立ち回りは目を丸くするほど完璧なもので、文句を言う筋合いなぞどこにもなかった。
「えぇ。美海さん、全部正解を引き当てられていましたよ。」
「そりゃあよかった。流石は俺のか……」
「陽太さんの面前では止めて下さい。」
「……ごめん。」
次の生徒会な大仕事といったら文化祭で、それまではまだ三ヶ月の猶予があった。暇を持て余していた生徒会では何の進捗もなく、ただ一分一秒と時間が過ぎていった。
「……陽太さん。」
しばらく沈黙が続くと、加瀬先輩が僕にそう呼び掛けた。
「なんでしょうか?」
「陽太さんは愛花梨の誕生日、もちろん知っていますよね?」
「7月4日、梨の日ですね。」
「その日と前後の三日間なんですが……。私、どうしても外せない用事がありまして。」
「そうなんですか……。」
「まさか、愛花梨と再会できるなんて思いもしませんでしたし。……ですから、どうかお願いします。」
「……僕に盛大に祝ってくれと?」
「その通りです。お金は渡しますから……。」
7月4日というのは、元高の定期試験一週間前になる。そんな日にどんな用事を設定していたのか不思議だが、僕は先輩の言葉をしかと受け入れた。先輩は財布から札を取り出しては、開いていた鞄から僕の財布を見つけ、幾らか忍び込ませるのだった。
「本当、変なところで繋がっていたよな。」
やがて三須先輩がそうぼやいた。話に中々介入出来ない先輩のぼやきに、僕はこう応答することにした。
「まぁ、それが人生ってもんですよ。」
「やけに達観しているな。」
「達観しないと精神狂わされますから……。」
「お前も苦労人だな……。」
「陽斗は苦労人じゃないでしょ。」
「そ、そう言うなよ……。」
なお、後で財布の中身を覗いたところ、諭吉が一枚紛れ込んでいた。僕に百本の薔薇の花束でも渡せというのか……。
翌14日火曜日、僕は彼女に一報入れて朝早く学校に到着していた。僕は教室に進入すると、荷物を置いて真っ先に水島の元へと向かった。
「……水島、おはよう。」
「おはよう、北山くん。いつも二人で登校しているのに珍しいね。喧嘩でもしたの……?」
「まさかな。喧嘩しかけたら僕は頭を下げるって決めているんだ。」
「それはいい心掛けね。変に女の子を敵に回すと痛い目見るもの。」
「はは……。」
次いで、僕は水島にこう尋ねた。
「……なぁ、水島。誕生日祝いってなにすればいいんだ?」
「うーん……。一概には言えないわね。そういうのって家庭環境や習慣に左右されるし。」
「その通りだな……。」
「難しく考える必要はないのよ。誕生日祝いは気持ちイズザベストだもの。」
「そうか。」
「ただ、高価なものは絶対に避けるべきね。愛花梨は人を思いやれる子だから、高価なものだと萎縮しちゃうかもしれないわ。」
「高価って……いくらだ?」
「……それぐらいは勘でなんとかするのよ。」
「はい……。」
祝いの言葉はどうにかなるものの、彼女の好みに合わせた誕生日プレゼントという絶壁が僕に立ちはだかった。寝る間も惜しんで検索をかけるも、僕の脳がパンクしてしまったので、今日はデートの計画から開始することにした。
まず、誕生日は学校と干渉するので、前日の日曜日にデートするが吉とみた。
『函館で洒落たデートをするなら、学校近くの旧英領事館のカフェで一息つけばいいし、自然と触れ合うなら鹿部の間歇泉に行けばいい。』
デートに関しては複数の候補を挙げられ、無事に目処がたった。
そうなると、余計に誕プレの厳選に時間を配分されることになり、僕は長々と頭を悩ませる一方だった。
『彼女達が満場一致で喜んでくれるような誕生日一品……。彼女達が……誕生日……。」
ここで、僕は根本的な問題に気付いてしまった。出生時は抜きににしても、いままで成長と共に育まれた人格は従来の人格だけだ。すなわち、7月4日はアカリの誕生日だ。他の人格に誕生日の縁はないのだ。僕は誰の何を祝えばいいのか、自分の脳に訴え掛けても回答は得られなかった。
『……彼女達も彼女達で誕生日をどう見ているんだ。直接聞くわけにはいかないけど、それを踏まえて僕に祝ってもらうのなら、彼女達は常軌を逸している。汚い言葉は使いたくないけど、彼女達はアカリのおこぼれを頂戴しているに過ぎないんだ。』
だが、これもアカリが復活するために必要な空気・場を設けていると解釈すれば、勝手に困惑も有耶無耶になってくれた。




