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初恋は四つの君を殺してしまう。【長編小説】  作者: 金森 亮
第五章 生活環境について

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第24話 融和のみち

 しばらくして彼女が泣き止むと、先輩はこれから男子禁制の何かを語るなどと言い、僕に対してベイエリアを彷徨いているように諭した。

 渋々了承した僕は、あまりの存在意義の無さに気落ちしつつも、日曜日で栄えるベイエリアの活気に励まされたのだった。


「あっ、陽太さん!」

「……ごめんね、陽太。でも、話したいことは全部話せたわ。」

「それなら、僕も徘徊した甲斐があったってもんだよ。」


 先輩から連絡をもらって再び合流すると、二人はさっきまでの距離感をあっという間に解消して、至って普通の姉妹関係にあった。いつもなら語気が強くて融通も効かない彼女だが、今日に限っては先輩に手懐けられて柔和な態度を呈していた。


「も、もうそんな間柄に戻ったのか……?」

「そうですよ。これが姉妹の力です!」

「陽太の言い回しのお陰で、心の準備はできていたから……。」

「まぁ、そういうもんなのか……。」

「そういうもんよ。」 「そういうもんです!」


 二人の関係が修繕している間に時間は刻一刻と過ぎ、既に11時を回っていた。

 僕は緊張で通らなかった食道が開通して、二人の前で豪快に腹の虫を鳴らした。滑稽な光景に微笑する二人だったが、先輩は近場のバーガー屋で昼食をとろうと提案してくれた。そこで互いが互いに持っている疑問を、解消してくことを決めた。


 机上に一通り昼飯が並ぶと、まずは彼女が僕と先輩にこう尋ねてきた。


「ところで、その……二人はどこで出会ったのかしら?」

「元高だよ、元高。だって美海さん、元高の生徒だから。」

「……え、お姉ちゃん、も、元高の生徒だったの。」

「そうだね。ついでにいうなら、生徒副会長でもあるんだけどね。」


 彼女は間近に実姉が存在していたという衝撃の真実を知り、呆気にとられていた。


「これからは愛花梨と嫌でも会えるね。」

「……嫌なら別に合わなくていいけど。」

「もう、愛花梨。そんな敏感にならないの。言葉の綾よ、言葉の綾。」


 やがて三人とも黙々と昼食を食べ進めていると、先輩は彼女にこう問い掛けた。


「……愛花梨。」

「なに?」

「無理はしちゃだめだからね……。元の生活とか元の自分に戻る必要はないから。普通に生きていけばいいの。」

「……分かってるわよ、そんなことぐらい。」

「本当かな……。愛花梨、昔から自分に無理させる性格だったでしょ。」

「だから、分かってるってば……。」

「まぁ、これから定期的に家に訪問するつもりだから、逐一言わせてもらうけどね。」

「……面倒くさいわね。」



 その後は軽くベイエリアを散策して、二人して思い出話に耽けていた。僕の話題も頻繁に持ち出されて、若干恥じらいながらも与太話に花を咲かせることが出来た。彼女は終始、アカリと彼女の人格が入り混じったような態度をしており、よく自発的に発言をしていた。


「陽太は私の彼氏だものね。」

「そりゃ当たり前で不文律だけどさ……脈絡がなさすぎるだろ。」

「いいのよ。それが聞きたかっただけだし。」

「なんでだよ……。」

「……愛花梨、けっこう大胆なのね。」

「お姉ちゃんには私たちの関係値を知ってもらいたいから。」

「そんなことしなくても、借り人競走の時からある程度知っていたけどね。」

「そ、それは……。」


 僕が離れていた僅かな時間で、彼女が実姉に感化されたことは容易に知れた。彼女としては珍しく、屈託のない笑みを浮かべていた。

 そして、晩御飯の前には解散することとなり、僕らはまた明日と言い帰路についた。彼女が去り際に放った「ありがとう」には、解釈しきれないほど無数の意味を含有していた。



 夜10時過ぎになって、僕は急遽、先輩と通話をすることになった。二人の間で話足りない事柄があったのだ。


「……今日は本当にありがとうございました今さっき、愛花梨からも連絡が来ました。」

「お役に立てたならなによりです。」

「それで……陽太さん聞きそびれていたことがあったんですけど……。」

「なんでしょうか?」

「陽太さんと愛花梨は、どこで出会ったんでしょうか?」

「小学生の頃に通っていたダンス教室ですよ。当時はお互いに初恋で……。中学を挟んでまた付き合い出したんです。」

「そうだったんですか……。」

「えぇ。」


 僕はこの先も、馴れ初め話が続いていくのかと思いきや、先輩は今までの会話を打ち切って、唐突にこう呟くのだった。


「……私は二人が結婚するなら、何も言うことはないです。」

「急にどうされたんですか……。」

「陽太さんのことを楽しそうに喋る愛花梨を見てると、私がいなくても十分に愛を享受できているみたいで……少しだけ嫉妬してしまったんですよ。」


 僕は彼女と血縁関係にある先輩に嫉妬していたが、先輩も僕に嫉妬していたのだ。

 僕は先輩が僕を微かに妬んだ意味を理解し得なかったが、それだけ彼女の隣に居座る人間として、評価してもらえた証なのだろう。僕と先輩とのしがらみは、完全に打ち壊すことができていたのだった。


「それはなんと言いますか……。」

「……でも、いいんです。あの子が独り立ちして立派な大人になって、素敵な人と結婚できるなら、それ以上のことはないですから。」

「そうですね。」


「……嫌われていなくてよかった。」


 ここで、先輩は僕に溜めに溜めていた内情を吐露した。


「僕が何度も言った通りでしたね。実の姉をそうやすやすと嫌うわけがないんですよ。」

「……本当にその通りでしたね。もっと、陽太さんを信頼するべきでした。」

「いや……無理に信頼しなくていいんです。愛花梨の信頼を裏切らなければ、それ以上でもそれ以下でもないですし。」

「それでも……私は陽太さんを信頼していたいです。」


 言うまでもなく、先輩は既に僕のことを信頼していた。そうでなければ、僕は姉妹の園から早急に追い出されていただろう。


 『……僕はどうしてここまで信頼されるんだ?』


 ふと、そんな疑問が湧き出た。彼女が心を寄せる相手だからと言えばそれまでだが、僕は先輩の知らない彼女の日常を知っているという理由も浮かんできた。

 たとえば、彼女が僕の高校生活を案じて死にかけたことも、彼女の自己犠牲の精神が如実に現れた結果だった。良くいえばお人好しだという所感も、先のような事件があって生じたものだった。


 『僕は先輩と別ベクトルで彼女を評価することが出来る。僕の存在価値は微々たるものでは無いのかもしれない……。』


「……ありがとうございます。美海さんに信頼して頂けると心強いです。」


 先輩の彼女に対する無償の愛は十二分に伝わっていた。半血なんて無に帰すほどの、揺るぎない観念がそこにはあった。


 だが、僕に及ぶ責任も増大していた。水島、垰野、担当医、実姉から彼女を託された責任はどんどん重量を増して、今にも僕を圧し潰そうとしていた。また、先輩はアカリの早期復活を望んではいなかった。実姉がそんな稚拙な発想をするのは由々しき事態だが、そう簡単に是正される観念でもなく、僕が行動するしか彼女を連れ戻す術は無かった。僕の脳は仕事量の多さに飽和して、僕を爆睡へと誘っていった。


 『彼女は戻ってくるんだ。絶対にそうだ、違いない……。』


今日の僕は、僕は枯れかけていた一つの蕾を、五分咲きまでもっていった。明日には満開を迎えると、そう信じてやまなかった。



 ……だが、その日の晩のことだった。深夜2時頃のこと、僕は自宅のインターホンが頻りに鳴らされいることに気が付いた。近所迷惑に睡眠を邪魔された僕は、立てた腹をぶつける準備をして、一度のぞき穴を覗いた。そして、犯人を知るや否や、僕はすぐさま扉を開けた。


「あ、愛花梨⁉」

「……陽太。」

「なんでこんな時間に……。それに、どうやってここを……。」

「……ごめんね、陽太。私、やっぱり本当の私じゃなかったみたい。」

「は……。何言ってんだよ。」


 次の瞬間、彼女はマンションの七階から身を乗り出し、地面に向かって自らを投げた。三秒後には爆音の地響きが耳に伝わり、彼女がモノになったことを知らしめた。


 僕の瞳孔は四方八方を向いて一点に定まらず、理解よりも先に、彼女の遺した生暖かい空気が僕を覆い尽くした。僕は冷たい手すりによじ登り、アスファルトで平べったくなった彼女と焦点を合わせた。そして、七階から悲劇の水を垂らすのだった。


 『扉を開けなきゃ、彼女は死ななかったのかもしれない。愛花梨そのものが死んだら意味が無い……。』


 やがて、轟音を聞いた住民が事態を把握し、閑静な住宅街はサイレンによって平生を打ち砕かれてしまった。僕はその不気味な音色に胸をきつく締められて、彼女の元に向かう間もなくその場で倒れ込んだ。



―――次に目が覚めたとき、僕の瞳には板張りの天井が見え、自宅のベッドに潜っていることに気が付いた。時刻は2時30分を指していて、外を見回してみても彼女やモノの姿は無く、僕は悪夢にいたずらされたのだと知った。

 僕は予知夢でないことを切に願って、夢から持ち帰った汗を拭うのだった。


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