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初恋は四つの君を殺してしまう。【長編小説】  作者: 金森 亮
第五章 生活環境について

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第23話 日常、回帰

 6月12日日曜日、午前9時前。僕は函館駅である人の到着をいまかいまかと待ち侘びていた。


 『これから僕の執り行う行動は、絶対に吉と出ると信じている。だけど、凶が出ても不自然ではないし、今朝はまだ、彼女から人格について連絡が来ていない……。』


 僕が駅に着いてから五分後、僕はあの人に声を掛けられた。


「陽太さん……ですか?」


 振り返るまでもなく声の主は先輩だった。先輩に対して僕も相応の返事をした。


「……なんか、言い回しが彼女を借りるサービスのそれなんですけど。」

「なら丁度良かったですね! だって陽太さん、死んでもレンタル彼女なんて借りる機会ないんでしょうから!」

「そういう問題ですか……。」


 僕らは大分砕けた言い回しで会話を交わすようになり、平気で冗談を言う仲にまで発展していた。そして、彼女との類似点を腐るほど見つけることも出来た。とりわけ「不思議ちゃん」な彼女の言い草は先輩と酷似しており、流石は姉妹だと感服するほどだった。


 先輩はシャツにデニムという着こなしで、特段着飾っていなかった。


 『彼女の知っている先輩は、こんな風貌をしていたのかな……。』


 これから、僕らは彼女の家へと向かう。僕は彼女の孤独を紛らす重要な存在が、先輩以外の誰でもないと知っていた。今日に関しては、夜遅くは家庭の都合で帰るそうだが、朝から夕方にかけては自由だそう。


 ただ、流石に彼氏持ちの女性と二人で行動するとなると、相手方に申し訳なさが募った。そこで、僕は昨晩、会長に今日の計画を連絡し、今朝になって無事に快諾してもらえたので、無駄に思案せずに彼女の家に向かうことが出来たのだった。

 


 僕らはしばらく立ち話をした後、市電に乗って彼女の家に向かった。先輩の髪は相変わらず照り輝いていた。これをいい機会だと思った僕は、先輩にこう尋ねることにした。


「先輩の髪ってすごく綺麗ですよね。」

「これって、もしかしてナンパですか?」

「どうしてそうなるんですか……。僕は姉妹で二股するような畜生じゃないですよ。」

「……陽太さんの言う通り、少々髪艶にはこだわっています。」

「なぜここまでこだわるんですか?」

「それは秘密です。趣味の一端とでも思っておいてください。」


 僕はこの期に及んで、先輩に隠し事をされてしまった。わりかし関心のある質問だったので、僕は少ししょげてしまった。


 『僕はまだ、先輩と完璧に分かち合えていないのか……。』


 だが、出会って十数年の彼女とは、はなから関係値が異なるので、仕方がなかった。


「まぁ、そう簡単に心を開いてはもらえませんよね……。」


 僕がそう潔く諦めると、先輩は僕が風変わりなことを言ったかのように頭に疑問符を浮かべ、そのうちこう返事をしてきた。


「多分、陽太さんの想像と比べたら、それなりには開いていると思いますよ。」

「そうですか……。」


「……陽太さんはそんなに私の髪艶が気になるんですか?」

「えぇ、まぁ……。愛花梨が見せてくれた写真の先輩も髪艶が良かったんです。小学生の頃からそうなんですね。」

「そうですね。小学五年の頃に一度凝るようになってから、一日足りともこの艶を喪ったことはないと思います。」

「……僕は先輩がここまで苦労されて髪艶を維持し続けるわけに、愛花梨が関係しているんじゃないかって期待したんですよ。」


 僕の発言以降、先輩は口を閉ざした。もしかすると図星だったのかもしれない。



 昨晩、僕は先輩が今日まで髪艶を維持し続けている訳を考察していた。

 するとこんな仮説が浮かんできた。いつか彼女と再会した日に髪艶を媒介として、自分を思い出してもらおうという願望に由来するもので、つまり、解離性同一性障害になった彼女に対する愛なのではないかと。


 『髪艶を増大させなくても、先輩は普通に人から好かれる外見と性格をしているわけで、趣味ならなおさら秘密にする筋合いもない。そもそも、僕が彼女の存在を記憶の隅に追いやらなかったように、先輩もまた彼女の存在を長い間気に留めていたんだから……。』


 仮説はこのやり取りをする中で、まことになっていった。


「か、勘違いならいいんです。変なことを言ってすみません。」

「……いえ。きっと、私はその期待には応えられると思います。」



 長々と髪艶話をしていると、既に案内票は終点を指していた。僕らは運転士に催促されながら市電を下車して、一路、彼女の自宅へと向かった。


 彼女の家は二人とも、勝手知ったる土地だった。だが、一歩一歩と停留所から離れるにつれて、先輩の表情は笑顔よりも真顔の方に近付いていった。きっと、先輩の脳内は緊迫していたのだろう。

 彼女は先輩の存在を忘れていなかった。そこは一旦安堵できるが、しかし、彼女が先輩に本気で嫌悪をを抱いているのか、真意の程は先輩自身しか引き出せないのだ。


「先輩。もしかして……緊張していますか?」

「……どうしてそう思うんですか?」

「顔がいつも以上に引き締まってますし。」

「そう……見えますか?」

「そうとしか見えませんよ。」

「自覚、無いんですよね……。愛花梨と会うときには気を付けます。」



 彼女の家に着くと、先輩はインターホンの前で一度静止した。恐らく彼女との再会が、この一押しに委ねられていたからだろう。

 先輩は神妙な面持ちの後、再び顔を綻ばせてインターホンを押した。間髪入れずに屋内から足音が鳴り響いて解錠され、扉の隙間から彼女が顔を出した。


 彼女は明らかに面食らっていた。唖然として一言も発せそうになかった。

 彼女の身体も必然的に強張っていた。彼女自身が絶縁させた二人のもう一人が、二年振りに玄関先に現れたのだから……。


 先輩がこの機会を無碍にするはずもなく、早速彼女にこう語りかけた。


「……久しぶりだね、愛花梨。」

「お、お姉ちゃん……。陽太、まさか本当にお姉ちゃんを……でも、どうやって……。」


 先輩はその一言を以て、より一層口元を緩ませた。続けて先輩は彼女にこう告げた。


「特別な意味はないよ。久しぶりに愛花梨の様子を見にきたんだよ。」

「……そんなことしなくていいわ。今の私はお姉ちゃんの知っている私じゃないもの。」

「私はそれでもいいから会いに来たの。」

「いいわけないでしょ……。」

「……ねぇ、愛花梨。私、行きたい場所があるんだけど、愛花梨も一緒に付いてきてくれないかな?」

「一人で行けばいいじゃないの……。」


 彼女は過去に後ろめたさがあるせいで、必死に先輩を突き放そうとした。だが、ここは血縁者というもので、先輩と彼女の繋がりを発揮するところだった。


「……私一人では行きたくないから付いてきて欲しいの。」

「じゃあ……陽太を連れていけばいいわ。」

「そ、それは暴論過ぎないか?」

「私が妹の彼氏ぶんどるわけないでしょうに。第一、私、もう彼氏いるから。」

「……え?」

「そういう話もしたいから、やっぱり少し羽根を伸ばそうよ。」

「で、でも……。」


 先輩は平然を保っていたが、そろそろ我慢の限界に達したのか、彼女に対してこんな痛烈な一言を投下した。


「本当に私のことが嫌いなの……?」

「それは……そんなことない。」

「……そう。それなら良かった。私、待っているから。着替えてきちゃって。」

「……分かった。」


 先輩の強引さが彼女を突き動かした。僕には絶対に真似できない荒業を、先輩はやってのけたのだ。僕は尊敬の念を持って、先輩を凝視してしまった。


「陽太さん、ど、どうしたんですか……?」

「いえ……ただ、畏敬の念が……。」

「へ……?」



 彼女は特別化粧などをすることなく正装に着替え、僕らは先輩に先導されるがままに市電の停留所へと足を運んだ。


 市電の中で姉妹の与太話は、何一つ繰り広げられなかった。僕には二人の潤滑油として働く大義があったが、発言の一つ一つが諸刃の剣と化す。そのためここでは自分自身の存在を矮小化して、沈黙を貫くしかなかった。


 十数分乗車した後、僕らは市電を下車して行き着いた先はベイエリアだった。

 正確には中心部から少し外れた場所にある湾沿いのベンチに着いた。こんな朝早くには誰も座っていない。そして先輩は彼女にこう問い掛けた。


「よく来たよね、ここ。」

「……そうね。」

「私の一番の思い出の場所なんだ。だって、愛花梨との思い出の場所だもん。」


 僕は先輩の告白に目から鱗が落ちた。二月前に僕が初めて「不思議ちゃん」な彼女と出会ったとき、彼女が深夜のベイエリアに赴いた訳が知れたからだ。彼女は過去の記憶に啓発されたに違いなかった。


「それは嘘よ……。だってあの頃の私は今の私と……」

「……私にだって、昔の愛花梨と今の愛花梨が違うことくらい分かる。」

「そ、それなら……。」

「だけど、今の愛花梨と新しい思い出を作るのはいけないことかな……?」

「……だって、私はもう。」


 僕は二人の対話の行く末を見守っていた。しかし、彼女が必死に抵抗を試みた次の瞬間、先輩が彼女を勢いよく抱擁した。

 先輩は彼女に了承を得るなんて、形式的な真似は絶対にしなかった。


「私ね、実は愛花梨に会いたかったの。すごく会いたかったの。だけど……時期を見計らっていたら、二年も経っちゃった。」

「どうして……どうして私なんかに。」

「……もう、大丈夫だから。私はまた傍にいるから。今まで離れていてごめんね。」

「で、でも、私は……私は。」

「……あなたは倉持愛花梨。他でもない、私のたった一人の妹だよ。」


 彼女が守り抜こうとした我慢とやらは、遂に崩壊のときを迎えた。無論、涙腺は崩壊してしまい、先輩に幾度となく「ごめん、ごめん」と謝意の言葉を述べていた。

 一方の先輩は、僕の前で見せた雫を完全に覆っており、一滴たりとも落とすことはなかった。姉としての矜持を保っていたのだ。


 彼氏の僕としては、ここでの存在価値を見失って戸惑いつつも、姉妹の愛に心を大いに揺さぶられていた。血縁という、死んでも超えることのない壁に、やきもきさせられていたのだ。


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