第22話 夜分遅くに失礼します。
6月7日火曜日、19時過ぎ。僕は部屋に籠ってある準備をしていた。若干の緊張を感じつつも、20時の到来を待ち侘びていた。
これ以上、彼女が夜間に孤独を抱くことは、絶対に避けたかった。しかし、彼女に負荷を掛けて藪蛇と化すことも避けたかった。
そこで、僕は二人で夜が更けた頃に連絡を取り合い、与太話でもしようと提案をした。時代と環境が可能にしてくれた、孤独を埋め合わせる最強の術だった。
すると、彼女もこの案に同調してくれ、実際に通話することが決まった。
ただ、昨日の彼女は「根暗」な人格だったので、僕は通話が思うように行かないことを懸念して、通話を今日以降に延期させた。当の彼女は、僕との通話を切望していたのだが、僕は無理矢理押し切って今晩にさせた。
20時過ぎ、僕は彼女に電話を掛け、三コール目で発信音が途絶えると、代わりに彼女の声音が聞こえてきた。
「も、もしもし、あ、愛花梨か……?」
「もしもし。そうだよ。私は紛れもない倉持愛花梨です。」
「や、夜分遅くに失礼します……。」
「緊張しているの?」
「……た、多分、本当に緊張しているんだと思う。」
僕は変に緊張して吃ってしまった。彼女の顔を窺えないことが、僕の緊張を仰いだ。
「別に緊張することないよ。画面の向こうにいるのはいつもの私だから。」
「そ、そうだよな。」
「……でも、なんか凄い新鮮だね。二人で電話するなんて。」
「まぁ、どうだ。少しぐらいは騒がしくなったんじゃないか?」
「少し……というかかなりだね。」
「効果テキメンって奴だな。」
「そうみたいだね。……ありがとう。私のために提案してくれて。」
「まぁ、僕には大義があるからな。」
「大義……?」
「アカリを是が非でも幸せにする大義だよ。」
「……頼もしい彼氏さんで良かったよ。」
「なんだよそれ……。」
電話越しの彼女は、自宅で落ち着いていることもあり、平穏という様相を呈していた。彼女の孤独はそれ相応に打ち砕けているようで、自己肯定に近い発想を覚えさせることも出来た。
いまなら彼女の本音を引き出せると踏んだ僕は、早速今日の収穫を活用することにした。
「愛花梨。」
「どうしたの?」
「もう一度、お姉さんと……美海さんと会ってみる気はないか?」
「本当に陽太は、いつも突拍子もない質問をするよね……。」
「とにかく、愛花梨の意思が聞きたいんだ。」
「会いたいよ。機会があるならね……。だって、お姉ちゃんに面と向かって謝りたいから。」
「そうか。まぁ、そうだよな。」
「……でも、私はお姉ちゃんの家を知らないし、どこで何をしているかも知らない。考えたところで、空論でしかないよ。」
「連絡手段はあるんだろ?」
「だけど、長い間無視しているから、もう……。」
彼女は加瀬先輩の宛先が、既に形骸化していると錯覚していたので、もはや手立ては一つしか残されていなかった。
「分かった分かった。」
「分かってもらえて良かったよ。」
「それはそうと愛花梨、僕のために一日、暇な日を作ってくれないか?」
「急にどうしたの?」
「単にお宅にお伺いしたいだけの話だよ。」
「お、お宅って……それは別にいいけど。」
「良いんだな? それじゃあ頼んだ。ありがとうな。」
「う、うん……。」
その後は暫く他愛のない話で盛り上がり、気が付いた頃には、次期に午後9時半を回ろうとしていた。しかし、彼女の口調は一向に疲れを帯びる気配がなく、むしろ日常の話から飛躍して、流行りの話に踏み込んできた。
僕はそれがアカリの復活を示唆しているように感じた。言い草は多少違えど、その積極性は僕に往年のアカリを思わせた。
『今後も愛花梨にこの積極性というか向上心が続けば、孤独を愛花梨自身で浄化出来るようになるかもしれない。』
僕は彼女に気を遣ったせいでかなり体力を消耗していたものの、ここは彼女の積極性を引き出すときだと思い、なんとか踏ん張ることにした。
「……ねぇ、陽太。」
以降も幾らか会話していると、突然彼女がこう問い掛けてきた。
「ん、どうした?」
「陽太の誕生日っていつだっけ……?」
「10月8日だよ。入れ歯の日だな。」
「ありがとう。入れ歯の日……覚えたよ。」
「……そう言われてみれば、僕も愛花梨の誕生日を知らないんだよな。」
「7月4日だよ。陽太流に言うなら……梨の日になるのかな。」
「『愛花梨』だもんな。……でも、7月4日ってわりともうすぐだな。」
「そうだね。もう一ヶ月を切ってるよ。」
僕の優秀な脳は、話の主題が僕の誕生日でないことを理解していた。
記憶を遡ると、僕は小学生の頃、彼女に誕生日を祝われたことがあった。正確には友人が僕に誕生日の品を渡す瞬間を、偶然彼女が目撃してしまい、僕は少しだけ叱られて、お祝いの言葉を受け取ったのだった。几帳面だった彼女が、その日付を忘れるわけがなかった。
この問いの裏側には、誕生日を祝ってほしいという彼女の念願が隠されていた。現に僕を悟らせる時間かは知らないが、しばし無言が続いた。
「……もうそろそろ寝支度しようかな。喋り疲れちゃったし。」
「そうだな。もう十時ゆっくり休めよ。」
「今日も楽しかったよ。ありがとう。」
「こちらこそ。」
そうして無事に三時間の通話は終了した。僕は彼女と同じように就寝体制に入って、布団に包まっては今さっきまでの会話をそらんじることにした。
そのうち、実は彼女だけではなく、僕の夜分にもぽっと灯りが点っていることに気が付いた。動画を虱潰しに視聴する、普段の機械的な僕とは違い、今日は少しだけ人情味のある生活を過ごせていた。
僕は今日の対話を序盤から振り返っていたため、数十分が経った頃に誕生日の話題に辿り着いた。アカリが復活する契機としてはこれ以上ない機会だった。そのため、僕はこの機会を重要視していた。
『アカリの復活は絶対に彼女の幸福へと繋がる。僕が型破りな行為に及んだとしても妥当性が保証してくれる。僕はアカリのためにここで怯んではいけないんだ……。』
四つの人格に対する権威は、完全に喪失させていた。
ただ、そう持論を展開したところで、僕には真っ先にやらなければならないことがあった。彼女とお姉さんを引き合わせることだった。僕はこれを以てまた考え直すことにし、回想に踏ん切りをつけて眠りについた。




