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初恋は四つの君を殺してしまう。【長編小説】  作者: 金森 亮
第五章 生活環境について

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第19話 彼女の暮らし。

 市電はもうすぐ終電という時間が迫っており、夜遅くだということも加味すれば、僕が彼女を送り届けると、帰り道は徒歩での帰宅が必須だった。

 彼女は優しいので、何度も僕の送迎を遠慮してきたが、最後には渋々折れて、彼女の帰宅を見届けることになった。

 僕らは与太話に花を咲かせながら、あっという間に彼女の自宅付近へやってきた。


「……ここで大丈夫です。」

「そうなのか……?」

「今日は……本当にありがとうございました。人生がまた一色、彩られた気がします。」

「そんな、他人行儀な言い方をしなくても……。」

「……これが私ですから。では、また明後日。」

「お、おう……またな。」


 彼女は僕に後ろ姿だけ残して、静寂の住宅街の向こうへと去っていった。彼女の自宅はもう目と鼻の先で、既に視界にも捉えていた。


 『僕が最後まで送迎させてもらえないのは、僕が変な行為に及ばないか案じているためだったのか……。いや、それだと自死未遂の日なんて、今よりも縁が深く無かったはずだ。どうして僕は、彼女に微妙な距離を生まれているんだ。』


 ふと、僕は今さっきの彼女の自宅を思い浮かべた。そして、ある違和感に気が付いた。室内の窓から光が一切溢れ出ていなかったのだ。

 たしか、例の自死未遂の日は彼女の家に灯りが点っていた。22時には明かりが消えていて、深夜遅くになると明かりが点いている。


 記憶を遡れば遡るほほど、彼女の家庭には不可解な点しかなかった。彼女の両親は病院に付き添わないし、彼女を二度も深夜徘徊させてしまう。そして、今日も彼女の帰りを待たず、彼女自身も僕に家庭の事情を一言も語ろうとはしない。


 『……そういえば、彼女の両親はダンスの発表会に一度も現れていなかった。』



 僕は一つの結論に至った。その結論の真偽をたしかめるべく、僕は彼女の家に向かって走り出した。そして、扉を開ける前に彼女に追い付いた。僕は彼女に振り返る隙を与えず、右手を掴んでこう尋ねた。


「なぁ、愛花梨……。」

「よ、陽太くん?」

「お前……家族はいるのか。」

「……よく、分かりましたね。」

「やっぱり……。この家の住人は、お前一人だけなんだよな。」

「……はい。」


 しかし、僕は何の事情も認知していなかった。彼女の家庭環境について、僕が他人と同水準の情報しか知らないことは、どうあがいても屈辱的なことだった。


 ……ただ、そんな屈辱を前にして、また一つ疑問が生まれてしまった。それは、この生活をいつから始めたのかという問題だった。


 『僕は愛花梨の両親を小学生の頃から一度たりとも見ていない。そして、当の彼女も家庭事情を進んで話そうとはしない……。』


「まさか……小学生の頃から同じ生活だなんて言わないよな?」


 僕は最悪の回答に戦慄しながら、彼女にそう尋ねた。


「何というか……そのまさかかもしれないです。」

「……どうして今まで黙っていたんだ。」

「黙るも何も、これが私の日常ですから……。」

「日常って……。」


 彼女はこの孤独な生活環境に対して、一切の悲痛を感受していなかった。きっと、時間経過が悲痛を薄めたという解釈の方が正しいだろう。


 僕は彼女に何かを言い掛けようとした。だが、僕は彼女の家庭環境を何も知らない上に、無用の正義感を振りかざすほど虚しいものはなかった。


「……少しだけ、家に寄っていきませんか?」

「そりゃ、聞きたいことは山々だけどさ……。」

「深夜に未成年二人の状況は避けたいと?。」

「流石に……そこは良識を持っておかないと。」

「……良識のない環境に、今更良識なんて持ち込む必要はないですよ。」

「どういうことだ……?」

「……陽太くんの主張は分かりましたから、一旦、家に入って下さい。これ以上の立ち話は、近所迷惑になりますし……。」

「その……僕は何もしないからな?」

「そんなの知っていますよ。まぁ、何かされても抵抗はできませんけどね。」

「だから……。」


 僕は彼女の家に進入してしまった。あまりの疲労感から、僕は基礎的な理性が崩壊しかけていた。彼女に何らかの危害を加える恐れが、十二分にあったので、せめてこの時間だけは理性が失せないようにと、己に厳しく鞭を打った。



 彼女の家は小綺麗な一軒家で、内装も新し目な色調とデザインが採用されていた。部屋は三つほど設置されているようで、うち二つは扉が解放されて空き部屋になっている。誰がどう見ても、一人暮らしには役不足な佇まいをしていた。


「……すごく綺麗な家だな。」

「元々は母方の祖父母の家でしたが、私が幼い頃に亡くなりました。そのとき、遺品整理に並行して、リノベをしたんですよ。」


 僕は直に、彼女の部屋へと誘導された。


 彼女が飲み物を持ってくる間に、僕は両親に連絡をしておいた。言い訳を考える暇は無いので、新幹線が遅延しているという、見え透いた嘘をついておいた。しかし、両親はその嘘を見破れず、むしろ僕の安否が知れて安堵していた。


 少しして、彼女が緑茶を運んできてくれた。そして深々とベッドに座り込んだ彼女は、躊躇なく家庭環境の全貌を暴露し出した。


「全ては私が小学二年生の頃に、両親が離婚したことに始まります。父親が不倫して、母親が私の親権を握りました。」

「その……お母さんはどこにいるんだ?」

「別の男性と再婚した後、アメリカに旅立ちました。まだ、小学四年生だった私を置いて……。」

「……は。」

「ただ、生活費には苦労していないんですよ。口座には毎月、幾らかお金が振り込まれていますから。」

「……母親が振り込んでいるのか?」

「恐らくは……。ただ、いつ途絶えるか分からないので、基本的には貯金に回すようにしています。」


 彼女は僕に事の顛末を語ってくれた。彼女の母親は俗にいう毒親だった。大の母親が未成年の娘にする仕打ちとは、到底考えられなかった。僕はこの状況を指す、最も適当な言葉を知っていた。


「それって……ただの育児放棄だろ。」

「そうとも言うんでしょうね。」

「……どうしてそれを訴えないんだよ。」

「至極単純な話……児童養護施設行きを避けるためです。」

「児童養護施設……。」

「えぇ。対する今の生活は、ある程度の自由が効きます。幸い母からは、この家を贈与する旨の書類も送られました。……多分、この家を売ったら、国立大学の学費ぐらいは賄えると思います。それに訴えたところで、母親は日本に戻らないでしょうし、私も二度と暮らしたくありませんから……。」

「今の暮らしで、本当に満足なのか……?」

「……えぇ、そうです。」


 僕は少し拍子抜けした。彼女の暮らしぶりを聞いていると、並の大人よりも十分な生活環境が整えられていた。

 ただ、この一人暮らしの問題の根本は、全く生活水準などではなかった。僕は彼女の解離性同一性障害が持続する要因に、薄っすらと気が付いてしまっていた。理屈もほどほどに通っていた。そこで、僕は彼女に包み隠さずこう問うことにした。


「……愛花梨、お前、今でも孤独を感じているだろ?」

「あれから五年が経ちましたし、この生活にも慣れたみたいです……。」

「いや、そんなことはない。愛花梨、お前が孤独に慣れるはずがないんだよ……。」

「……まるで私を知ったような口調ですね。」

「あぁ。だって、その孤独が多重人格を延命させているんだからな。」

「……え?」


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