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初恋は四つの君を殺してしまう。【長編小説】  作者: 金森 亮
第四章 学校生活と日常生活

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第17話 自己肯定の再起……?

 6月4日土曜日、午前5時半。この時期のこの時間にもなると、ようやく昼間と同じ空模様になってきた。

 そしていつも通り、僕らは函館駅で待ち合わせをすることになっていた。だが、今日の僕は少し早く函館駅を発ち、彼女の住まいまで足を運んでいた。


 例の屋上での一件以降、僕と彼女は位置情報を共有していた。それを活用し、僕は彼女を驚かせて、面白おかしく旅程を進めたくなったのだ。好奇心旺盛な彼女の人格に、沿った行動だと勝手な認識をしてしまっていた。



 彼女の自宅前で数分間待機していると、鍵穴から音した。間もなくして、そこから彼女の姿が見えた。

 彼女は僕の存在に気付かないまま鍵を閉めて、やがてこちらに視線を向けた。


 僕が彼女の名前を呼んで近付いた途端、彼女は大きく身体を震わせて「ヒエッ」と言った。瞬時に唇を紫に変色させ、扉にてのひらを付けて小刻みに震え出した。彼女の瞳は四方八方に切り替わって、混乱の最中にいる様子だった。

 挙句の果てに、彼女は「こっちに来ないで下さい!」とまで言い放った。


 僕は彼女の反応に仰天したものの、すぐさま彼女を正気に戻すべく、彼女の身体を強く揺すってこう言い掛けた。


「愛花梨、僕だよ僕!北山陽太だよ!」

「…………陽太くん。」

「そうだよ……いきなりどうしちゃったんだ。」

「幻影……幻影が見えたんです。」

「なんの幻影だ……?」

「分からないです……。でも、私にいい顔を見せない人物の幻影でした……。」

「それは怖かったな……。」


「というか、どうして陽太くんがここに居られるんですか……?」

「……ごめん。愛花梨を少しだけ驚かそうと思ったんだよ。」

「もう、変なことをしないでくださいよ。」

「あぁ、ごめんな……。」


 先の彼女の反応は、何らかの忌々しい記憶がフラッシュバックした可能性がある。

 僕の思い掛けない行動が、その苦い記憶を、頭の片隅から呼び寄せてしまったのかもしれない。


 僕は高揚し過ぎて、完全に我を見失っていた。いずれ取り返しのつかない事態にならないよう、僕は自身の子供じみた行動を恥じて、しかと反省をした。

 ただ、反省は自己完結で終わるので、誠実さに欠けると思った僕は、彼女にこれからのデートで態度を示すと約束した。



 僕らは始発の市電で函館駅に向かい、そバスで船着き場のある海辺へと向かった。

 割とギリギリに到着したようで、僕らが搭乗券を発券すると、すぐに青森行きの乗船が案内された。


 飛行機と同じく、船も船着き場へのの移動と搭乗券の発券、そして乗船までに、若干の時間を要する。僕はこの乗船までの過程で、一つの小旅行をこなした気分にもなった。



 いざ、僕らが乗船すると、彼女は船内を全方位見回した後、僕にこう語り掛けた。


「なんだか、とても綺麗なお船ですね。」

「この船、去年できたばかりの新造船らしいな。」

「……私達が乗船するために造られたのかもしれませんね。」


 僕は彼女の何気ない一言に、気が動転しそうになった。こんな自己肯定感の塊のような冗談を言われて、従来の彼女を思わずには、到底いられなかったのだ。


「それはなんというか……運命的な出会いだな。」


 僕は胸中で過去に類を見ないほど狂喜し、アカリ復活の日が近いと信じて疑わなかった。冷静の二文字が失われつつあり、今にも水島と垰野に彼女の発言を通達してしまいそうな心持ちでいた。

 最終的には座席に落ち着くと、そんな興奮も勝手に収まっていくのだった。



 船は順調に航行し、僕らは船内を探索したり展望デッキで潮風を浴びていると、四時間を綺麗に消費し尽くして、無事、青森に接岸した。青森の空気は函館のそれより、多少冷たくて、僕は一瞬身体を震わせた。


 港からはまたバスに揺られて、新幹線との交差点である新青森駅で下車した。駅舎を前にして、彼女は僕にこう問う。


「最初はどこに向かうんでしたっけ?」

「僕の推薦した場所だな。……折角だし、自然を間近で体感しようと思ってさ。」

「それ、とてもいいですね。」

「ただ、それなりに長く乗車するから、事前に駅で弁当を買っていこうな。」

「ちなみに、車内にトイレは備わっているのでしょうか……?」

「そこはちゃんと調べてきたから安心しろ。一号車と四号車、一号車と四号車、一号車と……。」

「そんな……別に念仏唱えるみたいに仰らなくても。」


 僕らは新青森駅から、観光列車に乗り込んだ。一つ手前の青森駅が始発で、少しすると五能線という路線に乗り入れ、県の日本海側を走行する。その最初の目的地こそ、まさに青森県の日本海側に位置しているのだ。


 客は夏休み前の閑散期ということもあり、一両に十人弱が乗っている程度で、盛況している雰囲気はなかった。

 たしかに、物静かな方が旅情を掻き立てるのだが、函館のような廃止を視野に入れられる未来もあり得る。やっぱり、客は多いに越したことはない。



 乗車から一時間が経つと、遂に日本海が顔を出した。海側の席を予約していたので、窓の一点を見つめていた彼女の瞳には、大海原の絶景が映し出された。その瞬間、隣を振り向いた彼女は、僕にこう告げた。


「これって……もしかして、日本海ですか?」

「いかにも、日本海だな。」

「……私、産まれて初めて、正式な名前のついた海を拝見したと思います!」

「函館湾は立派な名称だと思うんだけどな……。」

「湾は却下です。最後に「海」って付いてないと。」

「そういうもんか……?」

「そういうもんです。」


 彼女は日本海と初対面なようで、つまりこれが水平線を肉眼で拝む、初めての機会だったのだ。彼女はその人格上、いつにも増して、車窓に釘付けになっていた。彼女が何も言わなくとも、窓が彼女の笑い顔を反射して、僕に幸せの渦中にいると伝えてくれた。



 そこから更に一時間が経ち、14時過ぎになって、僕らは千畳敷という駅で下車した。この千畳敷駅の魅力は、僕が説明するよりも、目で確かめる方が早い。


 駅の目の前には、幾つかの店が立ち並び、そしてその奥には、雄大な日本海の白波が押し寄せている。そう。この千畳敷駅は、「海の見える駅」なのだ。


「駅に着いたとき、なんとなく、仰いたいことが分かりました。……圧巻ですね。」

「いや……仰いたいって。」


 僕は彼女の言い回しに、そろそろくどさを感じ始めていた。この人格は、僕に対して常に敬語で応答するので、恋人同士とは思えない距離感が生まれているように感じていた。それでも、この言い回しは彼女の個性の一つであり、全否定するのも残酷な話だった。


「百歩譲って丁寧語はいいんだけどさ、尊敬語と謙譲語は止めにしないか……。なんだか、すごくぎこちないんだよ……。」

「ご、ごめんなさい。え、えっと……よ、陽太くんの言いたい事が分かりました。これで大丈夫でしょうか……?」

「ありがとう、それでいいんだ。」


 僕らはまた、海を見つめ直し、少しずつ、海の方へと歩みを進めていった。そして僕は、彼女の感想にこう返答した。


「まぁ、ここまで露骨に海が見えたら、言うまでもないよな。……でも、凄いよな。本当、海が目の前だもんな。」

「……潮風の香りが、函館と少し違いますね。」

「青森の方が美味しいか?」

「それは、別に普通ですけど……。」


 彼女の四つの人格は、専ら自然に触れ合うことを好んでいる。恐らくは、従来の彼女も自然が大好きだったのだろう。

 だからこそ、僕は彼女を、未知なる大自然の元に連れて行きたかったのだ。



 実際、彼女はこの風景が、相当心に染みていたようで、自然を眺望して直立不動でいるのは、あの大沼デートと全く同じだった。

 それに彼女は、海を眺めている最中、こんな独り言を呟いていた。


「……私、生きています。」


 彼女は、離人症でも引き起こしたかのように自分を傍観して、内情を吐露した。


「そりゃあ、生きているだろ……普通に。」

「そうです。普通に生きているんです。私は、普通に生きれているんですよ……。」

「そうか……。」

「こうして自然を前にして、雑念を祓えることが出来たら、私は前に進めそうな気がするんです……。」

「その雑念ってなんだ……?」

「正体は私にもよく分かりません……。ですが、私は今、とても感動しているんです。」


 そう言った彼女は、両手を地面に平行に広げて、海風をその小さな身体で、目一杯受け取っていた。だが、本来ならアカリへの脅威にも関わらず、僕はその脅威を彼女の個性だと納得してしまった。じっと見つめる先はアカリの幻影ではなく、眼前の彼女に移ろってしまったのだ……。


 小学生の頃、アカリの早熟さに目を惹かれたように、高校生になった僕は、自然の友人として振舞う彼女に心奪われていた。


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