第16話 大都市デートについて
5月29日日曜日。
『僕は彼女を死んでも救い出してみせる。』
その意志は夜が明けても、心の中で盛んに主張していた。だが、僕は一旦冷静になって、目の前の四つの人格に、幸福という餌やりをする必要性も再認識した。
そこで、僕は彼女達の破壊を一旦保留にし、再び彼女達を幸福に追いやるべく、新たなデートを計画することにした。
というのも昨日、彼女からこんな連絡が来たのだ。
「またデートの機会をもらえないかしら。もちろん、今日の私じゃない日でもいいから。」
僕は快諾して翌週の土曜日に、どこかへ出掛けようと約束した。また、予算は日帰りで二万円までなら大丈夫だと返答も来たので、僕はそこまで金銭面を案じずに企画していた。
ただ、僕は二万円という金額設定から、彼女はそう近場で済ませる気はないという暗黙の意思表示を受けている気がした。
僕は普段、そこまで優柔不断な男ではないが、今日ばかりは金銭の重圧に呑まれてしまい、行く先を即決することができなかった。
5月30日月曜日、放課後、僕は生徒会室に立ち寄っていた。三須先輩は一番乗りで居り、今日は加瀬先輩がそれに続いていた。
次の生徒会の仕事は、八月のオープンキャンパスなので、今の時期はそれなりに暇を持て余しており、丁度いい機会だと思った僕は、お二方にこんな質問を投げ掛けた。
「お二方って……いつもどうやってデートされているんですか?」
「と、唐突だな。」 「と、唐突ですね……。」
お二方は同時に似たような回答をされた。価値観がここまで近いとなると、互いの内情も容易く察せてしまいそうで恐ろしい。
「どうやって……か。一応初めてのデートは……ゲーセンだったか?」
「えぇ、そうでしたね。」
「げ、ゲーセンですか……。それはなんとも特殊ですね……。」
「私自身がメダルゲームをこよなく愛しているもので……。」
「それで俺を半ば強引に連れ出して、一緒に遊んだってわけだ。」
「……あれ、嫌だったんですか?」
「最高ではあったな!」
「え、えっとですね……。」
「ん? 俺らの恋模様を深堀りしたいんだろ?」
「それもそうなんですけど、その……お勧めのデート先を教えて頂きたくて。」
「あ、あぁ……そうだったのか!」
私的には、急に二人の馴れ初めを尋ねる方がより変質者な気がするのだが、変な誤解が解けたようで何よりだった。そして、三須先輩は僕の問いにすぐさま回答を導かれた。
「予算は二万円まで、どうにかなるんですけど。」
「そうだな……。そしたら、もう青森一択じゃないか?」
「やっぱり……青森ですか。」
「札幌は遠いし、運賃も高いからな……。」
「蝦夷地と本州では、文化や風景が大きく異なりますから、それなりの見応えがありますよ!」
「……お二方は、何度か行かれたことがあるんですか?」
「俺は一人でも、二人でも行った試しがあるぞ!」
「あ、もし本当に青森に行くんでしたら、浅虫温泉にも立ち寄るといいですよ。絶景と温泉が同時に堪能できる施設がありますから!」
「そうですね……青森、検討してみます。アドバイス、ありがとうございました。」
僕の中で定まっていなかった天秤は、ようやく一方に傾いてくれた。お二方は僕の何倍も人生経験に富んでいるようで、僕は第三者の意見の有用性を噛み締めることになった。
それから、生徒会主導の企画を検討して、それ以降は特に何も会話をしない、虚無な時間が経過したことにより、あっという間に最終下校まで一時間を切った。
僕がこれからの時間を、どう消費しようか考えていると、加瀬先輩がこう問い掛けてきた。
「あの……陽太さん。」
「は、はい! どうされました?」
「唐突で申し訳ないんですけど……。」
「別に気にしないで下さいよ。いつものことじゃないですか。」
「陽太さんは彼女さんのこと、ちゃんと愛せていますか……?」
「……は、はい?」
加瀬先輩の唐突な問いに、僕は一種の心地よささえ覚えていた。順応というものを身体で実感していた。
……ただ、最近の加瀬先輩はどうも様子がおかしく、僕の私生活に踏み込んだ問いを盛んにしてくるようになった。最近というのは先週のことで、まず、僕は先輩から「彼女とどんな経緯で交際至ったのか」という質問に回答させられた。
先輩は僕の素性に関して、明らかに関心を持っていた。今週に入ると、遂に僕のことを「陽太さん」と下の名前で呼称するようにもなった。どんな心情の変化が生じたのか、考察するにも無理があった。
共に恋人がいるため、異性的な深い意味を感じることは無いが、僕は先輩の応じ方に違和感を覚えていた。僕や僕の色恋に、興味を抱く所以が知れなかったからだ。
「少なくとも、彼女の周りにいる誰よりも、僕は彼女を愛している自負があります……。」
「では……その根拠はなんでしょうか?」
「……なぜ、それを先輩がそれを知りたがるんですか?」
「この世の中に人間の興味本位ほど、恐ろしいものはないですから!」
「答えになっていない気がしますけど……。」
僕は一口だけ水を含んで、話を再開した。
「まぁ、彼女は少々辛い過去を持っています。その辛い昔話を、僕は彼女と分かち合い、乗り越えるための努力をしています。そしてそれが可能なのは僕以外の誰でもないと、そう確信しているんです……。」
僕は模範解答中の模範解答をした。これ以上ない彼女への想い、未来への希望、僕の決死の覚悟が伝わる文面も、そうそうないと誇っていた。
僕が回答した直後から、加瀬先輩は目線を斜め下にやって、顔は平時の笑顔を貫いていた。そして、選び抜いた言葉で僕にこう言い掛けられた。
「……その観念、とても素敵ですね。どこかの筋肉野郎さんとは大違い。」
「筋肉野郎って……お、俺、何かしたか……⁉」
「別に何もありませんよ。……是非、陽太さんは彼女さんを、あなたが幸せだと思う方に、導いてあげてくださいね。」
「それは……どうもありがとうございます。」
加瀬先輩は僕の方に視線を向けて、薄っすらと笑みを浮かべられていた。僕の回答になぜだか満足して、安堵されている雰囲気だった。
僕には先輩の質問の意図が、全く推測出来なかった。借り人競走で彼女を運んだ姿が、そこまで目に焼き付いたのだろうか。ただ、先輩は理屈も突拍子もない質問を、日常的に行える性質の人間だった。深い意味は皆無で、本当に興味止まりなのかも知れず、そう思った僕は、先輩に対する疑問を有耶無耶にした。
彼女からは青森旅行の案について、二言返事で許可をもらえた。
ただ、一つ問題点を挙げるなら、僕の知っている青森要素が、ねぶた祭りと遺跡、あとは先輩直伝の温泉で途絶えていたことがあった。
函館はそれなりに便のいい街なので、都市圏の外に出る機会がなく、市街地を出る意味も無いに等しかった。そのため、僕は青森はおろか、県庁所在地である札幌の情報も、大して知らずに生きてきた。
訪問先に関する問題は、火曜日以降、何度か彼女と相談をした。ただ、彼女は青森を何も知らないというので、また僕に一任されることになった。
そして、木曜日までには計画の大筋が完成し、大きな予約も完了した。彼女は僕に頻りに「……楽しみ」、「楽しみにしているわ」、「待ち遠しい」などと言い、期待感を顕にしていた。僕も全く同様だったが、彼女は火曜日以降、表情が普段よりも明らかに解れており、日常生活にも良い影響を与えていた。
僕はアカリの復活が、より一層、待ち切れなくなっていた。




