第12話 腐っても生徒会
4月27日水曜日のこと。僕は今日、高校生活において、彼女と勉強の次点で重要な要素に気が付いた。
僕は彼女との色恋に気を取られて、部活動という概念を忘却していた。そして、その入部期限がなんと明日に迫っていたのだ。
中学時代は大方勉強と趣味に明け暮れていたことで、帰宅部に強制入部させられていた。それでと高校ぐらいは人並みの青春を味わってみたいと思った僕は、放課後、部活動体験の数々に参戦することにした。
全く運動をしてこなかった僕に、体育会系は気が引けたので、まずは文化系の茶道部、華道部、社会部、そしてコンピューター部を巡った。どれも魅力的な要素の詰まった部活動だが、どれも専門性が強くて、僕の性に三年間は耐えられないと感じた。
四つの部活を体験していると、一時間は遠の昔に過ぎ去っており、まもなく一時間半が経過しようとしていた。
そして、ふと我に返ったとき、目の前には『生徒会室』の文字が並んでいた。部活動の定義なぞ考える暇は一切与えられずに、僕は無意識のまま、扉を叩いて進入した。
室内には、先輩であろう男性が一人だけ座っており、腕を組んで専ら天井の一点を見つめていた。
「す、すみません。この時間からまだ、体験ってできたりしますかね……?」
「……君、まさか本当に体験に来たのか?」
「え……あ、仰るとおりですけど。」
僕がそう告げた途端、男性は狂ったように叫んだ。気が済むまでガッツポーズをしたのち、太陽のような顔色をして僕の手を掴んできた。
「本当に体験入部しに来たんだな⁉」
「え、えぇ……その通りです。」
「本当か! 本当なんだな!」
「いえですから……。」
この執拗な事実確認はもう五回続いて、次第に物理的な距離まで近付けてきた。
先輩は細身ながらも、百八十センチほどの背丈を有しており、平均身長の僕からするとそれなりの圧を感じていた。
今にも物理的な圧迫面接が始まろうかというタイミングで、扉の開く音がした。僕は救われたと思い振り返ると、そこには先輩であろう女性が直立していた。女性は男性と対照的な背丈をしていて、何と言っても髪の艶が眩しい、非常に身なりの整った方だった。
「……何をしているのですか?」
「ミミ! 体験入部の子が来てくれたんだよ!」
「え……えぇぇぇぇ!」
女性はひとまず上半身を脱力して、手に持っていた教科書を床に叩き付けた。僕と視線を合わせると、赤子を見ているかのように自然と表情を綻ばせた。
「と、とりあえず、お菓子とジュース、粗品を用意しますね!」
「い、いえ気にしないで下さい!」
僕は先輩方が高揚する意味が分からず、状況が一切把握できていなかった。
「お、お二人とも一体何に興奮されているんですか?」
「……今のところ、体験に来た一年、全員手応えがなくてな。兼部して良いって言ったんだけどさ。」
「それはそれはお気の毒に……。でも、そんなに他の部が人気なんですか?」
「それ以前の問題でさ、今年の一年は俺らの世代より、入学者数が少ないんだよ……。」
「あぁ、たしかそうみたいですね。」
元町高校の一年生は、総勢百人。募集人員は三年生の三分の二まで減少している。ソースは入学式での校長の挨拶だ。倍率を維持するためには致し方ないのだろう。
僕が一人、勝手な推察をしていると、男性は僕の様子を心配してこう話し掛けてきた。
「おーい、大丈夫かー?」
「あ、はい……問題ないです。」
僕と男性は長いこと立ち話をして、口数が減ってきたところで、椅子に腰掛けた。
「それで君……名前はなんて言うんだ?」
「僕は北山陽太と言います。」
「陽太か! 親から良い名前を授かったんだな!」
自分の名前はそれなりに満足しており、お世辞でも第三者に評価されると、人並み以上の自己肯定感は、更に感度を増してきた。僕はこの男性が悪人ではないと認識した。
「俺は三年の三須陽斗。知っての通り、元高の生徒会長だ。」
「え、あ、そうだったんですか……。」
「……へ?」
「いや、なんでもないです。」
「あ、あと、さっきいた女は二年の加瀬美海。生徒副会長兼書記を務めていて、元高生徒会は俺達二人で運営しているんだ!」
「ん、ん? 二人……?」
「そりゃあ、役員選挙は候補者が毎年一人だけで無投票だし、会員なんて万年ゼロだからな。」
後輩への女呼びや、生徒会運営のあり方など、突っ込みどころは満載だったが、ふと後ろを振り返ると、いつの間にか加瀬先輩が消えていた。
僕はこの混沌とした状況下で、何から先に尋ねるべきか迷いに迷って、一旦、自分の世界に逃げ込んだ。やがて現状を俯瞰し終えた僕は、生徒会と接触した恩恵を受けようとした。
「あの……質問いいですか?」
「なんでもいいぞ!」
「……体育祭の借り人競走に、生徒会って関与していますか?」
「おぉ、そこは全権委任してもらっているぞ! 先生の最終確認は必要だけどな。」
「……変なお題、出しませんよね?」
僕がそう言うと、三須先輩は急に透き通った声色に変えて、笑顔でこう問うのだった。
「変なお題って、具体的になんだ?」
「色恋沙汰になる系統の……です。」
「もしかして陽太、出場するのか?」
「そうだと言ったら?」
「お題の半分を恋愛モノにするけど?」
僕は今、ヒトの狂気というものに触れていた。僕は相当な変人と、変な縁を構築してしまっていた。ただ、ここは一つ冷静に、僕は三須先輩に本音を告げておくことにした。
「……その暁には、生徒会への入会が絶望的になりますけど?」
「なら、他に入部したい部活でもあるのか?」
「いえ……それはまだ。」
「……それならこうしよう! 陽太は明日から生徒会員だ。そして一応、恋愛モノのお題は提出する。生徒の反感を買いたくないからな……。」
「えぇ……。」
「ただ、そのお題が認可されても、お題の比重はこの会話に干渉していない、美海に一任するってのはどうだ?」
「……つまり、全て運に委ねようと?」
「当人たちの趣味という二つの運に……いや、当日の引き運も合わせた三つの運に全てをかけるんだ!」
「中々の暴論な気もしますけど……。」
「なぁ、頼むよ……。生徒会は本当に君を必要としているんだ。」
「……分かりましたよ。恋愛モノのお題を引き当てたら、そのときは日頃の行いのせいにします。」
「よし……今日は宴だ!」
「いや、あの下校時刻が……。」
僕はある意味不思議で、ある意味必然的な縁によって、生徒会員となった。
十月の生徒会役員選挙に立候補すれば、進学先の履歴書にも書ける程度の地位を獲得でき、おまけに彼女の言っていた僕が人から嫌われる展開だって、完全に封じられる可能性があった。僕はこれを転機でしかないと思っていた。
そのうち、加瀬先輩が大きな袋を担いで戻ってきた。戻って来るや否や、先輩のゼーゼーという呼吸音が部室に響き渡った。だが、あまりにも響くもので、僕はこれを生徒会流のおもてなしなのだと勝手に納得しておいた。
ひとまず、僕が下校時刻まであと数分だと知らせると、加瀬先輩は歓迎会を明日以降にしようと言って、部屋に完備された冷蔵庫に品々を閉じ込めた。入会するか分からない相手に大盤振る舞いだと思った矢先、加瀬先輩は僕にこう投げ掛けた。
「あなた、入会されるのでしょう?」
「えぇ、そのつもりですけど……。」
「それなら私の労働も、無駄では無かったというわけです。」
「……これって毎回、こんな盛大に振る舞っているんですか?」
「違いますよ。あなたの所作から、他の部活に染まっていないと感じ取ったんです。」
「そんなに挙動不審でしたか……?」
「それも違います。長年の勘ってやつです。」
僕がその長年の勘に感服していると、生活指導の教師が扉を開けて下校時刻を過ぎていると告げてきた。僕ら三人は急いで身支度をし、さっさと校舎から立ち去った。
帰り際、夕暮れの八幡坂を下っていると、三須先輩が僕にこう尋ねてきた。
「陽太って好きな人いるのか?」
「彼女ならいますよ。」
この返しは人生で一度はやってみたかった。この一言は、他人に憎たらしさと抱かれるのと引き換えに、最高峰の優越感に浸ることができるのだ。しかし、僕はその優越感に浸る間もなく、三須先輩にこの返答を食らった。
「奇遇だな。俺にも彼女がいるんだよ。」
「……いくら払ったんですか?」
「俺、そんなにモテなさそうか……?」
「いえ……人を選ぶとは思いますけど。」
僕は変人要素が魅力的に映る場合もあるのかと感心していると、加瀬先輩が唐突にこう言い放ってきた。
「その彼女こそが私ですね。」
「えっ……え、あぁ、まぁ、そうか。」
「……それはどういう反応ですか?」
「いや、なんでも……。」
僕はえらく納得した。三須先輩と加瀬先輩は恋人関係にあった。言われてみれば、恋人同士が足りない物を補い合う関係ではなく、同じ物を補強する関係にあってもいいのだ。それに、毎日密室で二人して言葉を交わしていたら、自然と心理的な距離も狭まっていくに決まっていた。
「お二人、とてもお似合いですよ。」
「おう、ありがとうな。」 「ありがとうございます、陽太さん。」
この二人の実態は、恋人というより夫婦に近しかった。僕のお似合い発言だって、さも当然かのように受け流していた。互いがそれだけの自尊心を抱いている現れだった。僕はこの二人の姿に、憧憬の念を抱いた。
いずれは、彼女とこの後ろ姿を目指して善処しようと、そう思うことができたのだった。




