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初恋は四つの君を殺してしまう。【長編小説】  作者: 金森 亮
第三章 恋人関係

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第11話 一大行事の前準備

 4月25日月曜日、僕がいつも通り電停から学校に向かっている最中、眼前に見覚えのある風采の人が見えた。

 僕は小走りをしてその人に近付き、横に並んで顔を覗かせてもらった。


「あ、愛花梨、お、おはよう。」

「おはよう、陽太。それで息を荒くしてどうしたの?」

「目の前を彼女が歩いているのに、放っておくこともないだろ?」

「そう。それは賢明な判断ね。」


 彼女はアカリではなかった。いまでも、彼女は棘のある口調で会話を続けるが、当初は口すらも聞いてもらえなかったので、大分心を許してくれるようになっていた。


 『……それにしても、彼女は一昨日のデートをどう思っているのか。今の態度は、その一件を踏まえてのものなのだろうか。』


「な、なぁ、一昨日のデートのことなんだけどさ……。」

「内容を覚えているかどうか聞きたいわけ?」

「内容というか、実感というか……。」

「一昨日はたしか……Bの人格だったわね。」


 彼女の言うBの人格とは、恐らく「現実主義的」な人格を指していた。


 ただ、彼女は当日、自身がBの人格だった確信を得るために、一度鞄を開いて日記帳を取り出した。僕が横目で内容を見ると、そこには当日の人格と出来事、抱いた諸感情などが細かく明記されていた。

 そのうち、僕が身体を乗り上げて見入ってしまうと、彼女がいきなり日記帳を閉めてこう言った。


「プライバシーを侵害するとか最低ね。」

「ご、ごめん、つい気になっちゃって……。」

「まぁ、Bは奇天烈な行動を取らない性格だし、悪くはなかったんじゃないの?」

「それは……そう。」

「でも、お生憎様。私には当日の出来事と、猛烈な睡魔に襲われたことしか記憶にないから。」

「楽しかったか……?」

「……楽しくなかったと言ったら嘘になるわね。」

「なら、いいんだ。」

「……ありがとう。」


 彼女は視線を逸らしてそう言った。デートの記憶は十二分に残されていた。


 『そうだ。何か大きな出来事があれば、他の人格にも記憶が共有されるんだ……。』


 僕は一昨日、予期せず盛大な賭けをしていたと知り背筋が凍った。



 一度クラスに行ってしまえば、彼女は僕がいなくとも孤立することはなく、今日も水島と垰野が彼女と言の葉を交わしていた。

 彼女も二人に多少は笑顔で接するようになり、大分クラスにも馴染んできた。僕は彼女に従来の人生観が回帰した気がして、それが本当に嬉しかった。



 ここ、元町高校では、5月の下旬に一大行事の体育祭が開催される。僕らのクラスでも、本格的に出場種目の話し合いが始まった。まずは担任が黒板に種目を書き連ねていく。


 競走や玉入れ、綱引きなどの安牌な種目が催されるようで、僕はこの中の三種目をテキトーに選択しようとした。


……だがその中に一枠分だけ、嫌な予感しかしない種目が記された。


 他でもない「借り人競走」だ。箱のお題に沿って人を連れ出すというシンプルな種目だが、誰もこの種目に手を挙げる素振りは見せない。


 理由もまた単純明快で、奇想天外なお題を引く危険性を孕んでいるからだ。その代表例が「好きな人」だろう。


 学校の掲示板に去年の体育祭の写真が貼られており、そこには借り人でそのお題が出されて翻弄される、先輩の背中が写っていた。噂によると、相手方にはきっぱりと断れたそうだ。


 この公開告白は青春の醍醐味でもあるが、今の学生はどうも尖ったことを嫌うようで、異常なまでに保守的な性格をしている。


 加えて生徒会の実態を知らない僕ら一年生は、彼らがどこまで攻めるのか不明瞭だ。


……ここで、僕の言った嫌な予感が現実味を帯びるのだ。クラスメイトの大半は、僕らが恋人関係であると確信している。


 そうなれば必然的に、僕が彼女を借りれば万事解決だという発想に至る。とどのつまり、僕は消去法で絶対的に召集させられることになるだろう。


 戸山は僕に棒読みで白々しくこう言ってくる。もちろん、彼女には聞こえないよう小声で。


「借り人競走、このクラスは誰がやることになるのかなぁ。」

「……なんだ。それは僕への当てつけか?」

「まさかそんなわけ。ただ、このクラスに妻帯者は一人しかいないからな。」

「まだ結婚してねぇよ。」


「……やっぱりお前と倉持さん、付き合ってはいるんじゃないのか?」

「いやまぁ、最近色々あってだな……、なんか縁が復活したっぽい。」

「それなら尚更、適任じゃないか?」

「恋人同士がやっても面白くないだろ……。」

「何はともあれ、倉持さん本人に直接聞いてみるんだな。俺は期待しているぞ。」

「いらぬ期待をするなよ……。」


 僕は後ろを振り向いて彼女と視線を合わせる。彼女も借り人の存在を認知していたようで、僕に先立ってこう話し掛けてきた。


「……私達がやるしかないわよ。」

「え……?」

「他の子にやらせて、もし変なお題でも引いたら、学級崩壊待ったなしでしょ?」

「でも……、他のクラスに知れ渡らないか?」

「なにが?」

「その……僕らの関係が。」


 僕が小声でそう呟くと、彼女は赤羅様に目を細めて、まるで僕を蔑むかのようにこう言った。


「あぁ、呆れた。そんなことで一々怯む人間と付き合っていたなんて。」

「……そうじゃなくて、愛花梨がどう思っているかが知りたいんだよ。」

「別にいいじゃない。私達の交際なんて、今更否定した方が怪しまれるだけよ。きっと、もう風の噂で他のクラスにも周知されてるわ。」

「いいんだな……?」

「いいのよ。」


 彼女が快諾したので、僕は先に普通種目の欄に自分の名前を記入し、そして最後まで残されていた一枠にも、名前を書き入れた。

 この英断にクラスメイトは歓声を上げ、僕が水島と垰野に視線を向けると、水島は頷いて、垰野はグーサインを提示してきた。


 僕がもう一度後ろを振り向いても、彼女はこれといった反応をしなかった。当日まで別段、気にすることもないということだろう。


 僕もそれに追随して、借り人を楽観的に見ておくことにした。必ずしも奇妙なお題に遭遇することはないので、変に不安を煽ることもないと思ったのだ。



 いつも通り昼休みの時間になって、僕が弁当箱を開けていると、彼女がトイレに立ち入った隙を見て、水島と垰野が僕に話し掛けてきた。


「一昨日、愛花梨とデートしたんでしょ?」

「なんか進展あった⁉」

「まず、なんで僕らがデートしたことを知っているんだよ。」

「内気だった愛花梨が、急に一昨日、大沼公園に行ったのよ? 私には、愛花梨が一人で行く気になるとは思えないの。」

「いやなんでその大沼公園のくだりも知っているんだ……?」

「この写真よ。」


 水島は僕に一枚の写真を見せた。そこには銀皿にチキンの乗ったカレーが写っており、一昨日、彼女が食べていたカレーと同じ商品だった。


「これ、愛花梨が私に送ってきたの。あと、大沼公園に行ってきたって文と一緒に。」

「……たしかに、一昨日愛花梨を誘って大沼公園に行ってきた。」

「それで手応えはどうだった!?」

「なんとか交際関係を認めてもらったよ。二人には感謝しかないな。ありがとう。」

「おめでたいけど、それって他の四人とも交際したことになるのかしら?」

「お、おい水島! それは……。」

「ん? 愛花梨の多重人格のことなら、もう美夏には話しているわよ?」

「え、あ、そうか。」


 僕は彼女の価値を維持するために、彼女の評判を損なう事実は隠し持っていた。 

 だが、ここまで彼女の私生活に関わっていく相手なら、僕は秘密を暴露しても差し支えなかっただろう。


 現に彼女の秘密を知っている垰野は、それでも自分の立場を揺るがすことはしない。垰野の聖人さをもっと信用すべきだったと、僕はそう恥じた。


「僕くん、私にずっと黙っていたんだね。」

「いやまぁ、本当に申し訳ない気持ちは山々なんだけどさ。そろそろ本名で呼んでくれたりしないかな……?」

「大丈夫! 絶対に呼んであげないから!」

「えぇ……。」


 垰野は僕に意地悪を仕掛けてきた。からかいという奴だろう。しかしその発言の後、垰野は僕に対する眼差しを和らげて、こう問うのだった。


「でも……それって、愛花梨ちゃんのプライバシーを守るためだったんだよね?」

「ま、まぁそうだけど。」

「んーじゃあ私に黙った罰として、しっかり体育祭でかましてね!」

「許してはもらえないのか。」


 そんな話をしているうちに、彼女がトイレから戻ってきた。僕ら三人の図を見て、彼女は困惑した様子でこう尋ねてきた。


「面白い組み合わせだけど……なに? 密談でもしていたの?」

「い、色々諸々あったのよ……。」

「そう! 諸々諸々あったの!」

「垰野さん、誤解させるようなこと言わないで!」

「ふーん。仲良しなのね。まぁいいわ。」


 彼女は若干機嫌を悪くして、女子一行の元へと向かっていった。別に僕は鼻を伸ばしていなかったはずだが、位置関係的に彼女を嫉妬させてしまったようだ。

 そんな彼女の後ろ姿を見た僕ら三人は、互いを見つめて合って苦笑するのだった。


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