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初恋は四つの君を殺してしまう。【長編小説】  作者: 金森 亮
第三章 恋人関係

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第10話 恋人、復活

 4月23日土曜日、やっとの思いでデート当日を迎えた。ただし、デートとは言っても、午前中に函館近郊の大沼公園でハイキングをするという簡素なものだった。初回は突飛なことをしない方がいいと思っていたので、この規模のほうがありがたかった。


 この間、僕らは連絡先を交換して、いくらかやり取りもした。ただし、彼女に僕を鬱陶しく思われたら関係悪化に繋がりかねないので、基本的には教室で一言二言、言葉を交わすに留めておいた。


 僕は日付が変わったタイミングで、彼女に今日の人格を尋ねた。1分もしない内に返信が来て、彼女は自身を「月曜の自分」だと言った。


 この一度のデートで全ての人格に記憶が宿ることもあり得るので、そう考えると、この一度に相当な重圧が伸し掛かった。


 『彼女との距離を一センチでも近付けること、そして、彼女を否定しないこと。』


 これさえ守ればあとは成り行きが作用してくれると思い、今晩、僕は必ず彼女の心を掴んでみせると固く誓ったのだった。



 僕らは朝8時に函館駅に集合することにした。大分気温も上がり、おまけに今日の天候は雲一つない快晴だった。駅前の道路に植えられた桜の木は、遂に満開のときを迎え、ここへ来てやっと完璧な春を体感することになった。


 数分が経ち、電停に『函館どつく』からの市電がやって来た。僕が降り立つ人を凝視していると、既知の顔が見えてきた。


「……おはよう。」

「お、おはよう。」

「もしかして、陽太……動揺してる?」

「……していないこともない。」


 彼女は僕と再会したあの日とは異なる、雑念の取れたような笑みを浮かべた。小学生の頃の面影が薄っすらと浮かび上がっており、必然的にアカリの存在を想わせた。

 だが、白い薄手のブラウスにグレーのスカートを着衣した彼女は、元からの容姿端麗さが拍車をかけ、既に成人を迎えていてもおかしくない風貌をしていた。次第に、僕は高校生の彼女とデートするという実感に包まれていった。


 僕らは大沼公園に向かう普通列車に乗り込み、ボックスシートに向かい合って座った。


「……市電以外の鉄道、久しぶりかもしれない。」

「そうか。いい契機になったんじゃないか?」

「……そうだね。ありがとう。」

「何に感謝してるんだ。まだ何もしてないだろ……。」

「誘ってくれたことに……だよ。」

「いいんだ。むしろ、僕に付き合ってくれてありがとうな。」

「うん。」


 僕らの和やかな雰囲気とは裏腹に、列車には物寂しい空気が漂っていた。そんな列車の車窓からは、ある程度の市街地と、以降は無数の畑地が広がっていった。酪農で名の知れる渡島半島は、馬鈴薯ばれいしょと同等の牧草も育てている。

 ただ、その辺に牧草ロールが転がっていたとて、道民は道端の石ころと同じくらい気に留めない。僕も例に洩れず、普遍的な景色を無意識に見つめていた。


 対する彼女は、完全に車窓に見入っていた。幼子のように窓にかじりついて、移りゆく景色に心を奪われていた。

 僕が彼女の仕草を素直に可愛いと思えたことは、小学生以来の出来事だった。その可愛いに拍車をかけるように、彼女は僕に胸の高鳴りを教えてくれた。


「本当にこの辺りって、のどかでいい景色だよね。すごい平和って感じがするし。」

「そうだな。」

「私ね、この自然豊かな景色が大好きなの。」

「失われてほしくないよな。」

「私達が死んでもね。」

「それだと、僕らは当分死ねないな。」

「……私も死にたくはないかな。」

「へ?」

「なんでもない。」


 列車は9時前に、大沼公園駅に到着した。彼女の言っていた団子屋はまだ準備中だったので、ひとまずは景勝地に向かうことにした。僕が彼女に少し歩くことになると忠告すると、「私を舐めないで」と言い返された。


 『……よく考えてみれば、毎日急斜の坂を上り下りしているのだから、彼女のタフさが健在なことは考えるまでもなかった。』



 10分ほど歩いて景勝地に着くと、そこには大沼と駒ヶ岳の絶景が広がっていた。澄み切った空気と文句のない空模様も相まって、駒ヶ岳の神格さを増加させていた。


「……写真よりも色が落ち着いていて、本当に綺麗だね。」

「まぁ、僕はなに見ても全部一緒かな。」

「それはなんで……?」

「好きな人と見るものって、大抵綺麗に見えるもんだから。」


 僕の発言の後、彼女は一時的に口を閉ざした。そして、何かを思案しているかのように上の空になって、それが終わるとこう口を開くのだった。


「……もう、付き合ってもいいよ。」

「だから、僕は別れたつもりないんだけど。」

「私があんなに拒絶したのに?」

「あんなに拒絶するから勘繰ったんだろ。」

「それは……ごめん。」

「抱擁して、現在進行系でデートまでして、やっと交際になるって結構なバグだよな。」

「今からでも修正が必要だね。」

「あぁ、そうだな。」


 彼女の表情は入学式当日よりも、幾分か柔和になっていて、一時の絶望からは脱していた。そんな彼女からのお墨付きを獲得したことで、僕らは今日、晴れて二度目の恋人となった。



 その後の彼女は、眼前の自然に心を委ね、黙ってひたすら駒ヶ岳を見続けていた。五分も経つと踏ん切りがついたようで、彼女は僕にこう告げるのだった。


「……そろそろ、お団子屋さんに行こう?」

「もう、駒ヶ岳は見飽きたのか?」

「陽太は見飽きたんでしょ?」

「そんなことはない……。」

「さっきから視線がどこかに行ってるけど?」

「偉大すぎて直視できないからな。」

「……なにそれ。」


 結局、僕らは15分程度滞在して、また売店のある駅の方に戻ることとなった。彼女は豊かな自然を堪能して、満ち足りた表情をしていた。二年近くの間、閉鎖的に暮らしていれば、感動も一入だった。



 僕らは駅前の団子屋に着いて、いざ本命二つ目の団子を注目した。

 ここの団子は大沼団子と言い、箱の中にタレで浸った団子が見える形で、僕は今にも串を刺したくなった。


「このために来たって言っても別に過言じゃないよな?」

「そうだね。いつぶりかな、大沼団子。」


 早速団子を食べ始めようというタイミングで、僕は彼女との距離をぐっと縮める作戦に出る。


「はい、一口。」

「へ、へ……?」


 僕は彼女の口元に団子を差し出した。これは俗に「あーん」と呼ばれる所作だった。

 少し気が早い気もするが、いずれは乗り越えるべき壁だ。一応楊枝は別にもらった上、そもそも彼女が僕との恋人関係を認めた以上は、この行動に反論する余地はなかった。


「早くしないと、手皿の隙間からタレが落ちゃうから……。」


 彼女に客観視させる時間を失わせれば、必然的に食べてもらえるだろうと思った僕は、彼女に催促した。動揺する彼女が選んだ道は、素直にそれを頬張ることだった。


「美味しいよ。変わらない味。」

「まぁ、変わってもらっちゃ困るもんな。」


 製造数時間以内の団子は流石に旨い。絶景に旨い団子と美麗な彼女、いまの僕は両手に花束といった具合で、圧倒的な充足感に包まれている。「僕は幸せ者だ」と身体が呼応していた。



 『……僕と付き合っている彼女は、果たして幸せ者なのか。』


 ふと僕は、自分の性格に似合わない一種の卑下をした。冗談を抜きに、小学生以来の出来事だったかもしれない。


 『勝手に彼女を救い出そうと躍起になっている彼氏の背中を、彼女はどう認識しているのだろうか。この交際関係だって、彼女が渋々認めたものかもしれない。』


 そうやって卑下が加速していくうちに、アカリから享受したはずの自己肯定が、その場を去っていき、僕は悍ましくなった。


 ……すると、僕の視線の先に茶味がかった物体が見えた。


「……さっきのお返しだよ。」

「え、あ……。」


 彼女はさっきの僕と同様の行動をとった。しかし、僕と彼女の目線はどうも一致しなかった。彼女は僕を正気に戻すために、自身に鞭を打って無理をしていた。僕は慌ててその団子を口にした。明らかに自分で食べたときの数倍は旨味が増していた。


「陽太、ずっと心ここにあらずだったよ?」

「し、思慮に耽っていたんだよ。」

「……そんな難しい言い方をしなくてもいいのに。私、なにか変なことしちゃったかな。」

「そんなことはない。絶対にない。別に気にしなくていいんだ。」

「そうなの?」

「そうだよ。それはそうと……団子、ありがとうな。」

「うん、どういたしまして。」


 そう言い終えると、彼女は何か重大な任務を完遂したかのように一息ついた。


 僕は彼女に要らぬ気を遣わせてしまった。彼氏として彼女の話に聞く耳を持たないなど全く言語道断であり、僕は今日二度目の自分を卑下した。まさにこれこそが、一喜一憂というものだった。

 そんな卑下が口を走らせて、彼女に変な質問をしてしまった。


「なぁ、愛花梨……。」

「どうしたの?」

「いま、つまらなくはないか……?」

「……また急な質問だね。」

「愛花梨と違って、初めて異性を外に連れ出したんだから……。」


 実際に彼女は小学生の僕を誘い、祭りに連れ出して介抱までしてくれた。僕は彼女と同じ行動をとれているか、その恩返しを果たせているかどうか、不安で仕方がなかったのだ。


「……全然つまらなくなんてない。すごく楽しい時間を過ごせているよ。」

「それなら僕にとって、この上ない至福だよ。」

「……いちいち、主語が大きい気がするけど。」

「まぁ……それだけ愛花梨に掛ける想いが強いんだ。僕は愛花梨に幸せになってほしいから。」

「幸せ……そっか。そうだよね。」


 彼女は少し笑顔を薄めてしまった。哀愁が彼女を包み込んでいたものの、僕はこの《《哀愁》》の意味を知らなかった。


『僕の愛になんで悲しむんだよ……。』


「何か気に障ったか? それなら謝るけど……。」

「いや、どうしてそう思うの?」

「顔の血色が悪くなっているから。」

「……朝からいっぱいお団子食べたし、少しだけ胃が悲鳴を上げているの。」

「残り、食べようか?」

「これぐらいは食べ切っちゃいたいな。」

「……分かった。」


 僕は彼女の理屈に納得したことで、気兼ねなく彼女の完食を待つことができた。彼女が完食する頃には来店から一時間程が経って、店内は客人で満杯になり、流石は有名店といった様相を呈するようになっていた。



 その後、僕らは13時頃に函館駅に着いて、今日に関してはお開きになった。昼過ぎに全行程を終わらせてしまうのは、いささかもったいない気もした。だが、初回のデートはあまり調子に乗らないことが吉と見て、甘んじてそれを受け入れた。



 僕からしてみれば、このデートは大成功の他に適当な言葉が見つからず、最高の逢瀬の機会だった。彼女もある程度は満足できたという確信があり、僕は彼女以上の充足感に満ち溢れていた。


 彼女がアカリを表に出してもいいような環境は、着々と整備されつつあった。また、アカリが出現する日も、そう遠くはないだろうと認識していた。この行動が僕の首を絞めるなんて発想は、逆立ちしても降ってこなかっただろう……。


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