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勇者パーティーの荷物持ち、実は地図を書き換える神童でした  作者: 花守りつ


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3/4

荷物持ちがいないと、水袋ひとつ管理できない

旧排気路は、膝をついて進むには狭すぎた。


 石の天井が背中をこすり、湿った土の匂いが鼻の奥へ入り込む。松明の火は低く、救助隊の男たちは息を殺していた。


「本当にこっちで合ってるんだな」


 先頭の男が小声で言う。


 ノアは地図に浮かぶ青線を指でなぞった。


「はい。水音が左へ寄っています。第七坑道の本流はもう胸まで水が来ているはずです。こちらなら、腹ばいで抜けられます」


「戦えない子どもの勘に命を預けるとはな」


「勘じゃありません」


 ノアは背負い袋を少し直した。


「石の湿り方と、空気の流れと、昨日置いた目印です」


 言い返した声は小さい。


 けれど、前より震えていなかった。


 勇者カイルの剣より、自分の水袋の数のほうが、今は人を救える。そう思うと、少しだけ息がしやすくなった。


 排気路を抜けた先で、最初に見つけたのは治癒師の少女だった。


 彼女は壁にもたれ、片足を抱えている。そばには空の水袋が二つ転がっていた。


「ノア……?」


 少女はかすれた声で名前を呼んだ。


 ノアはすぐに膝をつく。


「リーネさん。足首を見せてください」


「カイルが、近道だって。地図はいらないって……それで、水場を探しに」


「話は後で。水を一口だけ」


 ノアは自分の水袋を渡しかけて、止めた。


 全部飲ませてはいけない。


 迷宮で本当に怖いのは、魔物より先に、水を配る順番を間違えることだ。


「一口。ゆっくりです」


 リーネは頷き、唇を湿らせるだけにした。


 救助隊の男が感心したように呟く。


「もっと飲ませてやればいいだろ」


「この先に二人倒れています。水袋は六つ。戻り道は狭いので、担架を持つ人は多く飲めません。今ここで全部使うと、帰り道で誰かが動けなくなります」


「……荷物持ちって、そんなことまで考えるのか」


「考えないと、誰かが帰れません」


 ノアは地図を広げた。


 赤線が二本、暗い坑道の先へ伸びている。片方は勇者パーティーの荷物置き場へ。もう片方は、カイルが単独で進んだ深層へ。


 先に助けるべきは、動けない者。


 勇者の面子より、怪我人の足首。


 英雄の勘より、水袋の残量。


「リーネさんを担架へ。松明は一本消してください。空気が薄いです。次の角で湿布にできる苔があります」


「苔?」


「薬草の代わりです。前に僕が教えたのに、カイルは気持ち悪いと言って捨てました」


 リーネが、痛みに耐えながら笑った。


「ノアの荷物袋、いつも変なものが入ってたものね」


「変なものじゃありません。帰るためのものです」


 ◇


 二人目は、荷運びの見習いだった。


 少年は崩れた岩の陰で震えていた。水袋は破れ、背負い紐は切れ、松明は濡れている。


「ごめんなさい、ごめんなさい」


 少年はノアを見るなり泣き出した。


「僕、昨日カイル様と一緒に笑った。荷物持ちは楽でいいなって。何も考えずに持つだけだって」


「謝罪は、地上で聞きます」


 ノアは短く答えた。


「今は、右手を動かせますか」


「う、動く」


「なら、この紐を握ってください。担架を固定します。握っている間は、あなたも救助隊です」


 少年の目が丸くなる。


「僕が?」


「はい。帰る人を増やすのも、救助です」


 ノアは背負い袋から乾いた布を出し、破れた水袋の口を縛った。完全には直らない。けれど、湿布用の水を少し運ぶことならできる。


 戦えない。


 けれど、壊れた道具を捨てるか、別の役目に変えるかは、ノアが決められる。


 救助隊の受付長が、後ろで低く言った。


「お前、本当に勇者パーティーで荷物持ちだったのか」


「はい」


「荷物持ちにしては、指示が細かい」


「荷物持ちだからです」


 ノアは地図を畳み直した。


「誰が何を持つか間違えると、強い人から先に倒れます」


 その時、奥の坑道から怒鳴り声が響いた。


「おい! 誰かいるのか! 俺を先に助けろ!」


 勇者カイルの声だった。


 救助隊の男たちが顔を見合わせる。


 ノアの地図には、カイルの赤線がさらに深く、魔物の巡回路へ近づいていた。


「勇者様だ。先に行くか?」


 受付長が問う。


 ノアは首を横に振った。


「先にリーネさんと見習いを外へ出します」


「勇者を後回しにするのか」


「勇者様は歩けます。二人は歩けません」


 ノアは、はっきりと言った。


「救助は、偉い順ではなく、帰れなくなる順です」


 坑道が静まり返った。


 リーネが、担架の上で小さく泣いた。


「ノア……ごめんね」


「帰ってからです」


 ノアは地図へ新しい線を書き込む。


 青い帰還路が、担架二つ分の幅へ少し広がった。迷宮が、ノアの判断を認めるように。


 ◇


 地上へ出た時、空は夕焼けで赤かった。


 待っていた町の人々が、担架を見て駆け寄る。リーネの母親が泣きながら娘を抱き、見習いの兄が何度も頭を下げた。


 小さな報酬だった。


 勇者はまだ深層にいる。カイルは怒っているだろう。地図係を置き去りにしたことを謝るかどうかも分からない。


 それでも今日は、二人を帰せた。


 ノアは地図の端に、震える字で書いた。


『救助順序。一、水。二、歩けない人。三、怒鳴る勇者』


 受付長がそれを覗き込み、吹き出した。


「三番目は規則にするな」


「でも、次も間違えないために」


「……いや、いい。迷宮組合の仮規則にしておく。勇者だろうが貴族だろうが、救助は帰れなくなる順だ」


 ノアは目を瞬いた。


 自分の書いた線が、誰かの規則になる。


 荷物持ちだった時には、一度もなかったことだ。


 その時、迷宮の入口で警鐘が鳴った。


 深層から、黒い霧が吹き上がる。


 カイルが選んだ近道は、封鎖された古い竜道につながっていた。


 ノアの地図の中央に、見たことのない金色の線が浮かぶ。


 それは帰り道ではない。


 新しい探索隊のための、まだ誰も歩いていない道だった。

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