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勇者パーティーの荷物持ち、実は地図を書き換える神童でした  作者: 花守りつ


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地図師ノア、新しい道を描く

黒い霧が、迷宮の入口まで染み出していた。


「勇者様を先に助けろ!」


「カイル様は深層だ。急がないと――」


「待ってください」


 ノアは濡れた地図を両手で押さえた。赤い線が三本、迷宮の中で震えている。ひとつは霧に巻かれかけた救助隊員。ひとつは崩落の向こうに閉じ込められた荷運び二人。そして一番奥で、太い赤線が何度も曲がっていた。


 カイルだ。


 受付長がノアを見た。


「順番を言え」


「救助は、偉い順ではなく、帰れなくなる順です」


 広場がざわめく。


 ノアは指で最初の赤線をなぞった。


「霧に巻かれる手前の救助隊員を戻します。次に崩落で担架道を失った荷運びさんたち。カイルさんは歩けます。最後です」


「勇者を最後にする気か!」


「歩ける人は、待てます。歩けない人は、待てません」


 受付長は一度だけ目を閉じ、ノアの肩に救助隊の腕章を掛けた。


「今日だけじゃない。今この場では、お前の地図を救助隊の指示にする」


 ノアの胸が熱くなる。けれど泣いている暇はない。


 彼は地図の端に水袋の印を三つ、担架の曲がれる角度を二つ、霧が溜まらない高さを青で書き加えた。金色に光っていた線は、英雄の近道ではなかった。昔、荷馬車が通るために掘られた整備道だ。ただし、今のままでは狭すぎて担架が曲がれない。


「ここを削れば、担架が通ります。ここは水が落ちているので足を滑らせます。松明は右壁、左手は担架。水袋は二口ずつです」


「二口だけか」


「全員帰るための二口です」


 救助隊員たちが頷いた。


 最初の一人が霧の手前から戻った。次に、崩落の影から荷運び二人が担架で運び出される。見習いの少年が泣きながら水袋を受け取った。


「ノア兄ちゃん、帰れた」


「まだです。最後の赤線を消すまで、帰還完了じゃありません」


 深層の入口で、カイルが剣を杖代わりにして怒鳴っていた。


「遅いぞ! 俺は勇者だぞ!」


「だから歩けます。列の最後です」


「ふざけるな、荷物持ちのくせに!」


 ノアは水袋を一つ渡した。


「一口だけです。あなたが破った帰路のせいで、水袋が足りません」


 カイルの顔が真っ赤になる。けれど背後で魔物の声がした瞬間、彼は黙って水を飲んだ。


 帰り道は狭かった。ノアは地図に青い線を引き直し続ける。壁が低い場所には屈む印。担架が曲がる場所には丸印。霧が上がる場所には戻る矢印。


「僕は迷宮を支配できません」


 ノアは震える指で最後の角を描いた。


「でも、帰れる道なら描けます」


 青い線が太くなった。


 夕方、最後の一人が地上に出た。


「全員帰還!」


 受付長の声に、町の人々が一斉に息を吐いた。歓声より先に、膝をつく音がした。助かった者、助けた者、待っていた者が、同じ土の上で水を分け合った。


 カイルは泥だらけのまま立ち尽くしている。


「俺は……」


「謝罪は、帰ってからでいいです」


 ノアは地図を畳んだ。


「次に誰かを置いていかないでください」


 受付長が硬い声で告げる。


「勇者カイル。再訓練が終わるまで単独探索は禁止。破った地図、水袋、担架の修理費は弁償だ。勇者でも、帰路を破った者は迷宮に入れない」


 カイルは反論しようとして、救助された荷運びの包帯を見た。何も言えなかった。


 その日の終わり、迷宮組合の入口に新しい札が掛けられた。


 迷宮救助規則・第一条。

 救助は、偉い順ではなく、帰れなくなる順。

 出発前に、水袋、担架道、帰還線を地図師が確認すること。


 受付長が、その下に太い字で書き足した。


 ――勇者も例外ではない。


「ノア」


 受付長は、小さな木札を差し出した。


 迷宮組合公認・三級地図師。


「荷物持ちノアではない。今日から、地図師ノアだ」


 ノアは木札を受け取った。重くはない。けれど、置き去りにされた時に背負っていたどの荷物より、胸の奥にずっしりと響いた。


 リーネが水袋を並べる。荷運び見習いが担架紐を結ぶ。若い救助隊員が、物置だった小部屋の扉に札を打ちつけた。


 ――新探索隊準備室。


「戦える人だけの隊じゃなくて、帰れる隊にしよう」


 ノアは真っ白な地図を広げた。


 追い出された道ではない。


 誰かを置いていかないための、新しい道を。


 その最初の青い線を、ゆっくりと描いた。

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