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第二十五話『二度目の奇跡』


□□□□




神はヴェロニカに、二度の奇跡を与えた。

一度目は、やりなおしの奇跡。

彼女は時を遡り、最悪な結末を変えること機会を与えられ、見事それを成し遂げた。

二度目の奇跡は、そんな彼女の労に報いるかのような、真実の奇跡だった。


「またヴェラと呼ばれたい」


何千人もの犠牲を出し、何万人もの命を救った彼女の願いに、神は再び応えた。


神は彼女の愛した三人に、記憶を授けた。


それはやりなおす前の世界の記憶だった。

一度は神によって断ち切られた世界の記憶。

ヴェロニカにとって最悪だった世界の結末。

三人はそれを思い出した。

そしてすべてを知った。

神は失われた世界の記憶と合わせて、やりなおしたヴェロニカの記憶を三人に与えた。

すべてを知らなければ、三人が再びヴェロニカを愛称で呼ぶことはない。断ち切れた絆を再び結ぶために神が与えたこの奇跡は、しかし三人を地獄に突き落とした。


ヴェロニカの首が落ちる。

その瞬間、彼らは思い出し、すべてを知る。

彼らは理解する。

ヴェロニカの行動の意味を。彼女の決意の固さを。

なぜ彼女が残虐非道に革命を推し進めたのか。そうしなければならなかったのか。

彼女のただひとつの願い。

それは革命の成就ではなかった。

三人が迎えるはずだった最悪の結末を変えること。そのためだけに彼女は、やりなおしたこの五年を、独りで戦い抜いたのだった。




□□□




「いやああああ!!!!!」


壇上に這い上がったエルフリーナは、泣き叫びながらヴェロニカの首を抱きしめた。

エルフリーナは知った。

やりなおす前の世界で、自分も戦場に立っていたことを。

凄惨な殺戮を何度も目にし心が壊れかけた彼女は、ヴェロニカを羨み、私も修道院に入りたい、と口にした。残酷な現実なんてなにも見えない場所で、穏やかに過ごしたいと願った。

エルフリーナは知った。

ヴェロニカはそんな自分の願いを叶えるために、冤罪を負わせ、大公と離縁させ、地位も責任もなにもかも奪い取って、修道院に封じ込めたことを。

そのおかげで、やりなおしたこの世界で、エルフリーナは一度も戦場に立たずにすんだ。最後には、激しい戦闘のあった都市に足を踏み入れることになったが、それもすべてが終わったあとだ。彼女は誰に傷つけられることも、誰を傷つけることもなく、潔白の身のままで、革命の聖女として尊敬を集めている。

すべてヴェロニカに守られていたからだった。

ヴェロニカはエルフリーナの代わりに、すべての穢れを負った。しかしエルフリーナはそれに気づくこともなく、ヴェロニカの行動を非難し、最後には手を離した。

ヴェロニカはエルフリーナを信じていたのに。

エルフリーナの助けを待っていたのに。


「ヴェラ……ごめんない……ごめんなさい……!」


もはやなにもかも手遅れだった。

謝罪の声は虚しく響く。エルフリーナはもうヴェロニカを助けることはできない。

とめどなく流れる涙は、ヴェロニカの血とまざることもなく消えていく。


「そんな……ヴェラ……君は……たった一人で……!」


エアハードは膝を折り、ヴェロニカの手をとった。

その手はまだ温かく、柔らかかった。けれどエアハードの手を握り返しはしなかった。

エアハードは自分の正しさを信じていた。誰もが規律を重んじれば、この世界は必ず良い方向に向かうと信じていた。けれどやりなおす前の世界で、理想を追い求めた結果にあったのは、革命の失敗と絞首刑という悲惨な末路だった。

ヴェロニカはそれを知っていたから、『天使の涙』を用いた非道な革命を進めたのだ。

貴族の意識改革など不可能だと、対話による解決などできるはずがないと、ヴェロニカが頑なに決めつけてかかった理由を、エアハードはようやく知った。

正義など、人の欲望の前では紙切れ一枚よりも軽い。

なにも失わずに果たせる革命ではなかった。良心も道理もかなぐり捨てなければ、草の根の民衆がこの国の奥深くまで根付いた貴族社会を打倒することはできなかった。

エアハードは思い知った。

自分がいかに幼稚であったか。

自分がいかに世間知らずであったか。

エアハードは義勇軍の頭でありながら、革命の指揮をとってはいなかった。ヴェロニカが切り開いた安全な道を、悠々と正義を謳いながら進んでいただけだった。

正義の王様気取りのエアハードは、ヴェロニカを許せなかった。

妹を貶め、革命を苛烈なものに変え、最後まで罪を認めようとしなかった彼女を、悪魔だと決めつけてしまった。


「言ってくれたら……僕だって……」


エアハードは言葉を続けられなかった。

ヴェロニカは包み隠さず話していた。裁判で、軟禁された部屋の中で、幾度となく真実を語っていた。やりなおす前の世界のことだけは伏せていたが、それ以外は、すべて本当のことだった。

ヴェロニカが言わなかったのではない。エアハードが信じなかったのだ。

どうか信じてほしい、という彼女の懇願に、エアハードは答えなかった。

エアハードは間違ってしまった。

正しさを追い求めていたはずが、たどり着いた結末は、とても正しいと思えるものではなかった。

けれど一度出した答えを変えることはできない。

エアハードにできることはもはや、冷たくなっていくヴェロニカの温度を、ただ感じていることだけだった。


「ヴェラ……」


バルドリックは茫然として、剣を落とした。

周囲の喧騒も、吹き付ける大風も、倒れたヴェロニカの姿さえも、彼はひどく遠くに感じていた。

ほんの一呼吸前まで、ヴェロニカの首を落とすことは、彼にとって果たすべき責任だった。

ヴェロニカが革命のために戦っていたのか否か、もはやそれは小さな問題だった。

誰もがヴェロニカの死を望んでいる。ヴェロニカという『悪魔』の死によって、革命戦争にようやく終止符を打つことができる。

そこにバルドリックの意志はなかった。

というより、彼は放棄していた。

妹同然のヴェロニカの処刑の是非を、彼は民衆に委ねてしまった。

――――みんなの声に耳を傾けて。

そしてその選択さえも、ヴェロニカの助言に従ったものだった。

彼はヴェロニカに言われた通り、周囲の声に耳を傾け、ヴェロニカを処刑する選択をした。

バルドリックは選ぶことさえしなかった。

ヴェロニカを見限ることもできなかったが、信じ抜くこともできなかった。自身ではなにも選択しないことで、良心の呵責から逃れようとした。

革命の英雄として謳われる男は、誰よりも卑怯で、誰よりも臆病だった。

軍隊に入ったのは、屋敷に三人がいなくなるからだった。軍隊ではひたすら上官の命令に従っていた。三人がいなければ、革命運動を始めることもなく、あのまま軍隊で腐っていただろう。

そして第二、第三の、いや何百人ものユダリアを生み出していたことだろう。

ヴェロニカがいなければ、バルドリックは身を滅ぼしていた。

バルドリックは思い知った。自分がヴェロニカに守られていたことを。最前線で戦っていた自分よりよほど、ヴェロニカの方が消耗し、傷ついていたことを。

ユダリアに惹かれていたことが、ヴェロニカに妹のように思っていると告げることが、どれだけ残酷なことだったのか。

なにもかも手遅れだった。

足元に転がるヴェロニカの骸は、彼がなにも選ばなかった末の結果は、覆ることはない。

いまさら選ぼうと思っても、彼の前にはもはや、どのような選択肢も存在していなかった。




壇上で呆然と佇む三人の態度に、観衆は混乱する。

だが後方の人びとには、壇上が見えなかったのだろう、悪魔の首がついに落とされたと歓喜の声をあげている。

喝采、怒号、悲鳴、沈黙。

冬の終わりを告げる大風に乗って、その声は国中に響き渡った。


「神よ……」


エルフリーナは震える声でつぶやいた。


「神様、お願いします、どうか、どうかもう一度奇跡を……」


エルフリーナは願った。

もう一度やりなおす機会を。

三度目の奇跡の到来を。


「どうか……」


エアハードとバルドリックもまた、一心に願った。

どうかも一度やり直させてくれ、と。

ヴェロニカだけが死ぬなんて間違っている、と。

けれどどれだけ祈っても、その願いが叶えられることはなかった。


彼らの願いは民衆の声にかき消され、誰の耳にも入ることはなかった。




どれだけ三人が願おうとも、二度と、奇跡は起こらなかった。






最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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