第13話 想い
「アイツ、ちゃっかりしてんな…」
感心なんだか皮肉なんだか分からないジャンの言葉は、気が置けない友に対するそれと同じ。
「強かな方ね。」
「でも、悪い話じゃねぇのは確かだな。アイツの優しさは長い付き合いの俺が保証するぜ。それにほら、あんたが落ち込んだ時に、アイツが毎日通って話し相手になってくれたんだろ?」
だが、奏は静かに首を振った。
「あれは、クリス様じゃなかったよ。」
「…どういう」
「ジャンだったんでしょ?」
奏の言葉にジャンは僅かに目を見開いたのを、奏は見逃さなかった。
「な、なに言ってんだよ。」
「知らないとは言わせないよ。」
確信ある言葉にジャンは諦めたのか、反論するのを止めて、奏の言葉を待つように口を閉ざす。
「…ずっと違和感を感じてたの。クリス様と話をしていた時と、ジャンと話をする時の感覚が同じだったから、不思議で仕方がなかったの。」
奏は納得したように頷いて言葉を続ける。
「でも、分かった。今日、クリス様に会って確信したの。私が会ってたクリス様は別人だって──幻影魔法かしらね。」
「……」
「クリス様に会ったのは召喚された日と今日で2回目。違う?」
「……違わねぇよ。」
白状するように両手を上げて降参するジャンは、深いため息をついた。
「そのまま、気付かないで欲しかったのによぉ。」
「なんで?」
「王子様と聖女様の恋なんて夢があって良いだろ。」
「…そうは思わないけど。」
ジャンの言葉に傷つき、ズキッと痛む胸の感覚に、手を当てて深呼吸して奏は心を落ち着かせる。スッと、ジャンを見つめれば心臓がバクバクした。
「私は………ジャンが好き。」
「ストレートだねぇ。」
答えが聞きたくてジッと見つめれば、はぐらかすようにジャンは視線をそらせる。
「私、駆け引きが得意じゃないから。」
「俺はクリスの方が、あんたには合うと思うけど?」
「そんなに私は嫌?」
聞いてしまって奏は後悔した。我慢していた想いが爆発して、涙という形になって溢れ出そうとするのだ。
「………結構堪えるのよ。好きな人にそう言われるのって」
「…悪りぃ。」
「謝らないでよっ。余計に惨めだわ。」
顔を見られたくなくて、うつ向けばポタポタと涙が零れていく。
「お、おい…泣いてるのか?」
やっと奏を見て気付いたのか、慌てたジャンが近づいて顔を覗き込もうとする。ここで愛美なら彼の胸に飛び込んで、泣きつくのかもしれないが、奏にはそんな女子らしさは持ち合わせていない。
「誰のせいだと思ってんのよー!」
叫んで怒りのままに腕をブン回した。
「なっ…ちょ、よせっ、落ち着け」
「嫌いなんでしょ!だったら、ちゃんとふってよ!!」
「ま、待てって」
「ばかばかばかばかばかーーーー!!」
パシッと腕を掴まれて奏は動きを封じられる。
「落ち着けって!」
「いや!私のこと嫌いなんでしょ!?触らないでよ!」
「奏!」
名前を呼ばれて奏はピタリと動きが止まる。こんな時でも名前を呼ばれて、心臓が跳ね上がり喜ぶ自分が嫌い気なりそうだと奏は口を尖らせる。
だけどそんな奏の心の機微など知る由もないジャンはホッと息をついて、奏の心を煽る掻き乱す。
「もぉ…嫌…何なのぉ…」
頭も心もグチャグチャでドロドロして、奏の瞳からドッと涙が流れて床を濡らしていく。顔を見られたくなくて奏が下を向けば、ジャンが心配して屈んで覗き込もうとするので、奏は腕を振りほどきたくて踠くが、もちろん力で敵う筈もない。
「なぁ、本当に俺で良いのか?オッサンだぞ。」
「オッサンっていくつよ?」
「もうすぐ40だな。」
「なによ、若いじゃない。」
「いやいや、歳の差がありすぎるだろ。」
「…日本じゃ普通よ。」
「世の中、もっと良い奴がいくらでもいるぞ。」
「ジャンが良い。」
少しだけ冷静さを取り戻した奏は、もう惨めな気持ちになってきて不貞腐れた子どものような言い方になってしまう。
「奏、顔を上げて」
ジャンの声に奏は駄々をこねた子どものように嫌々と頭を振る。
「奏。」
優しい声だったが逆らえないようなピシャリとした言い方に、奏は仕方なく顔を上げた。
フッと影が落ち視界が暗くなった。
ジャンに優しく腰を引き寄せられ───そのまま唇を奪われた。
驚きで目をパチクリさせれば、緊張より驚きが勝った。
「…後悔するぞ。」
ゆっくりと顔だけ離れて言われた言葉に、奏は時間差でドキドキなる心臓を隠しつつ不機嫌な顔をした。
「後悔させない。くらい言ってくれないの?」
「ハハ!それもそうだ。」
こりゃあ参ったねぇ。という表情をしたジャンを見て奏は不安が生まれる。自分が聖女だから断れないのではないか。本当は好きでもないのに、聖女にそう求めれられたから。
「ねぇ、私が聖女だから断れなかったり」
「しないよ。」
間髪いれずに答えてくれる。ついでにおでこを小突かれて、奏は目をキュッと閉じた。
「俺の心の問題だよ。大切な人を失うことが怖いんだよ。そんな臆病者がこんな歳になるまで独り身でいて、気後れしてんだ。それに……俺なんかじゃ釣り合わないって思ってる。」
「私なんかが?」
「私なんかって……この世界の聖女様だぞ。本来なら国の重鎮と結婚するもんさ。」
「嫌よ。そんな決められた結婚なんて。……って、貴方も十分高い身分よね?」
「まぁ、そうだが…俺なんて今まで好き勝手生きてきた自分勝手な奴だそ。こんな奴より、育ちが良い人とその方が幸せかもしれないぜ。」
「私はジャンといられる方が何よりも幸せよ。」
「損してるねぇ。」
「私はジャンが好き。」
「…おじさんはこういうの慣れてないから、戸惑っちまう。」
「…」
「睨むなって。………俺も奏が好きだよ。」
ジッと奏が見つめれば、2人の距離はぐっと縮まる。
「もー!僕がいること忘れてない?」
ぷにっと唇に当たった感触は柔らかくて唇に似ているのに、それは先程とは違いひんやりとして冷たかった。
驚いて奏が閉じていた目を開けば、目の前にはもふもふ猫の姿が飛び込んできた。
「せ、セツっ!!?」
「別にさ、僕は君たち人間の繁殖行為なんてどうでも良いんだけど…蔑ろにされるのは心のひろーい僕でも傷ついちゃうよ。」
「は、はははんしょく!?」
驚きと戸惑いと羞恥心で奏はあわてふためく。バッと握っていたジャンの腕を離して、手があわあわしてしまう。
「全く君たち人間のする事は理解しがたいよ。非効率的だよね。そんな無意味なことしないで繁殖すれば簡単なのに。」
セツは追い討ちをかけるように、矢継ぎ早にとんでもないことを口にする。それはどことなくだが楽しそうにも見える。
ジャンはセツの肉球攻撃をしっかりと躱して、2人のやり取りを黙って見ていたが、奏の慌てようにやれやれとため息をこぼした。
「おーい、精霊さんよー。その辺にしといてくれないかね。奏が慚死しちまう。」
するとセツは愉快そうに笑う。
「いやー。だって奏の反応が楽しいから…つい。」
「まぁ、その意見には同意するが」
「同意しないでよ!」
「ありゃ、もう復活しちゃった。かなでー、もっと面白い反応しててよ。」
「残念がるのも止めなさい!」
ビシッとセツに指を向ければ、つまらなさそうにこちらもやれやれとため息をついた。
「というか、なんでセツが見えるの?これ魔封じの魔道具でしょ?」
奏が首にかけたネックレスを覗き込みながら誰にとなく尋ねると、セツがなんでもないことのように答える。
「ああ、魔力が切れたからだよ。」
「魔力が切れた?」
「そっ、魔道具ってのは魔力を込めないと発動しないのね。」
「うーん?身に付けている人の魔力を吸収して発動するんじゃないの?」
「そういう魔道具もないことはないけど、製法が難しいんだ。僕なら簡単に作れるけどねー。」
褒めてと言いたそうにヘヘンと胸を張るセツに、奏がよしよしと頭を撫でる。そんな様子を微笑ましそうに眺めつつ、ジャンが補足をしてくれる。
「精霊の魔法を使って奏に逃げられたら計画が台無しになるから、その間だけ効果が出るように魔力を込めておいたんだ。」
「で、魔力が切れたから僕が見えるようになったんだよ。」
「なるほどね。………。ジャン、あなたセツの声も聞こえてない?」
「ああ、聞こえてるぜ。」
なんでもないことのように答えられて、奏は驚きを隠せず口がポカンと開いたままになってしまう。
「かなでー、面白い顔してる。」
「だっ、だってセツ、精霊の姿は見えないって…」
「相当な魔力を持っている人間なら見えるって話したよ、僕。」
確かに前にセツはそう言っていたと奏は思うが、つまりそれは目の前にいる彼はそれだけの魔力持ちということになる。奏のイメージではローブにフードを被って、陰気臭ささを全面に出しているような、いかにもな想像をしていただけあって驚きを隠せなかった。
そんな奏の表情からなにかを読み取ったのか、ジャンが少しだけ不満そうにして腕を組んだ。
「これでも国直属の魔道師の中でもトップなんだけどね。一応。」
「あっ、ごめん。魔法使いってもっとこうじめじめってしたところで、ヒヒヒとか笑いながら毒々しい色の鍋をかき混ぜているイメージだったから、とても意外で。」
「それどんなイメージだよ。」
呆れ顔で笑われて奏もつられてフフッと笑みが溢れる。
「…で、冗談はさておき。奏、悪魔はどうするの?」
「どうするって言われても…」
セツの問いに自分が口出しできるような内容じゃないと、ジャンを見れば彼もまた困った様子だった。
「こんなこと前例がないらしくて…どうするか決めかねてるんだよねぇ。」
「ただ牢屋に閉じ込めておくんじゃダメなの?」
奏の問いにジャンとセツが揃って頭を横に振った。
「悪魔を閉じ込めるにはそれ相応の魔力が必要になる。しかも、牢に留めるならその魔力を維持しなきゃならねぇ。」
「魔道具に魔力を定期的に注がなきゃいけないってことだよね。」
痛いところなのだろうジャンは難しい顔で頷く。
「ああ。」
「そんなの普通の人間じゃ無理だろうねー。」
「じゃあどうしたら…」
「一番良いのは聖女から悪魔を引き剥がすことなんだけどなぁ…それができねぇから困ってんだ。」
「そんなの簡単じゃん。」
セツの言葉に奏もジャンも「は?」と、首をかしげた。
「奏が契約しちゃえば良いんだよ。」
「誰と?」
「その悪魔と。」
なんでもないことのように発言するセツに奏は思考停止する。
「え?えっ?できるの?」
「うーん、普通は無理なんだけど奏なら大丈夫だよ。…たぶん。」
「たぶんなの!?」
「前例がないからさぁ。でも物事に絶対はないでしょ。」
「まぁ…確かに。」
なんだか押しきられている気もしたが、セツ相手では仕方ないかとため息をつく。
「…分かった。やってみるよ。」
「そうこなくっちゃ!」
「そう言う訳だから、ジャン。」
「あいよ。彼女に会えるように取り計らうよ。」
「よろしく。」
「人使いが荒いねぇ…俺、魔物討伐から休んでないんですけど。」
「ごめんなさいっ…でも、私だとできないし…」
ハッとして奏が悩み始めると、ジャンは奏の額を指で弾いた。
「イタッ…」
「冗談だよ。真面目に答えないの。」
呆れ顔で言われれば、奏は額を押さえつつ上目遣いでジャンを睨み付ける。
「で、悪いが少し時間がかかる。さすがに国を危険にさらした奴に聖女様を会わせるんだからな。」
「王様に言えばすぐなんじゃ…」
「あー、ダメダメ。あの人、用心深いからねぇ。ちゃんと説得しないといけねーんだ。」
「そっか…なら私は一度、街に戻って…」
「え、ちょっ、街に戻るって…」
「え?だって、街の方が居心地良いし、みんな良い人だし。ダメなの?」
「だ、ダメだろっ。」
セツの魔法があれば移動なんて一瞬だし、何が問題なのだろうかと奏は首を傾げる。
「そうですよ!」
そこに若い女性の声が降ってきた。
聞き覚えのある声に奏が天井を見れば、黒い塊が落ちてきて音もなく着地する。その物体はゆっくりと起き上がると一人の女性だと分かる。
「奏様が戻らないと私、世話係のお役御免になっちゃいます!」
噛みつかん勢いで奏の肩をがっちりと両手で掴んで抗議するのは、先ほどの裁判で奏の弁護をしてくれた黒ずくめの女だった。
「リズ、落ち着いて」
目元以外黒で覆われていて分かりづらかったが、このしゃべり方や声からリズだと確信した奏が名前を呼べば彼女は嬉しそうに目を輝かせる。そして、パッと離れて距離を取ると床に片膝をついて首を垂れた。
「奏様。私を罰してください。」
「え?」
「奏様が大変な時に出ていくことができなかったこの愚か者を、気の済むまで罵倒するでも殴るでも好きにしてください。」
リズが言いたいのは、クリスと愛美が逢引していたのを奏が目撃してしまった時のことだ。奏が辛い思いをしていた時に出てこられなかった自分を、罰しろと言っているのだと理解して奏は頭を左右に振った。
「仕方がなかったのでしょ?」
「……ですが、そんなことよりも私は貴女を裏切るべきではなかった。」
「奏、リズが悪い訳じゃねぇんだ。作戦のためには奏が城を出ていくように仕向けないといけなかった。奏の目がなくなればあいつらは必ず尻尾を出すって確信があったんだ。」
「で、うまくいったと」
奏にジト目で見られてジャンは言葉をなくし、ばつが悪そうに頬を指でポリポリと掻いている。
「奏様は私が奏様を裏切ったと思われたかと…」
「ええ、その時はそう思ったよ。…でも違うのね。」
「はい…。許してもらえるとは思っていません。」
「何言ってんの。許すわよ。」
「へ?」
奏の言葉が意外過ぎてリズは固まってしまう。
「だってリズは王命で動いてたのでしょ?」
「は、はい。」
「なら、言うこと聞くしかないじゃない。そんなのどうしようもないことでしょ。」
「で、ですが…」
奏はリズに手を差し出して呆れたように笑った。
「久しぶりにできた友達なんだもん。これくらいで嫌いになんてならないよ。」
「奏様…」
奏が差し出した手を無視して、バッとリズは奏に抱きついた。
「リズ」
「はい!」
「さっきなんでも言って良いって、言ったわよね?」
奏は悪い子の顔をしているが、セツ以外に彼女の表情が見える位置にいない。
「え?…あ、はい。」
答えつつも不安の色が顔に浮かぶリズ。
「なら、奏って呼んで。」
「奏様なにを言って…」
にぃっと笑う奏は少しばかり怖い。有無を言わせない気迫があり、リズはピッと背筋を伸ばした。
「分かりました。……奏は強情ですね。」
リズのやれやれといった表情に奏はクスッと笑えば、リズもまたクスッと笑う。いつもの空気だ。そう感じれば奏はやっと心が落ち着いた気がしたのだった。




