第12話 断罪②
「───女の子に助けてって言われちゃあ、動かない訳にいかないねぇ。」
四面楚歌の中で、どこか怠そうな声が混ざった。
奏が声の主を探せば、いつもの調子で悪戯な笑みを浮かべているジャンと視線が合う。
彼はそれを確認してからスッと手を上げると、朗々たる声で会場を鎮静させた。
「異議ありだ!」
ジャンの言葉にロヴィーノは苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、国王に促されてしまいロヴィーノは渋々承諾した。
「まずは…っと」
「い、いたたたっ!」
「まだ罪人でもない人をこんな扱いしたらダメでしょ。」
悲痛な声に優しい声が重なる。だけど奏はその優しい声の主が決して笑っていないと分かった。
押し付けられた手が退かされ、代わりにポンポンと大きな手が奏の頭を撫でる。
「ほい、じゃあさっさと解決しようかね。こんな茶番」
そう軽口を叩いてからジャンは床に片膝をついて首を垂れる。先程までの悪ふざけした感じはスッと消えて、そこら辺にいる貴族よりも貴族らしい雰囲気に変わる。
「王よ、発言の許可を頂けますか?」
「公正な裁判中に乱入しておいて何を言っているのですか!?」
「公正?幼気な女の子を陥れるこれがか?」
鼻で笑うジャンが逆上するロヴィーノを睨みつけると、ロヴィーノはうっ…と、言葉に詰まった。
「…よい。発言を許す。」
代わりに国王がゆっくりとした動作で首を縦に振り、興味深そうに髭を撫でながら静観するので、すかさず「ありがとうございます。」と礼を言葉にして、ロヴィーノに反論の余地を与えなかった。
「まず、結論から申し上げますと、魔物を召喚したのは間違いなく聖女である愛美様です。」
「なっ!ど、どこに証拠があるのよ!?」
サラッと言葉にしたジャンに愛美が噛みつく。
「それは貴女が悪魔憑きだからですよ。」
「はあ!?あなた裏切るつもり!?」
ギャンギャンと吠える愛美にジャンはやれやれと頭を掻いて、疲れたように深いため息をついた。
「裏切るもなにも端から仲間になった覚えねぇっての。」
「なっ………」
絶句する愛美にヘラヘラ笑って、ネックレスのチェーンを引っ張り先端に嵌め込まれた真っ赤な魔石を手にして見せる。
「これでも一応、魔道騎士の団長なんでね。そんな簡単に惑わされないさ。」
「魔法を封じたって言うの…そんな石ころで?」
愛美も魔石の存在は知らなかったようで、意味が分からないのだろう。茫然とキラキラ輝く魔石を見つめる。
「面倒なんで魅了が効かない理由説明は省きますが、とりあえず私は魅了されてないんで、魔物を召喚した時に彼女が魔物の回復をしてまでも、奏を殺そうとしていたのはしっかり覚えてます。あれは肝を冷やしましたよ。」
「そんな妄言、誰が信じると思っているのですか!?」
口を挟むのは今まで事のなり行きを黙って見ていたロヴィーノで、いつも冷静な彼には珍しく焦りの色が隠せていない。
「妄言とは心外な。証拠ならありますよ。」
不敵に笑ってジャンは耳にしていたイヤリングに触れる。水玉の形をしたオレンジ色の魔石が輝き出して、ガサガサと何かの音が流れ出す。それは徐々に鮮明に流れ出して、愛美の声がハッキリと聞き取れるようになる。
『ガサ……ム…つく!奏、もうあんたなんか誰からも必要とされてないのよ!!異世界にまでついてきて、ホントいらないのよ!!死んじゃえ!!』
部屋中に響いた愛美の絶叫に、その場にいた全員が愛美に驚きの視線を向けて口を閉ざした。
「な、なによこれ!」
「俺が開発した魔道具だよ。魔力を込めると辺りの音声を一定時間保存するんだ。悪いがあんたの服に忍ばせてもらってた。」
「ふ…ふざけないでっ!こんなのが証拠になる訳ないでしょ!?」
愛美はロヴィーノに助けを求めるが、彼は難しい顔をして黙ってしまう。
「ちょ、なんとか言いなさいよっ!」
「悪いけどこの魔道具は実証済みで、証拠として十分な機能を果たすんだよねぇ。」
「そんなっ…じ、じゃあ!悪魔憑きはどうなるの。誰か実証できるわけ!?」
「あー…うん、見えるんだなぁ…これが。」
「へ?」
「だから、俺はずっとあんたのそばをついて離れない悪魔が見えてんだよねぇ…」
苦笑するジャンに愛美は何も言葉を返せなかった。
「さらに申し上げますと、奏様には精霊がついていますね。こちらは名をもらったのでしょう。私には可愛らしい耳としっぽの生えた白と黒の縞模様の小動物に見えます。」
後ろをちらりと見るジャンは奏の少し上を見つめた。ちょうど普段ならセツが飛んでいそうな辺りで、奏も視線を追うがやはり何も見えなかった。
「それは真か!?」
驚き反応する国王はその瞳に喜びの色をたたえている。他の貴族たちもざわざわとして、場が混乱する。
「精霊の話はまたのちほどにして、今はこの裁判を終わらせてしまいましょう。」
「うむ…そうだな。」
「ま、待ってください!王様!」
クリスがずっと抑え込んでいた手を振りほどいて、愛美は王の前に出て訴える。
「こんな奴の言葉を信じるのですか?」
「うむ、この者が言うのであれば信じるしかあるまい。」
「どうして…」
「ああ、ちゃんと紹介したことがなかったな。ジャンルーカは私の最も信頼における者なのだよ。」
キッパリと言い切る国王を見て愛美は腰が砕けたように、その場へ崩れ落ちてしまった。うつ向いた顔は誰からもよく見えない位置で、彼女は何かをつぶやいてから小さく笑った。
「王様は私よりも魔導騎士団の団長の言葉を信じるのですね。」
バッと上げられた顔には悲しみの色が出ており、目には涙が溜まってうるうるとしている。手を胸の前で合わせれば、か弱くて守ってあげたくなるような聖女様の姿となる。
「何を言っておる」
魅了がかかったと確信して、愛美はニヤリとほくそ笑む。
「───そんなの当然だろう。いくら聖女だからと、付き合いの長い彼を蔑ろには出来んよ。」
「え?あれ?」
愛美は予想と違った国王の反応に間抜けな声をあげて、ジャンがこらえきれずに笑う。
「万が一にも王に魔法がかかっては一大事だからな。対策は万全さ。」
「…」
愛美は押し黙る。
「さて、ロヴィーノ伯爵。今、彼女はあろうことか我が国の王に魔法を行使しようとしたが、これはどう裁かれるのかな?」
「魔法の行使など見て分かるものではありません。何を証拠に…」
「証拠ならここに」
突然声が上から降ってきたかと奏が思えば、目の前に人が現れた。着地と同時に片膝を床に付いて頭を垂れる。全身真っ黒で見えているのは目元だけ。隠密。そんな言葉が出てくるような人物に、奏は見覚えがあった。
「リズ?」
奏の問いに答える声はなく、黒ずくめの女は懐から何かを取り出した。
「魔力検知ができる魔道具です。」
「こ、これがなんだと言うのよっ!」
愛美が抗議するが女は反応せず、口を開いたのはジャンの方だった。
「これは誰の魔力かも、検知できるんだよねぇ…」
「なっ!そんなの反則よ!」
愛美の言葉は自分が犯人だと認めているようなものだが、彼女は気付いていないのかロヴィーノに援護するようにと視線を送るが、彼は愛美を助けるつもりはないようで黙秘した。
ロヴィーノがダメならと愛美はクリスの元に駆け寄って、彼の腕に抱きついた。
「クリス様、私は何もしていません!クリス様なら分かってくださいますよねっ。」
必死なのが痛いほどに伝わってくる。それを静かに見つめるクリスだったが、腕に巻かれた手をやんわりと払いつつニコリとほほ笑んだ。
「すみません。私にも効かないんですよ。」
「ど、どういうこと?えっ、だって今まで」
「今までのは演技です。貴女の魅了魔法にかかったふりをしただけ」
「そんな……」
「申し訳ございません。そういう訳ですので、彼女を捕えてください。」
いつもの笑顔を絶やさずに兵士へと命じるクリスに、愛美は抵抗すらできずあっさりと捕らえられた。ロヴィーノもまた同時に兵士に捕らえられて、そのまま連行されていく。
「主犯は捕えられましたが、ここにいる方たちの中にも関わっているものがいるようですから、皆様は別室で話を伺いたいと思います。」
ニコリとした笑みがこれほどに怖いと思う事なんてあるだろうかと、貴族たちは苦言も言えずに案内に従い部屋を移動する。
部屋に残されたのは国王とクリス、ジャンに奏だけ。いつの間にか黒ずくめの女も姿を消していた。
そんな中、奏もまた混乱していた。
「えっと…これ、どういうこと?」
奏が問えばジャンはきまりが悪そうにうつ向く。
「あー、実はな、最初から分かってたんだよ。彼女が悪魔憑きで魅了魔法を使っていたってこと」
「じゃあなんで」
「今まで何もしなかったのは、泳がせてたからなんだ。どうも金の動きがおかしいってなったんだが、証拠が見つからなくてよ。」
「それに愛美が関係あるの?」
「ああ、彼女が聖女の力を使って貴族から賄賂を受け取ってたんだ。」
「え!?」
「驚きだろ?俺も知った時は驚いたぜ。どうもロヴィーノが絡んでいたみたいでな。」
と説明してくれるジャンの話を要約すると、力を使って街の人たちの病気やケガを治すのも聖女としての仕事の一つなのだが、それを逆手に取って早く治療して欲しければ金を積むようにさせたらしい。それも、全ての貴族ではなく立場の弱い者や、普段から悪事を働いていて弱みを握られている者だけをゆすっていたのだとか。
愛美はそのことを知ったうえで、ロヴィーノの指示のままに治療をしていたらしい。しかも、愛美自身も賄賂を受け取っていたとかで、救いようがない彼女の行動に奏はため息しか出なかった。
「奏には申し訳ないことをした。」
突然頭を下げて謝罪する王に、奏は慌ててブンブンと手も顔も振って止めさせようとする。
「頭をお上げくださいっ!」
だが、王はそんなこと気にした様子もなく、愁いを帯びた視線を奏に向けた。
「どうかこの世界を…いや、この国を嫌いに思わないで欲しい。身勝手なことを申しているのは分かっているが、聖女なくては我が国など魔物に脅かされ滅びの道を辿るだろう。」
「そんな私は」
「本来であればそなたを解放するのが道理なのだが、一度、聖女を召喚すると、その者が聖女の力を失うか、死ぬまで次の聖女を呼ぶことは出来んのだ。」
初めて知る事実にジャンを見れば、彼もまた申し訳なさそうな顔をした。
「…そうなのですね」
「不甲斐ない。」
「いえ、そんなことはございません。私は大丈夫……になりました。」
奏がわざわざ言い直したのは、嘘ではなく本当の気持ちを伝えたかったからだ。まだ心の整理がついた訳ではないけれど、でも肩の荷は下りた気がする。聖女としての責任に脅かされ息苦しかったのは事実だ。だけどこれからはきっと話ができる。嫌なことは嫌だと言える環境になるだろうと、奏は何となくそう思った。
「そうか……何か困ったことがあればすぐに言って欲しい。そなたには不自由なく過ごして欲しいのだ。それが唯一私がしてやれることだからな。」
「ありがとうございます。」
「おお、そう言えば…」と国王はクリストフォロの方を見て不適に笑う。
「クリスと恋仲だと噂で聞いたが、そなたが望むなら婚約を交わすことも出来るぞ。」
「えっ!?」
「どうだ、悪い話ではないと思うが。」
「えー…えっとー…」
「不満か?歳も同じくらいだし、顔も私に似て悪くないと思うのだが…」
「あ、あの」と断る言葉が出て来ず、しどろもどろになる奏にジャンが助け船を出してくれる。
「そう言うのはお互いの気持ちの問題です。周りが言うことではないかと」
「それもそうか……悪かった、忘れてくれ。」
「父上、そろそろ」
何も気にしていないのか、奏とは違い動揺した様子もなくクリストフォロは国王にそう伝える。
「そうだな。」
「では、奏様。私は父上とやるとがありますので、これで失礼します。」
クリストフォロは奏に軽く礼をしてから、とびきりの笑顔を見せた。
「父上の話、本当に考えておいてくださいね。」
「えっ?」と、戸惑う奏とすれ違い様に
「私、結構、貴女のこと気に入っているんですよ。」
コソッと彼女だけに聞こえるように耳元で囁いたクリストフォロは何事もなかったように「…ジャン、彼女を頼みますよ。」と言い残して、国王と部屋を出て行ってしまった。
それを見送る奏は完全に思考停止していた。
時間差でボッと頬に火が着いたと思うくらいに熱くなり、奏はパタパタと手で顔を扇いだ。




