第12話 断罪
「さっさと歩け。」
そう暗闇の中で冷たい声が奏を突き飛ばす。
枷が重たい音を落とし
首には魔道具が不気味な程に鈍く輝く。
酷く重たいため息が溢れた。
──人は簡単に裏切る。
侮蔑し、罵り、見捨てる。
なにを期待していたのか。
どうして期待するのか。
何度裏切られれば気付くのか。
どこまでも長い廊下はあまりにも静かで、一歩一歩と闇に奏を引きずり込むように手招きしている。
もう…疲れた…
「呼び出しがあるまで、ここで大人しくしていろ。」
放り投げられた部屋は貴賓室だった。どうやら本当の極悪人の扱いではないらしい。
部屋は招いたお客様を満足させるために、全てがピカピカに輝いていた。落ち着いたワインレッドで揃えられた家具は、城の名に相応しく落ち着きある部屋になっている。
そんな座るのを躊躇ってしまいそうな丁寧な作りをした椅子に、奏は何も考えずに腰を掛けて、深いため息をついた。
魔物を退治して魔力も結構使っていた。だから、本当なら今すぐにでも横になって寝てしまいたかった。
だけど人間疲れすぎると、逆に眠れないものらしい。
「セツ?」
そう言えばと姿が見えないセツを探すが、見つけることはできなかった。いつもみたいにのほほんとした声も返ってこない。
「やっぱりひとりか…」
もうなにも考えられなかった。涙すら流れない。
逃げ出したいとも思えなくて、ただただ窓の外を静かに見つめた。
そして、日が昇った頃。部屋の扉が叩かれた。
昨晩と同じように、手には枷を付けられて、背中を小突かれながら奏がやって来たのは大きな扉の前。あからさまに他とは作りが違い、ちょっとやそっと力を入れても開かないだろう重厚感がある。
ここに来るといつも緊張するが、今日はいつもとは違う。ここで奏の生死が決まるのだ。
絶望していても死ぬのは怖いらしい。震える手が足が部屋に踏み入れるのを全身で拒んだ。
「さっさと入れ!」
ドンッと背中を押されてたたらを踏むと、重苦しい扉がゆっくりと開いた。
玉座の間は体育館くらいあるのではないかと思う程に広い。
王と妃が座るための二脚椅子は一見シンプルだが、ふかふかな座面や背もたれは座れば夢心地だろうと想像できる。家具はその豪華な椅子だけで装飾品も一切ない。
ただ、天井はこれでもかという程に装飾されていて、宝石や金銀が惜しげもなく使われていた。もちろん全て本物なのだから、上を見ると眩暈がする。
そんな宝石店でも見ることができない数の宝石に見下ろされ、奏はその壁に負けない主張の激しい真っ赤な絨毯を踏んで王の元へ参じる。
奏が歩く広い絨毯の手前には貴族たちが一列に並んで、好奇な視線を無遠慮に彼女へ向けて嘲笑していた。その全てを空気と思い込むように無視して、玉座に視線を向ける。
今日は王妃の姿はなく空席で、国王陛下の近くにはロヴィーノが控えている。そして、奏の斜め前にはクリスがいて、その横には愛美が寄り添っていた。だが、そのどれもがどうでも良かった。
唯一、奏の胸を抉るのは彼らから少し離れた場所に見つけたジャンの姿だった。視線すら合わせてくれない。
痛む胸に無理やり息を吸い込んで、奏は深呼吸してから床に膝を付き頭を垂れた。
「久しいの、奏。」
王の低い声がズンッと重くのし掛かるように降ってくる。
「はい、陛下におかれましてはご健勝のこととお喜び申し上げます。」
「うむ。」
合図で奏は顔を上げて王の顔を見た。
痩せこけた頬に過労のせいか目元には深くシワが刻まれて黒ずんでいる。髭を撫でる手は細く、あまり健康そうには見えない。
王は鋭い眼差しで奏を見下ろしている。
「ここに呼ばれた理由が分かるか?」
「…城を抜け出したことでしょうか。」
わざと違うと分かる答えを返せば、王は手で口許を覆い表情を隠した。
「…違うな。」
「ふざけないで!あんたが魔物を街に召喚したことに決まってるじゃない!!」
キンキンに甲高い声はもちろん愛美のもので、当たり前のように嘘で塗り固める。
どの口がと奏は汚い言葉を飲み込んで、王の言葉を待った。本来、王の許可なく発言することは不敬となる。
愛美の発言は王の寛大な心で不問になったようだが、まだ何か言いたそうな愛美の隣でクリスが彼女を宥めていた。
「奏よ。今の話は真であるか?」
「いいえ、全くの嘘でございます。」
「ほう。其方はどう考えておるのだ?」
「恐れながら、今回の一件、愛美が起こしたことにございます。」
「はあ!?何言って」
「口を慎みなさい。」
ピシャリと王に言われてしまえば、流石に愛美も口を閉ざすしかなく、彼女は唇を噛んだ。
「続けよ」
「はい、愛美には悪魔が憑いております。」
周りがざわつく。「本当なのか?」と貴族たちは動揺するが、すぐに誰かが「嘘に決まっている。」と断言して、その視線は奏を侮蔑するものに変わった。
「魔物を召喚して騒ぎを起こした挙げ句に、それをあろうことか同郷である愛美様に濡れ衣を着せるなど、人としてどうかしている。」
そう誰かが言ったのを皮切りに、「あれは本当に聖女なのか?」と疑問を声にする者たちが現れる。
“ありゃりゃ、部が悪そうだよ?”
セツがこの場にいたらそんな言葉をくれるだろうか。
不安な心を慰めるためにシャランと腕のリングに触れた途端、ロヴィーノが険しい顔をした。
「何をしているのです!」
荒げた声に反応して兵士たちが奏を取り囲んだ。剣やら槍やらの剣先が奏に向けられる。
奏は慌てて両手を顔の横に上げて、無抵抗であることをアピールするが、警戒は解けそうになかった。
「ッ…!」
突然後ろから頭を押さえ込まれて、床に這いつくばるような体勢にされて肺の空気が無理やり押し出される。床に頬をつき絨毯の赤と嘲笑の世界が瞳に映る。
あまりに惨めだと痛む心に、グッと唇噛んだ。
そんな奏の気持ちなど全く無視して、ロヴィーノは書面を両手で開き、高らかに宣言を始める。
「罪状を告げる。お前の罪は2つ。まず、魔物を召喚して国を混乱に陥れたこと。そして、2つ目に城の者たちを魔法で魅了したこと。これは、クリストフォロ殿下に対するものも含みますので、王族への反逆罪でもあります。」
奏は見に全く覚えのない罪に言葉が出て来ず、それを好機とロヴィーノは言葉を続けた。
「異議を唱えるものは前へ!」
そうロヴィーノが良く通る声で発すれば、会場は静まり誰もが奏を侮蔑の目で見るだけだった。
「異議があるに決まってるじゃない!魅了は私じゃなく愛美が使っていた。」
誰も異議を唱えてはくれないので、奏は仕方なく重たくなった口を引き剥がすように開いた。
「いいえ、貴女ですよ。…そうですよね、愛美様。」
「ええ、クリス様にお会いして気付きました。彼に魅了の魔法がかけられていることに。」
再び会場がざわつくが、愛美の言葉の続きを待つようにそれはすぐ静まった。
「クリス様は魅了の魔法をかけられる前に必ず同じ人物と会っていました。」
「その人物とは?」
国王が尋ねると愛美は悲しそうに目を伏せた。
「奏です。…それで確信したのです。奏こそが聖女の皮を被った悪魔憑きなのだと。」
「嘘…」
「発言よろしいでしょうか。」と、手を上げたのはロヴィーノで、国王の許可が下りてからコホンと咳払いをして続ける。
「奏様がいなくなる前の晩、私は奏様にお会いしております。その時、確かにクリストフォロ殿下に会いに行かれるとおっしゃっていました。ですよね?奏様。」
「え、ええ確かに…」
「それで会うたびに魅了の魔法をかけていたと。」
「そんなの嘘よ。それなら私が城を出た理由は?」
「それは私に魅了を妨害されて、ヤバイって思ったんでしょ。」
愛美はそう答えて勝ち誇ったような視線を奏に向けた。
───ああ、全て仕組まれているのか。
奏はやっと理解した。これが仕組まれた茶番なのだと。自分が何を言おうとも、全て立証されてしまうだろう。嘘で塗り固められた証拠で。
「どうして…みんな愛美の味方をするのよ…」
───いつもそう。私の味方はいない。
「なんで話しすら聞いてくれないの?」
話しすら聞いてもらえず、奏が悪いことにされるのだ。罪に問われることなんて何一つしていないのに。
息をする度に胸が張り裂けそうだった。心はもう崩壊寸前で目に溜まった涙で目の前は霞んでいる。
誰も救ってはくれないと分かっているのに、口から出る言葉はどうしようも出来ない気持ちを吐露していた。
「たす…けて…」
声にならない掠れた音は一瞬だけその場をしんとさせるが、すぐにくすくすと人を蔑む音色で染まる。
そんな侮蔑の音に奏はうつ向き床を涙で濡らせば、余計に嘲笑を煽った。




