第11話 裏切り
街に奏たちが着いたのは昼過ぎ。いつもなら街は活気に溢れている時間だが──この日は違っていた。
露店に人の姿はなく、店には商品が並んだままだった。それはまるでなにかが起こって忽然と人がいなくなったような感じで気味が悪い。
「どうしたんだろ?セツ、分かる?」
「うーん、なんか広場に人が集まってるみたいだよ。」
じゃあ行ってみようと向かうと、広場にはたくさんの人が集まっていた。中央に何かあるのか、それを囲むように人集りができている。
トラブルではないようで奏はひと安心して、ほっと息を吐く。
「なんだろう?」
「さぁ?」
人集りの中心に何があるのか気になり、ピョンピョン跳ねてみるが背の低い奏では限界があった。
「無理そうね…ってうわっ!」
奏が声を上げたのは突然後ろに引っ張られたから。転びそうになったが、人がクッションとなってなんとか倒れずに済む。
「ちょっと、危ないじゃない!」
奏の腕を引っ張って壁になった張本人を怒鳴れば、本人は少しだけ困った様子で見下ろしていた。
「おう、悪りぃな。」
「ジャン!?」
「しー!あんまり、大声出すな。バレちまうだろ。」
「バレるって誰に?」
「そりゃあ、あんたも会いたくない奴」
「あーーー!見つけた!!」
ジャンの言葉は甲高い女の声にかき消され、奏も理解したがもう遅く、2人して額に手を当てて項垂れる。うんざりしつつも、そちらを見れば愛美が奏たちを指差して叫んでいた。
ジャンは迷わずその場から逃げ出そうと背を向けた。──が、愛美の魔法で阻止されてしまう。
「どうして逃げるんですかっ!この間のお礼を伝えたいだけなのに…」
護衛の騎士2人を伴った愛美は、シクシクと泣いたふりをする。それで騎士2人に睨まれれば、ジャンも奏も反論することすら許されない雰囲気だった。
「お礼なんて必要ございませんよ、聖女様。」
ジャンが恭しくお辞儀をすれば、騎士たちは戸惑い見合う。だがそれよりも戸惑いを見せたのは奏だった。
「ジャン、彼女が聖女だってこと…」
「知ってるよ。」
「え…」
聞き逃してしまいそうな小さな声は奏の耳に届き、彼女の心をざわつかせた。
「そんなこと言わないでください!」
そんな奏の心など露知らず、愛美は瞳を潤ませてジャンの方へと一歩近づく。
「──あの時、私、貴方に優しくしていただいて、本当に救われたんですから。」
「いえ、当然のことをしたまでです。お気になさらず」
「なんて謙虚な方…」
涙目のままニコリと微笑む愛美の姿は、慈愛に満ちた本物の聖女のようだった。
だが、その視線は隣にいた奏に向けられる。器用に一瞬だけ不快を露にして、殺気のようなものを奏は感じ取った。
「…それで、かな…ヴィオラがどうしてここに?」
ギクリと奏が身をすくめれば、愛美は目を細める。そして次の瞬間には、ガバッと抱きつき奏を逃がさないように捕まえてしまう。
「探していたのよ!無事で良かった!この前はせっかく見つけたのに、急にいなくなるんだもの!」
本当に心から安堵しているような声に奏は戸惑う。
だがそれは耳元に届いた声で、すぐにゾッと背筋が冷たくなった。
「駒は揃ったわ。」
「え?」という奏の疑問は爆発音でかき消された。
地面が振動する。愛美から解放された奏が音のした方角に視線を向けると、ちょうど道で開けた畑がある方向で、遠くに煙が上がっているのが見えた。
それは、その場にいた全員が気づいて警戒を強める中で、奏はすぐに愛美へと視線を戻した。良く見れば彼女の周りをふよふよとする黒い塊が浮いている。
“あれは何?”
“見えるようになったんだね。あれが愛美に憑いてる悪魔だよ。”
いつも通りのふわっとしたのんびり声で答えるセツはなんだか楽しそうに見えた。
“なんで貴方みたいにハッキリ見えないの?”
“うーん、まだ名付けされてないからだね。あれじゃ、使役できないから悪魔の力が勝ったら簡単に乗っ取られるだろうね。”
“それ、まずいんじゃ…”
“うん、最悪。”というのに明るいトーンなので全く緊張感が感じられない。
“セツ…楽しんでない?”
“そんなこと……あるかも。”
そう言われれば奏はため息をつくしかなくなる。そんなどうしようもない脱力を感じていると“それで奏…”とセツが続ける。
“魔物が召喚されたみたいだよ。ここに向かってる。”
セツの呑気な忠告に、ハッとしてサーチの魔法をかければ、ここからだいぶ離れたところで魔力の塊を見つけた。最悪なことに場所は2ヵ所で、それぞれが別の道でこちらに向かってきている。
“誰がこんなことを…”
“そんなの悪魔の仕業に決まってるよ。”
その言葉に奏は愛美を睨み付けた。
「ジャン、状況があまり良くない。」
「だな。」
奏の後ろで黙ってやりとりを見ていたジャンがやれやれと後ろ頭を掻いた。
「魔物がこちらに向かってきてる。集団で2ヵ所。数も多い。」
「戦力は分かるか?」
「この前の比じゃない大群よ。」
「なら……お前ら!」
叫ぶ相手は愛美の護衛たち。ハッと背筋を伸ばす姿は異様だ。一介の平民に敬礼をして、ジャンの言葉を待っている。
だが、今はそんなおかしな状況を気にしている場合ではないと、奏はジャンが淡々と指示を出す中でどうするかと思案する。
“セツ。”
“なーに?”
“転移、頼める?”
“もっちろん!奏の望みとあらばいつでも。”
その返事に奏はホッと息を吐く。
「また、転移を頼む。」
ジャンの言葉に奏は頷き、セツに合図を送る。転送先はジャンが分けた編成で奏がセツに指示していった。人数がいない中の急ごしらえで、最初に転送されたのは愛美を護衛していた数名の騎士と街の若者たち。
「次は…って」
奏が言葉に詰まらせたのは、転送するための陣にいたのがジャンだけだったから。
「他は?」
「人が足らねぇ。」
「一人で行くつもり!?」
「ああ、他に方法がない。まぁ、先に行った奴らが加勢に来るまで、持ちこたえるさ。」
「なら私も」行くわと、言おうとしてジャンが否定するように首を振った。
「あんたはここに残って聖女様を守って欲しい。」
ジャンの言葉に愛美を振り向けば、彼女は薄ら笑いを浮かべている。魔力を使いすぎたのか足元はふらついて、立っているのがやっとのようで視点も定まっていない。
奏はそんなボーっとしている愛美の腕を乱暴に掴んで、引きずるようにジャンの元まで戻る。
「ちょっ!何するのよ!?」「お、おいっ」
それぞれ違った意味での抗議は耳にも入れず、奏はセツが作り出した魔法陣の中に躊躇なく足を踏み入れた。
視界が揺らぐ。目の前が真っ暗になって、次の瞬間には先ほどまでいた場所とは全く違う景色が目に入る。──畑なのだろうか、背の低い草が等間隔に並んでその周りは腕くらいの太さの木で囲われている。
だが今そこにはどうやってか出現した魔物たちが各々で畑を荒らしまわっていた。
奏たちがいるのはそこから50メートルは離れた高い木々が生い茂る中。
「あれは…」
「ゴブリンにオークだな。…ってそれよりも、なんでついてきたんだ。」
ジッと責めるように見つめられて、奏はムッと口を尖らせる。
「ジャンが無理しようとするからよ。悪い?」
喧嘩腰で答えれば2人でしばらくにらみ合うことになる。
だが先に折れたのはジャンだった。
「はぁ…睨み合っていても仕方ないな。来ちまったもんはしょうがねぇ。作戦だが…」
“作戦も良いけど、敵の戦力を見誤ったらダメじゃない?”
“セツ、それって”
“どこかにレッドキャップが潜んでるよ。”
「レッドキャップ?」
セツの言葉に奏が疑問を口にしてしまえば、ジャンの顔色がみるみるうちに険しいものに変わった。
「ジャン?」
「レッドキャップがいるんだな?」
「え?う、うん…そうみたい。」
ジャンにいつものふざけた感じの柔らかさがなくなり、奏は戸惑ってしまう。“レッドキャップはね…”そこにセツが助け船を出すように、説明をしてくれる。
“名前の通り赤い帽子を被っている小柄な妖精で、人に対して執拗な殺意をもっているんだ。被っている赤い帽子も人を殺した血で染めていると言われてる。会ったら最期、死ぬまで襲われるよ。”
明るい声で言われるのが余計に怖くて、奏は自分の手をギュッと握った。
「おっと、悪りぃな。大丈夫、なんとかするさ。」
奏の不安を察したのか努めていつもの口調に戻るジャンは、ポンっと奏の頭に手を置いた。
「ただ、油断はしないでくれ。容易い相手じゃねぇ。」
「分かった…」
「とりあえず、あんたは魔法で援護を頼む。」
「うん。」
「…で、聖女様は」
「私、なにもしないわよ。」
ジャンが作戦を言葉にするより先に、愛美は聞き分けのない子供のようにそっぽを向いてしまう。
「それもそうだな、とりあえず足だけは引っ張んないで欲しいから、隠れててくれると助かるよ。」
「え?ちょ、ちょっと?」
思ってもいなかったジャンの答えに、情けなくもあたふたと慌てる愛美。その姿は滑稽で、奏は思わず笑ってしまう。
「…そんなら、魔物退治といきますか。」
かったるそうに言って、ジャンは腰の剣を鞘から抜いた。
足音もなく駆けていくジャンは一体ずつ確実に魔物を仕留めていく。
奏は愛美から目を離さないようにしつつも、ジャンへ強化魔法と魔物たちには習いたての攻撃魔法を唱えて援護する。とは言っても出来る攻撃なんてたかが知れている。
せいぜいが氷魔法で足止めするくらいだ。
あまり派手に魔法を使えば他の魔物に気付かれて、一斉攻撃されてしまう。
だが数体切ったところで、近くにいる魔物たちはジャンの存在に気が付き、畑を荒らしていた数十体が彼らの方を睨み付けた。
それでもジャンの剣捌きはスピードが落ちることはなく、次々と魔物を排除していく。
その動きには無駄がない。魔物の動きが全て分かっているかのように、喉か心臓をひと突きにした。
「すごい…」
奏は魔法でサポートしつつ、ジャンの剣さばきに見惚れてしまう。
あっという間に半数の魔物が倒れて、魔物たちも踏み込むのに躊躇うほどだった。
だが問題は肝心なレッドキャップがいないこと。
人を見れば襲いかかってくるとばかり思っていたが、現れる様子はない。
「セツ!居場所を探れない?」
「無理言わないでよぉ。こんなに広い範囲で、あっちは息を殺して機会を伺ってるんだよ。こっちが不利に決まってんじゃん。」
ジャンが近くにいないのを良いことに、奏とセツは直接言葉を交わしていた。そこに愛美の笑い声が重なった。
「アハハ!良い様ね!」
まるでなにかに操られているかのような、狂喜に満ちた顔は悪魔と言える程に歪んでいた。
「…ねえ、奏。」
狂ったように笑っていた愛美が、スッとその表情をなくして奏を睨み付ける。
「…私、あなたの事が嫌いなの。知ってた?」
「ええ。気付いてたよ。」
愛美の告白に奏は静かに肯定する。
「いつもそう…あなたのそう言う態度が腹立つのよ。上から涼しい顔して人を見下して…」
「何言って」
「良い子ちゃんして優等生ぶって、認められて。」
「認められて…私が?」
「気付いてなかったなんて言わせないわ!教師も生徒もみんな貴女のことばかり……だから壊してやったのよ。あーーーーーもう何もかもがムカつく!奏、もうあんたなんか誰からも必要とされてないのよ!!異世界にまでついてきて、ホントいらないのよ!!死んじゃえ!!」
その時だった──
ひとつの気配が生まれる。それは奏の背後で、背筋がゾッとするのを感じ取った。
それにいち早く気が付いたジャンが奏に向かって何かを叫んだが、その顔は焦りの色が隠せていない。
「──奏!」
まるで時間が止まったようにゆっくりと周りが動いて見える。不思議な感覚に、奏は背後を振り返った。
「ギャ!!」
悲鳴は奏の目の前で聞こえた。
視線を落とせば、自分の腰くらいしかない老人が肩から血を流していた。傷口は鋭利な刃物で切られたように中の肉片を見せている。
チラリと横に視線を向ければセツが手を伸ばしてフー!と威嚇していた。おそらく何かの魔法を行使したのだろうと分かる。
「ありがとう」と、セツに短く礼を言ってから奏は視線を前に戻す。
老人だと思ったそれが異様に思えたのは、泥のような濁った肌色に、視点の分からない燃えるような赤い目が人間のものとは思えなかったから。
奏は後ろに大きく飛んで追撃を躱す。
攻撃を受けたにも関わらず斧を振るう動きに乱れはない。真っ直ぐな殺意だけを向けて、レッドキャップはさらに次の一撃を繰り出そうとしている。
それを奏は氷の魔法で足止めした。つんのめりバランスを崩したところを、追い付いたジャンの剣が胴体を真っ二つに一閃する。
「やった!」
「まだだ!」
勝利を確信していた奏は、ジャンの声にレッドキャップが居た場所に視線を滑らせる。そこには血こそ垂れているがレッドキャップの死体は転がっていなかった。どうやらギリギリのところで氷を斧で砕き剣を躱していたのだ。
少し離れた場所で、息を荒くして苦痛に顔を歪めている。あと一息で倒せる。そう思ったら、レッドキャップの周りを淡い光が包み込む。それは、レッドキャップの傷を塞ぎ、流れる血を止めた。
奏が絶望して、ジャンが苦々しく舌打ちをした。
「どうなってんだこりゃ…」
「愛美…あなた!」
奏が怒鳴りめねつければ、愛美はこわーい!と木の後ろに隠れてしまう。
──だが
「へ?」と、そんな間抜けな声は、愛美があげたものだった。
木に隠れた愛美をレッドキャップが襲いかかったからだ。横薙に振るわれた斧は愛美の顔を掠めて、浅く切り裂いた。血がツーっと頬を流れ落ちていく。それを愛美は手で触れて、その手をまじまじと見つめている。
「な…に…これ?」
焦点の定まらない視線が手を見つめて、理解できないと頭を傾けて呆然とする愛美の首を、レッドキャップの追撃が襲いかかろうとしている。
「な、なんで?どうして?」
パニックに陥った愛美を見て、レッドキャップがニタリとした笑みを見せる。
「あ、あなた!私が召喚した主人なのよっ!!」
「グエヘ…」
レッドキャップの言葉にならない返事は、ただただ楽しそうに見えた。ゆっくりと愛美に近づき、引きずる斧の音が静かに死へのカウントダウンを刻む。
恐怖と焦りで走って逃げ出すことも、出来そうにない愛美に向かって奏は駆け出す。
「めぐみっ!」
奏は魔法もなにも考えられずに、気づけばレッドキャップへと体当たりしていた。不意打ちだったからか、レッドキャップは簡単に吹き飛んで顔面から地面へと突っ込んだ。グエッと嫌な音がして、その後に怒り狂った声が響く。
だが、それを最期にその頭と胴体は離れ離れとなった。───ジャンが振った剣によって。
声にならない声で断末魔を叫びながら、レッドキャップは塵と化した。
───その後は別部隊も合流して、そんなに時間もかけずに全ての処理が終わった。
「愛美様!お怪我はございませんでしたか!?」
全ての魔物を討伐して騎士たちが、愛美の元に集う。ずっと放心状態だった愛美は意識を取り戻したように動き出すと、その瞳から涙をポロポロと流した。
「め、愛美様っ!?」「どこか痛いのですかっ?」
騎士たちが動揺して慌てふためく中、愛美はうるんだ瞳で彼らを見つめた。
「わ、私見てしまって……あ、あの魔物たちは召喚されたものだったんです!!」
「お、落ち着いてください。どう言うことか分かるように説明を願います。」
「私、気付いていたんです。あの魔物たちが、自然に集まったものじゃなくて、召喚されたものだって。───それは、同じ聖女だから分かるんです。」
「同じ聖女?それって…」
騎士たちが初めて奏に視線を向けた。
「彼女が城から逃げ出したもう一人の聖女よ。貴方たちは顔を知らないものね。分からないのも無理はないわ。」
愛美の言葉に動揺する騎士たちに、愛美はとんでもない言葉を続けた。
「───彼女が先程の魔物を召喚したのよ。」
辺りが騒然とする。奏を見る人々の視線が鋭く冷たいものに変わっていくのが分かった。
「愛美!?あなた何を言ってるの!!」
「もう、嘘はやめて!私を陥れようとしていたのでしょうけれど、そうはいかないわ!」
「陥れる?えっ?」
愛美の言いたい事が分からなくて、奏が反論すらできずにいると、それを良いことに愛美が話を進める。それはもう悲撃のヒロインのように。
「私が召喚したと言いたいのでしょう?しかも、そこにいる平民の男を証人にするつもりなのは、分かっているのよ!」
ジャンを指差してから愛美は哀れな目で奏を見た。
「でも残念ね。貴女、騙されていたのよ?」
「え?」
「ねぇ、魔道騎士団の団長さま?」
ジャンにすり寄る愛美は流し目で彼を見て、彼の胸をするりと撫でる。
「知らなかったのは貴女だけ。彼の名前はジャンルーカ。この国の魔道騎士団の団長よ。」
ピタリとジャンに寄り添う愛美は、ニヤッと奏に蔑むような視線を送る。
「な、何を言っているの?」
色々なことがあり過ぎて訳が分からず、奏は戸惑い助けを求めるように愛美の隣に立つ男に視線を移した。
「ジャン?」
「…わりぃ」
「えっ?なんで、謝るの?」
「勅命であんたの監視をしてたんだ。」
「監視?」
「そ、監視。」
ジャンはばつの悪そうな顔をして、頬を指でポリポリと掻く。
「さ、そんな話はどうでも良いから、奏を捕らえてちょうだい。」
愛美の声に弾かれたように騎士が奏の前に来て、その腕を乱暴に掴んだ。
「痛っ」
「城に連行する。大人しくしなさい。」
暴れるつもりなど毛頭ないのに、騎士は腕を強く握り締めて奏の自由を奪った。
「おいっ、女の子に乱暴はよせよ。」
「なに言ってるのよ、彼女は罪人よ。」
ジャンが一歩前に踏み出そうとして、愛美がそうさせまいと腕をグッと掴んで引き止めた。ジャンは口を閉ざしてそれ以上はなにも言わなかった。
奏は馬車へと押し込まれると、そのまま馬車は出発したのだった。




