第10話 魔道具
翌朝、奏は気分転換になるかなと考えて、セツと街の外に出掛けてみることにした。
セツにお願いして、手っ取り早く転移魔法で街の外に出た。
広がる草原は昇り始めた太陽に照らされて、生き生きと輝き、そこをフサァーッと風が撫でていく。草がぶつかりあうことで、音が生まれ音色を奏でた。
「気持ちいいー」
「だねー」
珍しく羽をバッサバッサと羽ばたかせて、草原を飛び回っていたセツが満足したのか戻ってきて同意した。
奏が歩く街道は太く、ただ真っ直ぐに伸びて、地平線へと消えていく。道の果てがどこに繋がっているのかは、国から出ることを許されない聖女の奏には分からない。
魔物の姿もない草原をただ見ていると、元の平和な世界にいるような錯覚に陥る。あの頃はひたすらに働いてはいたが、自由も多かった気がする。異世界に来て、忙しさは変わらなかったが、自由は減ったと奏は思う。城では豪華な生活を送らせてもらっていたが、外に出るには許可が必要で、結局面倒で部屋に閉じ籠っていることが多かった。
だから、平民と貴族にこんなにも身分差があることを今まで知らなかった───
──ふう。と、奏はため息をついて色んな思いを外に吐き出した。
そこに一際強い風が吹いて、髪がさらわれて手で押さえつつ、ナーレセウス国を振り返る。
「こんなちっぽけな国で…どうして、いがみ合うのかな?私のいた国はもっと広かったし、いさかいも多かったけど、こんな身分差はここまであからさまじゃなかったと思う。」
奏の問いに返ってきたのは、笑い声だった。
「──確かに世界から見たらこんな国、ちっぽけだよねー。まぁ、僕たち精霊にとって人間自体がちっぽけな存在だけどね。」
「身も蓋もないわね。」
「で?奏はそんな感傷に浸るために、ここへ来たんじゃないでしょ」
「バッサリね。」
「だって僕に分かるはずないし、ちっぽけな人間のことなんてさ。聞く相手間違えてるよ。」
セツのあまりに冷たい言いように、奏は思わず笑ってしまう。それはセツが精霊で仕方ないことだと分かっているから。だから奏は本題に戻す。
「先生、魔法のご指導よろしくお願いします!」
先生という響きにセツは機嫌を良くしたのか、尻尾をブンブンと大きく振ってから、待ってましたとフワフワな胸を張った。
───それから2人はサーチで単体の魔物を探して、その都度セツが新しい魔法を教え、奏が実践するという料理教室ならぬ魔法教室が開かれた。
精霊の魔法指導だから分かりづらいだろうと奏は覚悟していたのだが、案外にも彼の教え方は分かりやすくてすぐに習得していった。
奏が教わったのは人間にとっての基礎魔法となる火、水、氷、雷、土魔法だった。
「とりあえず基本は大丈夫そうだね。そうしたら、次はその魔法を飛ばしてみようか。」
「魔法を飛ばす?」
「今の奏の魔法は魔力を物体の近くで発現しているだけ。つまり、魔法を発動した場所にたまたまその魔物がいた。っていうだけなんだよ。」
「それじゃあダメなの?」
「うん、ダメだね。」
セツは頷いて遠くに見える魔物を前足で示した。
「だって魔物は必ずしも立ち止まってないよ?魔法を発動したら動いてその場所にいませんじゃ、目も当てられない。今までのは僕が動けないように魔法をかけていたから、当たってたんだよ。戦闘じゃまず無理。即死だよ。」
「えっ?そうだったの。」
驚いたが、奏はすぐに次の疑問にぶち当たり、首をかしげる。
「でもセツは魔法を飛ばしてないよね?」
「あー…あれは相手の歩く速度や魔物の動きを予測して発動させてるからね。今の奏には無理だよ。技術が高度過ぎる。」
「じゃあ、どうしたら良いの?飛ばすって言われても……イメージでなんとかなる?」
「そうだね。それで出来たら良いけど、多分難しいかな。まぁ、とりあえずはあそこの木を的にしてやってみたら良いんじゃない。」
セツが手で示す方を見ると、的にちょうど良さそうな太めの木が、一本伸び伸びと生えている。
奏は木を無闇に傷つけないようにと、水を当てるつもりで魔法のイメージを固めた。水の球が木にぶつかるようなイメージをして、魔法を放つ。
「キャハハハ!な、なにそれー」
風と草木の揺れる音以外静かだった草原に、セツの笑い声が響き渡った。
放った魔法は奏のイメージとは全く違って、指の先に出現した水の玉からチョロチョロと水が目の前で落ちていく。その情けない姿と言ったらない。
セツに腹を抱えて大笑いされ、奏も恥ずかしくなって来る。
「わ、笑うことないじゃない!」
「こんなの笑わずにいられる方がすごいよ。なにその小水みたいな水…ククッ」
笑い続けるセツに、奏は恥ずかしさでしゃがみこんだ。
「セツのいじわるー!!」
地面に向かって叫ぶと、セツがふわりと近くに来てもふもふの手で奏の頭をポンポンと撫でる。
「いやぁ、面白かったから。うーん、やっぱり難しいね。」
「なんでイメージ通りにならないの?」
「それは奏が重力とか摩擦とか、事象を考えてないからだよ。」
「そんなの考えられないよ。」
「だよね。うーん、そうしたら爆発的な力で飛び出すイメージで魔法を放ってみると言いかもしれないねー。なんかイメージできそうなものがあると良いんだけど…」
「爆発的な…イメージ……」
と、考えて奏はひとつ思いつく。
親指を立てて、小指と薬指を握り、人差し指と中指を伸ばして、銃の形を作る。
「バーン!…って感じ?」
奏は遊び心でやって見せてセツを見る。
バキッ!という音がして、振り向けば枝がひとつ落ちていた。
「え?…え!?」
「おー、出来たじゃん。すごいよ!」
「えー!?こんなんで良いの。原理とかは?」
「いいのいいの。」
「じゃあ、なんで摩擦とか言ったのさ。」
「あれは、最初のイメージだと威力が足りなかったから言ってみたんだけど、これで出来るんだからすごいよ。」
なんだか納得いかない説明だったが、まぁ、出来るようになったから良いかと思い直し、奏は他の魔法でも試してみた。どれも問題ない威力で無事にセツの合格点をもらうことが出来た。
「でもさ、これだと人前じゃ使えないよね?無詠唱って普通の人は出来ないんでしょ?」
「うーん、人間って」
「めんどー。でしょ?それは良いから。」
「そうしたら、魔道具を持ったら?」
「魔道具?」
「うん、人間が使うものなんだけど魔石が嵌め込まれてるんだ。」
「魔石ってこれだよね?」
奏はジャンからもらったネックレスの石を手にして聞けば、セツは縦に頭を振った。
「そうそう。ただこれだけだと、能力向上くらいなんだけどね。」
「ふーん、それって石によって違うの?」
「うん、そうだよー。」
「じゃあ、この魔石だとどんな効果があるの?」
「風の加護が付いているね。」
「風?」
「うん。ある程度の魔法は弾くよ。」
「そうなんだ…」
セツに言われて奏は魔石をまじまじと見つめる。それをニヤニヤ顔で見られていることに奏は気付いて、ハッとなり魔石から手を離した。
「で…ま、魔道具って?」
「あぁ…それは、その魔石を杖とか武器とかに埋め込むんだ。」
「それが魔道具?」
奏が聞けばセツはニヤニヤするのを止めて、こくんと頷いた。
「そう。魔力が数段上がって使う人の魔術を向上させてくれるってわけ。魔力が少ない人でも扱える魔法が増えるんだよ。」
「へぇ…便利ね。ん?ならあのアクセサリーだって同じような効果があっても良いんじゃないの?」
「そこが魔石と魔道具の違いかな。魔道具には魔方陣が刻まれていてね。」
「魔方陣って魔法を発動すると浮かび上がる模様のこと?」
「そうだよー。あれが魔力を魔法に変換する術式なんだ。簡単に言うと、魔道具に魔力を込めると魔石が魔力を増幅させるんだ。それから術式によって魔法に変換される。」
「だから、魔力が少ない人でも魔道具があれば強い魔法が使えるのね。」
そうそうと頷くセツは奏が理解してくれることが嬉しいのか、優秀な教え子をもって誇らし気な教師のようだ。
「ちなみに、魔道具があれば魔力がない人でも魔石分の魔力までなら魔法が使えるよ。」
「なるほど。本当に便利なものね。」
「まぁ、ただ魔石が滅多に手に入らない物なんだけどねぇ。」
「うん?じゃあ、魔道具を使えないじゃないっ。」
今までの話しは無意味だったと思った奏がむぅと口を尖らせれば、セツが話しは最後まで聞く!と、ビシッと肉球を奏に向けた。
「奏は魔力があるから魔石はなくても問題ないよ。魔方陣だけ道具に刻めば良いから、それなら僕でもできる。」
「ああ!理解した!魔道具があれば無詠唱でも変に思われないってことね。」
「やっと分かってくれたみたいだね。…それで、奏は何をイメージして、さっきの魔法が出来るようになったの?それを具現化して、魔道具っぽく作れば良いと思うんだよね。」
セツの言葉に奏はうーんと悩む。
と言うのも、奏がイメージしたのは小型の銃でこの世界に恐らく無いものだったからだ。
「これは、元の世界の武器なの。」
「ふーん。」
「ふーんって、そんなの手に入らないよ。」
「作れば良いじゃん。」
「構造なんて分からないよ。」
「別にその機能がなくても問題ないから、形だけ作ったら良いよ。」
「模型みたいにってこと?」
「模型が分からないけど、とりあえずやってみようよ。それって材料はなに?」
「うーんと金属かな。」
「じゃあ、奏が持ってるコインで出来るよ。出してみて。」
セツに言われるがままに銅貨を数枚取り出す。
「その銃と同じ重量は必要だよ。」
「えー、もったいない。お金は無限じゃないんだよ。」
「でも、ちゃんと作っておかないと、また襲撃された時に魔法使えなくて後悔するよ、きっと。」
そう言われてしまっては奏も後悔したくないので、袋からコインを全て取り出した。そこから銅貨だけを残してセツに見せる。
「じゃあ、僕が魔法をかけるから、奏がその物のイメージをしてくれる?」
「それで良いの?」
「うん、僕は奏と契約してるからね。そう言うことも出来るんだよ。」
そうして2人の共同作業で完成したのが、銃…の形をした銅でできた模型。見た目は奏の想像で作ったので、本物の銃とは違い劣等品だ。手に持ちやすいようにと考えて、キーホルダーみたいに紐を通せる金具まで付けたので、もうオモチャの銃にしか見えない。
「じゃあ、さっそく試してみよう!」
楽しそうに言われれば、奏も試してみたくてウキウキした気持ちで、魔法を発動させた。
結果、木は完全に幹から折れたのだった。
「え…どうして?」
「そりゃあ、そうだよ。僕の魔力を入れた魔道具だもん。上乗せされて発動するからね。」
「そ、それは先に言ってよ!」
奏が銃型の魔道具を使いこなせるようになるまで、奏は5回くらいその木の幹を折ることになった。
最後はしっかりと治癒魔法をかけて、木を元気にしてから街へと戻った。




