第8話 告白
無我夢中で走った。息が続く限り走り続けた。もうグチャグチャだった。何を考えても涙しか出てこない。頭が痛いのも胸が痛いのも全て走る力にして足を動かした。
昼下がり。街道の人通りは少なくない。のんびりとした歩みをする人達の間を押し退けて、奏は郊外に向けてひたすらに走り続けた。
「ハァハァハァ…んぐっ…こ、ここまで…くれば」
大丈夫よね。と、奏が走るのを止めたのは、平民街の宿屋の目の前。もう限界だった。足はふらふらだし、胸は引きちぎれそうな程に悲鳴を上げている。
「一生分走ったよ…」
「そりゃあ大変だったな。」
「もう、ホントに…」
膝に手を付いて息を整えていた奏だが、違和感に言葉が続かず、嫌な予感と共にゆっくりと視線だけを声の方へ向ける。
「よっ。」
「な、なななんでここにいるのよ!」
目の前には宿屋の壁にもたれ掛かるジャンの姿。息ひとつ乱れておらず、待ちくたびれたとでも言いたげに腕を組んでため息をひとつ。
「いや、だって戻るならここしかないだろ?」
「そりゃあそうかもしれないけど…普通追いかけないわよ。」
「えー、急に逃げ出したら追いかけるだろ、普通。」
「放っておいて欲しいって、なんで分からないのよっ!」
八つ当たりだと分かっていても奏はその感情を止めることが出来なかった。そんな自分に嫌気がさして涙が出てくる。
「そんなに俺が追いかけてくるのが嫌だったのか…わりぃ」
「違うわよっ」
「え…だって、そう言った」
「そうだけど、そうじゃないのっ。本当に女心が分からない人ね!」
言い過ぎた。そう思った奏はハッと口元を抑えてジャンを初めてちゃんと見た。彼は困ったように頬をポリポリと掻いて視線を逸らせる。
「あー…それよく言われてんだよなぁ…どうも上手くないらしくてな。どうしたらいいと思う?」
「それ、今の私に聞く?」
「んー、それもそうだな。」
「…そういうところなんじゃないの。」
「すみません。」
馬鹿馬鹿しくなってきて奏は大きなため息をついたら、今までのすべてがどうでも良く感じてきた。
「じゃあ、なんで私があの場からいなくなったか分かってる?」
「…あいつのこと好きじゃなかったからだろ」
「間違いではないけどそれだけじゃ正解じゃない。」
「うーん……ヒントは?」
「今日は私たち何をしてた?」
「デート。」
サラッと答えられてそれはそれでなんだか気恥ずかしさを感じ、奏はそっぽを向く。
「違うのか?」
「あ、合ってるわよ。で?」
「で?って言われてもなぁ…それで偶然、あんたの知り合いに会ったんだろ。あっ、せっかく買ってきた飲み物を渡しちゃったからか!」
「違うわよ!デートだって言ったくせに、結局は他の女の子に…しかも愛美に…鼻の下伸ばしてたからよ!私なんかじゃ貴方に見向きもされないって思い知らされたわ。デートだって言ってくれたけど、そんなの本気じゃないって分かってたもの。だから、私は自分が邪魔だって思っていなくなったのよ!」
奏はジャンの見当違いの答えに腹が立ち、気付けば本音をぶちまけていた。言葉にしてしまったものはもう遅くて、もちろんのジャンの耳にもしっかり届いている。それに対してジャンは緩みそうな口元を手で隠したことにも奏は気が付いた。
「なんで笑うのよ!私怒っているのよ!」
「わりぃわりぃ…いや、そう思ってくれてたんだなって考えたらつい」
「なにが…」と言いかけて、奏は自分の言葉を思い返した。愛美に鼻の下を伸ばしてるジャンに怒って、彼女でもないのに八つ当たりして。これではまるで…
「嫉妬だな。」
思ったことを言葉にされて、奏は頭がパンクした。頬は一気に高揚し熱を帯びる。ボフッと頭から湯気が出そうなほどに熱い。わなわなと震えたのは目の前の男が何故か嬉そうに見えたから。
「なぁ。」
「何よ!」
「怒るなって…」
「怒ってないわ!」
これじゃあ埒が明かないと思ったのか、ジャンは近づいて奏の手を握った。
「な、なにす」
「はい、これ。」
そっと手渡されたのはさっき店で見ていたグリーンの魔石のペンダントだった。
「へ?これ?え?」
完全に混乱している奏に、ジャンはなんてこともないように慣れた手つきで奏の首にかけてくれる。
「お、やっぱり似合うな。俺の見立て通り。」
「え?」
「デートにはやっぱりプレゼントだろ。気に入ってたみたいだったからな。」
「こ、こんな高価なもの…」
「そんなこと気にせず、俺はあんたが笑ってくれればそれで良いんだよ。」
「な、なに言ってるのよっ。は、恥ずかしくないの...そういうこと言ってて...」
「恥ずかしいに決まってんだろっ」
ジャンはそう言うと落ち着かないのか、視線を床に落として後頭部を掻いた。
「だけどよ、こういうのは言葉にするのが大切なんだろう?」
「なんで疑問形?」
「腐れ縁の奴にそう言われたことがあってな…アイツ、顔だけは良いからモテんだよ。だからって、いつもいつも口うるさくて、女の子の気持ちを分かってないだの、こういう時はああしろだの、こうしろだの。煩いんだよ。」
「その人が正しいと思うわ。」
「ヴィオラまでそう言うか...」
ガックリと肩を落とすジャンに奏はフフッと笑う。先程までの嫌な気分は嘘のように消えていた。
「まっ、そう言うわけで今日は付き合ってくれてありがとさん。楽しかったぜ。」
「わ、私もっ!」
「なら、良かった。疲れただろうから、ゆっくり休めよ。んじゃ、また。」
ヒラヒラと手を振ってその場を去るジャンに、奏は彼の気持ちを聞く勇気はなくてそのまま見送った。




