第7話 休息
次の日。奏が宿の部屋から出て食堂に向かうと、前日と同じようにジャンはすでに席に座って待っていた。ただ昨日と違うのは、鎧などの装備がなくて、どことなく余所行きのような服装をしていたこと。
「さっさと食べて、出掛けんぞ。」
「出掛けるって…どこに?」
「そりゃあ、この格好見て分かるだろ。」
手を広げておどけて見せ、奏が首を傾げれば
「貴族街だ。」
と言って、ジャンはへへッと笑った。
奏はジャンに連れられるがまま貴族街へと向かうが、中へ入るには第ニの城壁を通らなければならない。
門には兵士が2人いて、奏たちを睨んで待ち構えていて2人が近づくと、あからさまに嫌そうな顔をした。
「身分証は?」と兵士が尋ねて、2人がそれぞれの身分証を見せる。
そこに書かれた情報―と言っても性別だけだが―それが合っているかの確認だけされる。元の世界なら、考えられないくらい甘いセキュリティだ。
「なんの用で入国する?」
「入国って…平民街だって同じ国でしょ。」
「貴族と貧民が一緒のはずないだろ。お前はなにを言っているんだ?」
「はあ?貴方こそ何言って…」
「悪いねぇ、お兄さんたち。」と、横入りするのはジャンで、怒鳴り付けようとする奏を止める。奏を一歩退かせて、自分はヘコヘコと頭を下げた。
「コイツは新入りでさ。まだ知らないことが多いんですよ。申し訳ない。今日はとある御方の依頼で参りました。」
そう言われれば兵士たちは、あまり関わりたくないのか、文句を言いつつもさっさと門を通してくれた。
意外にあっさり通れることに奏が驚いていれば、ジャンは「これだよ。」と、身分証を指す。
「これには魔力を無効にする魔封じがかけられてんだ。ある特定の条件で、発動するようになっててな。この貴族街では一切魔法が使えないようになってんだよ。」
「これにそんなの効果が?」
不思議に思ってカードを見ても、奏には良く分からなかった。気になってセツを見ると「そうだね。」とだけ返ってくる。
「もちろん、武器なんて持っては入れないから、あいつらは庶民が反乱するとか考えてないんだよ。」
「なるほどね。普通、こんなに貧民だって差別してたら、暴動が起きそうだと思うから、不思議だったのよね。」
「ちゃんと仕組みがあんだよ。…まぁ、本当はこんなのないのが一番なんだけどなぁ。」
そう言ってジャンは空を仰ぐ。つられて奏も空を見上げれば、どこまでも広がり青く澄んでいた。
「ショックか?」
「うん、そうね。」
ジャンが頭の後ろで腕を組んだまま奏に視線を移す。
「普通ならそんなこと考えもしないだろうよ。庶民がどう生きてようがさ。」
「それってどうなの?」
「どうって?」
「だって、その庶民がいなきゃ下働きを雇えないでしょ。それに高価な服だって糸がなきゃ作れないわ。薬品だって薬草がなきゃ調合できない。
綿花を育てるのだって、薬草採取だってそれらは全て彼らがやっている仕事よ。貴族なんて下手をしたら、彼らがいなきゃ生きていけないじゃない。」
ジャンに当たる訳じゃないが、奏の口調は強くなってしまう。それを受け流すようにジャンは再び空を見上げる。
「そうだな…だけどそういう風に考える人間は少ないんだ。それに逆を言えば、良い貴族がいると思っている庶民も少ないだろうな。」
空と同じ色の視線がじっと奏を捉えた。
「あんた、庶民街にいる奴らが優しいって思ってるだろ。」
「え、ええ、親切な人ばかりよ。」
「それはあんたのことを庶民だと思っているからさ。これが貴族だったら険悪の中からのスタートだよ。」
「そんな…」
「まぁ、今さらバレてもあんたの扱いは変わらんと思うから安心しな。何が言いたいかって言うとだな…大切なのはきっかけだ。嫌だと思っている相手には優しく出来ないもんだ。でも、あんたの内面を知ったあいつらなら、あんたが貴族だろうがもう態度は変わらねぇよ。いや、変えられねぇ、って方が正しいな。あいつらは不器用なんだよ。」
「う、うん。」
ホッとして奏が頷けば、ジャンが続ける。
「まぁ同族には警戒心がないから、最初から優しいんだよ。」
「同族って…どちらも人間よ。」
「だな、おかしいよな。」と笑って言うジャンはどこか寂しそうな顔をしていた。
“人間って変な生き物だよね。”
頭に響いた声に視線を上げれば、ふよふよと飛んでいたセツが瞳を輝かせている。
“変って…”
“だって種族としては弱種なのに、仲間割れをして団結していないじゃないか。こんなの強種に目をつけられたらすぐ滅んじゃうね。”
愉快そうなセツに奏は冷たい視線を送るが、セツはもちろん気にする様子もなく大きなあくびをした。
「…それで、ジャン。どこに向かっているの?」
「ああ、服屋だよ。」
「服屋?」
「まぁ、流行らなくなった、余り物の服を回収しに行くんだよ。」
回収という言葉に疑問を感じたが、奏はその場所に着いて理解した。そこは確かに服屋なのだが、店の中ではなく店の外のゴミ置場だった。
「捨てられた服の回収って意味ね。」
「まぁな。とりあえず、これが今日の仕事だよ。街探索はその後だ」
「えっ…」
さっき話した感じから自分たちが貴族街にいることは良くないことだと思っていたから、奏は虚をつかれる。それをジャンは違う風にとらえたのか、不貞腐れたような子供っぽい表情になった。
「なんだよ、俺みたいな奴と一緒は嫌ってか?」
「そ、そうじゃないよっ。そうじゃなくて…」
「いやぁ、その驚き方はどう見たってそういう…」と言いかけて、ジャンは何かに気がついたように、ニヤリと悪戯な笑みを見せた。
「それともデートって言って欲しかったのか?」
「ち、ちがっ」
「その慌てようは疑わしいな。」
うつ向いた顔を覗き込まれて、奏は戸惑う。こんな茶化され方をして、頬が赤くならない訳がないのだ。
「もう!からかわないでよっ。」
「悪いね、こういう性分なんでね。」
反省ゼロでジャンは捨てられた服を漁り始める。使えそうなものを仕分けては、袋に詰め込んでいく。
そんなジャンの背中を奏は見つめた。
失恋して間もないと、異性の優しさにすぐもたれ掛かってしまうと言うが、本当にそうなりそうで奏は嫌だった。
それは何よりジャンに申し訳ないと思ったから。
まだ出会って数日しか経っていないし、彼の事をなにも知らない。話の感じから、妻を亡くしているのは分かるが、それがいつの事なのかまでは分からない。そしてなにより、それを聞くことすら躊躇うような関係でしかないのだ。
だけど彼に惹かれている自分がいた。こんなにも心の移り気が激しかったかと思うが、そうじゃないと思う。理由は分からない。だけど、彼とはもっと前から会っていた。そんな気がするのだ。
「おっ、これなんか良さそうじゃねぇか?」
パッと広げて奏に見せる服は、まだ若い令嬢が着るようなフリル付きで明るい色のドレスだった。
「確かに可愛い服ね。」
「だろ。じゃあ、はい。」
渡されて奏が戸惑うと、ジャンはニッと笑う。
「ここに来た特権だ。あんたが着たら良いよ。」
「え…いや、私には似合わないよ。こういうのは、もっと可愛い子が着るものだよ。」
奏は無理だと頭を振って押し返す。
「可愛い娘って…何言ってんだ。俺の見立てに間違いないねぇ。」
自信満々のジャンに奏は押し負けて、その服を受け取った。
「さて、こんなもんかね。」と、持ってきた袋がパンパンになるまで詰め込んだジャンは満足げだ。
奏は受け取った服だけを持ってジャンの後をついていく。
「私、来た意味ある?」
背中を追いかけつつ、そんな言葉が出る。
うん?と立ち止まり振り向くジャンは、少し首を傾げて不思議そうな顔をした。
「気分転換になるだろ?」
「え?それだけ?」
「他に理由が必要か?」
当たり前のように返されて、奏の方が戸惑ってしまう。
「あー、それとも貴族街は嫌いだったか?」
「そういう訳じゃ…」
「じゃあ、せっかくだ楽しもうぜ。」
そう言ってジャンはニヤリと悪戯な笑みを浮かべた。
ジャンに連れられてやって来たのは、貴族街にある宿屋。もちろん、どこからどう見ても貴族には見えない2人を、宿屋の店主は冷たい視線で迎える。
だけどそんな事など一切気にせず、ジャンは宿屋の店主に何かを耳打ちした。
すると、一瞬驚いた様子だったが、店主は急に恭しい態度になり、部屋へと案内してくれる。
部屋はこれでもかというくらい上等で、一級のホテルよりも豪華なのではないかと思うくらいに広い造りだった。家具の一つ一つがとてもきれいに手入れされている。
ガラス細工や金銀の装飾品も見事で、奏はぽかんと部屋を眺めていた。
「どうだ、すごいだろ。」
「え、いや。すごいけど、どうして?」
「秘密です。」
口元に指を当ててウインクするジャンはキザっぽい。
そんな彼をジーッと見つめれば、ジャンは白状するように口を開いた。
「詳細は言えねぇけど、貴族も金に困ってるって訳さ。」
つまり、金で解決した。と言うことらしい。
なるほどね。と思いつつ、奏が部屋を見て回っていると扉が叩かれる。
入ってきたのは、シルクハットを被った40代くらいの男性だった。何事かと思えば、彼のあとに続いて従業員たちがそれぞれ服を手にして入ってくる。もちろん先ほどのゴミ置場で拾った服ではない。全てが新品だと分かるようなシワひとつない逸品ばかり。
どういうことなのか分からず奏が混乱していると、シルクハットの男性が恭しくお辞儀をした。
「どうもこの度は仕立て屋ジャレッティエーラを、ご利用いただきありがとうございます。普段着をご所望と伺い、持参致しました。お嬢様、どうぞご覧くださいませ。」
店主の言葉に、奏がジャンを見れば「どうぞごゆっくり」という言葉が返ってくる。奏は困り果ててセツを探せば、窓際で気持ちよさそうに日向ぼっこをして寝ていた。
奏は助けを求めるのを諦めて、仕方なく用意された服を眺める。
どれもが一級品と分かる作りをしており、手触りが良さそうな布を使用していた。デザインは好みのものから派手過ぎると思うものまで、多種多様だ。
「どうぞ、お手に取ってご覧ください。」
店主に言われて恐る恐る触れれば、やはり滑らかで触り心地が良いと奏は思う。
「お嬢様はどういったものがお好みでしょうか?」
「そうですね…あまり、派手じゃないものかなぁ」
「では、こちらなどいかがでしょうか?」
すかさず従業員に指示を出して、一着の服を持ってくる。
それは、クリーム色のワンピースでフリルなどは一切ない、とてもシンプルなデザインをしていた。唯一派手だと思うのは、同色の大きなリボンが背中に付いていることくらいだろうか。腰の所には薄めの緑色のラインが入っていて、きゅっと締まって見えるのも良いと奏は思った。
「可愛いですね。」
「では、試着の準備をいたしましょう。」
「えっ!?」
「他のものに致しますか?」
「いえ、そうではなくて…」
ごにょごにょと言い淀めば、店主は従業員に試着の準備を進めさせる。奏は促されるがまま別室に連れていかれ、従業員たちにあれやこれやと着せ替え人形のように服を着せられる。ついでにと、髪型や化粧まで施されて、奏は元の部屋に放り出された。
「おお!大変お似合いでございます。」
店主の感激した声に奏は居心地が悪くなる。お世辞にも程があると、自分の胸元から足元まで眺めるが、似合っているとは到底思えなかった。鏡を見ていないから余計にそう思うのだろうが、自己評価の低い奏には落ち込む要素しかない。
「旦那様はいかがでしょうか?」
店主がジャンに振ったので、奏は思わずそちらを見て目がバッチリと合って後悔する。
また馬鹿にされると思ったからだ。
だけど、返ってきたのは意外な反応だった。
「へぇ…良いんじゃないか。」
悪戯な笑みでも、からかうような顔でもない。
ギョッとして驚いたジャンは視線が合うと顔を背けて、手で顎を擦るような仕草をするのだ。それは誰が見ても奏の姿に見とれていたのを隠した様にしかみえないのだが、奏にはその心理を読み取ることが出来なかった。
「やっぱり似合ってないよね。」
「ちがっ…って、なんでそーなんだよ!」
「だって私、地味だもん。ジャンだってそう思ったんでしょ」
「そんなこと言ってないだろ……ったく、なんでそんな自己肯定低いんだろうね」
え?と、奏がジャンを見れば再び視線が合う。すると彼は「ふう…」ため息をついた。
「似合ってる。可愛いよ。」
「へ?」
「良いんじゃない?お洒落してデートも。」
「デート?」
「そ、デート。じゃ、俺もあんたの横に立つのに相応しい格好してくるわ。」
そう言ってジャンはひらひらと手を振って、部屋から出ていってしまった。
残された奏は、ジャンの言葉を理解するまでに数秒かかり、彼女の顔が薔薇のように真っ赤に染まる頃にジャンの姿はとうにいなかった。
それを店主が見て、穏やかに笑う。
その後、少しして戻ってきたジャンは、擦れた服ではなくピシッとしたグレーのジャケットに清潔感のある白のシャツ姿で、奏の服に合わせたネクタイは緑色と貴族が着るようなしっかりした格好をしていた。
そして、戻って来るなり奏の手を引いて外へと連れ出した。




