第27話
足が震えはじめる。
咄嗟に両手で口を押さえた!
「あれは……!」
目を眇めてよく見ると、それはダニエル・リードだった!
オリバーではなかったという安堵感と共に、ノアの安否が気遣われた。
ノアはどこにいるの?
「まったく……悪い女だ、君は!」
「フフフフ……あなたほどじゃなくってよ?」
「いろんな男のこどもを産んで、それを国王の子だと偽るなんて! 悪女以外の何者でもないぜ?」
「肝心の国王との子が出来なかったんだから仕方がないでしょ? なのに外国から来た小娘に先を越されるなんて! くやしいわ……!」
「他の愛妾たちのことは気にならないのか?」
「もちろん、気に入らないわよ! あとからきたくせに、寵姫のわたしを差し置いて先に認知されるなんて! 特にネル・グウィンには我慢ならないわよ! 平民の出のくせに! 知ってる? あの女の館の地下には、王城と通じる抜け道があるのよ! あの女はいまだにそれを使って国王に会いに行ってるわ! オリバー・リードがそれをぜんぶ手引きしていたとはね! あの男には、いっぱい食わされたわ!」
「おれがぜんぶ調べてやったんだぜ? オリバーは、ここにも定期的に来ていたんだろ? あんたと関係があったってもっぱらの噂だぞ」
「冗談はやめてよ! あの男はリチャード王からの書簡と近況報告に来ていただけ! 魅力的な男だけどすごい堅物よ! それに、国王の身近な者に手を出したりしたら、さすがのわたしでも寵姫の立場を剥奪されるわ。息子の認知が済むまで、それだけは避けたかったのよ」
「息子、息子! よっぽどみんな、子供がかわいいんだな?」
「あなたは? クロエとの間に女の子がいるじゃないの?」
「あれはおれの子供じゃない。オリバーの脅迫に使っただけだ。もっとも、オリバーは脅そうが罠にはめようがいっこうに陥落しなかったけどな。ほんとにあいつは堅物だよ! こんな美女たちを相手にしても、いっこうになびかないんだからな! あいつから金を巻き上げる作戦はやめて、ノアを人質に脅すことにした。あんたのためにルーシー・ウォルターの父親をハッキリさせてやるよ」
「引き換えに国王が出し渋っている叙爵や年金を巻き上げてやるわ! わたしを警戒してルーシー・ウォルターは警護を増やしているわ。あの女のお腹にいるのは絶対オリバー・リードの子じゃない! リチャード王の子よ!」
――ガタッ!
「あら? なにかしら?」
「なんだろう? 見てくる」
もときた道を大急ぎで走った。
ガタガタと膝が震える。
ルーシー・ウォルターのお腹には国王の子が宿っている!
こんな重大な案件を耳にしたいま、見つかったらタダではすまないだろう。
場合によっては殺されるかもしれない。
「ハアハア……」
出口の明かりが見えてきた。
追ってくる気配はない。
「よかった……」
ドアを開けて1歩踏み出した。
「…………!」
誰かがわたしの手首を握りしめた。
うしろを振り返る。
「クロエ……!」
目の前にクロエが立っていた!
うしろに数人の警備兵を従えている。
「エマ……いい度胸してるじゃない? 裏門はわざと開けておいたのよ。あんたが引っ掛かるとはね……。観念しなさい!」
「ハアハア……ノアは? ノアはどこなの! 会わせてちょうだい!」
「その偉そうな態度……こっちよ!」
「…………っ!」
クロエは憎々しげな表情でわたしの手首を握りしめると強く引っ張った。
わたしは警備兵に回りを取り囲まれながら、庭園の隅にある東屋へと連れていかれた。
「ノア!」
「ママー!」
ドアを開けるとノアが飛んできた!
奥の椅子にいつかのナニーに抱かれたキャロルがいた。
2人ともひどく怯えている。
わたしはノアを抱いたまま2人のそばまで行き抱きしめてあげた。
2人とも泣いていた。
「ハアハア……クロエ……なんてひどいことを……! 自分の子供でしょう?」
「ちがうわ。知らない子よ」
「なんですって! あのときのお腹の子は? どこにいるの?」
「お腹の子ですって? あんたはいまだにわたしがあのとき妊娠してたって思ってるの? ちがうわよ! あれは嘘! ああでも言わないと、あんたはあのときわたしたちの言うことを聞かなかったでしょう? 結婚式が近づくにつれて太っていったのは、初夜の悩みが消えて安心して食べ過ぎたせいよ? まさか直前に、ダニエルと逃げ出すことになるとは思わなかったけどね? 一緒に逃げないと、騙し取ったリード家の財産をダニエルに持ち逃げされそうだったのよ」
「なんてことなの! あなたはひどい、人でなしだわ! 何度もわたしを騙して……! だったらこの子は? キャロルはどこの子なの? だからマミー、マミーと泣いて……かわいそうに……」
「よその子の心配をしている場合? あんたたちはバーバラ・パーマーに捕らわれているのよ!」
「お義母さまは? どこにいるの?」
「難波船と共に行方不明だって言ったでしょ? わたしのほうが教えて欲しいぐらいだわ!」
「では……お義母さまが見つかったという話は嘘なのね? なんてこと! クロエ、いままでどこにいたの?」
「ずっとここにいたわよ? ダニエルも! もっとも、彼はバーバラ・パーマーの愛人のひとりだけどね?」
「あなたは窃盗容疑でバーバラ・パーマーから侍女をクビになったと聞いたけど……」
「だからこの東屋に居るんじゃないの? ダニエルがこっそりここに住まわしてくれているのよ。バーバラ・パーマーって、すごいケチなのよ? 彼女の宝石を売りに出しただけで侍女を辞めさせられたわ。あんなにたくさんの財宝を持っているくせに! でも、わたしの罪を公にはできないわよね? あのときネル・グウィンを狙ったのはバーバラ・パーマーの手下ですもの! わたしもその片棒を担がされたのよ? もっとも、国王もバーバラ・パーマーの仕業だってわかっていたけどお咎めなしだったわ! 男はみんな、彼女に弱いのよ!」
「クロエ……外国でダニエルに騙されて借金させられたって話も嘘なの?」
「それだけは本当よ! そのあと苦労してパリを出たわたしは嵐でお母さまを失くしイングランドに戻ったってわけ。あらゆる手立てを使ってダニエルを探したら、昔の愛人バーバラ・パーマーを頼ってこの西の離宮にいたわ。ダニエルに頼んで侍女にさせてもらったわ。それにしても……オリバーさまはキャロルがあなたの子よって脅迫してもいっこうに動じなかったわね。エマは島からイングランドにやってきてしまうし! 反対にあんたとの絆を深ませてしまったみたい。逆効果だったわ。愛って障害が多いほど燃え上がるってこと、わたしもダニエルも忘れてたわね」
「クロエ……こんなことやめない? 島でまっとうに暮らしましょうよ!」
「島? 島ですって? いやよ! あんな貧しい島! あんた、パリの華やかさを知らないんでしょう? いちどあんな生活を知ったら、イングランドの陰気な曇り空なんか見たくなくなるわよ! あんな島で生活するぐらいなら、高い塔の上で一生暮らすほうがよっぽどましよ!」
クロエのすごい剣幕に、子供たちが顔をこわばらせ黙り込んでいる。
それほどクロエの顔は狂気に満ち醜く歪んでいた。
義理の妹はこんなにも心が荒んでしまったのかと、改めて悲しくなった。
「……これから、どうするの……?」
「ここで大人しくわたしといなさい! バーバラ・パーマーがオリバーさまを脅して国王から金品をたっぷり巻き上げるから! わたしたちもそれにあやかって、またパリに逃げるのよ。ああ……華の都……一刻も早く飛んで行きたい!」
クロエの頭の中は遊ぶことで一杯だった。
今の彼女に何を言っても無駄だろう。
わたしたちはただ黙ってジッとしているしかなかった。
しばらくすると1頭の速駆けする馬の蹄の音がしてきた。
裏門のあたりで止まった。
オリバーかもしれない。
すぐに警備兵たちが飛んでいった。
「おとなしくしろ!」
「なにをする! 離せ!」
――ドカドカドカドカッ!
――バンッ!
ドアが開き、オリバーが警備兵に囲まれてやってきた。
「オリバー!」
「パパー!」
「エマ! ノア! 無事か?」
すぐに飛んでいって、ノアとオリバーに抱きついた。
よかった。
この腕に再び抱きしめてもらえるとは思わなかった。
「オリバーさま、覚悟はよろしくて?」
「クロエ! どういうつもりだ? 重罪だぞ!」
「あなたさまがキャロルの養育費を払わないからこんな事態にまで発展したのよ!」
「おまえが持ち逃げした我が家の財産が充分すぎるほどあったはずだ! 使ってしまったのなら、それはおまえの勝手だろう!」
「ずいぶん強気だな? こっちはルーシー・ウォルターの子供の父親の証拠となる品を押さえてあるんだぞ!」
クロエに詰め寄るオリバーのうしろから、ダニエル・リードが現れた!
「ダニエル! やはり、貴様の策略か!」
「1人で来るとは賢いな。我々の意図がわかっているとみえる……」
「数日前、王城の書庫が荒らされた。ルーシー・ウォルターと国王の書簡だけが盗まれた。彼女の周りで警戒を強めていたが、まさかノアが狙われるとはな……。あいかわらず貴様はずるがしこいな!」
「頭が良いのはお互いさまだろ? 交渉の余地があると思ったから、1人で来たのだろう? そのとおりだ! ノアとエマを返して欲しくば、バーバラ・パーマーの国王に対する要求をすべて呑むように王族どもを説得しろ! 城に戻りすぐに証文を取ってこい! そうすれば、ルーシー・ウォルターのことも公にはしないでおいてやる」
「なんだと! 貴様というやつは……! くそうっ!」
オリバーが歯軋りしながら、憎しみを込めた目をダニエルに向けた。
ダニエルは横目でフフンと笑いながら、ドアを開け放した。
回りを屈強な警備兵に囲まれ、オリバーは言いなりになるしかなかった。
「エマ……すまない……こんなことに君とノアを巻き込んでしまって……」
「オリバー……わたしこそ、ごめんなさい……。余計なことをしてしまったわ……」
「いいんだ、君のせいじゃない。ノア……いい子で待っていなさい」
「うん! パパ! これ!」
「なんだ……おや? これは……?」
ノアが、オリバーが幼い日に描いたゾーイの絵を差し出した。
「ママが結婚のお約束をした人が描いた絵だよ!」
「そんな……おお……エマ……では、君こそが……」
「オリバー……」
オリバーの瞳に涙と共に光が灯りはじめた。
わたしの嘘が許された瞬間だ。
偽りの花嫁の汚名が返上できた。
「オリバー! 早くしろ……! ウウッ!」
――ガタアーンッ!
「たいへんだ! ダニエルさまがーっ!」
「きゃああー! ダニエル!」
ダニエルがとつぜん倒れた!
オリバーがすかさず剣を抜き、あっという間に警備兵たちをなぎ倒していった!
何が起こったかわからぬまま、必死でノアを抱いたままキャロルの上に覆いかぶさり2人を守った!
あたりがシーンと静かになった。
恐る恐るうしろを振り向くと、部屋の中央にクロエに剣を突きつけたままのオリバーが立ちはだかっていた。
警備兵たちは全員、床に倒れている。
そのうしろ、開け広げられたドアの向こうには、血のついたナイフを持った例の赤毛の娼婦が俯いたまま佇んでいた。
彼女の足下には背中から血を流し倒れているダニエルの姿が。
なぜ、彼女がここに?
なにがなんだかわからずに、皆がかたまったまま動けずにいた。
そのとき。
――ドカドカドカドカーッ!
「オリバー! 無事かー!」
ウィンター公爵が東屋に走り込んできた!
「ううっ……」
「おや? 彼は……?」
「従弟のダニエル・リードだ。その前に、ボバリー夫人を確保してくれ。彼を刺したのはその娼婦だ」
「ボバリー夫人ですって! なんで?」
いままで黙っていたクロエが叫びはじめた。
「おまえは黙ってろ!」
オリバーがクロエの首に剣を突きたてた。
クロエは黙り込み、赤毛の娼婦を睨んだ。
娼婦が顔を上げた。
たしかに、以前リード家の隣りに住んでいたボバリー未亡人その人だった!
4年前に宿屋の廊下でわたしの背中を蹴り上げた女。
今回なんどもわたしの前に現れていた。
「わたしを……つけていたの?」
「エマ・リードを? ちがうよ! 劇場の裏でクロエ・カーライルを見かけて以来、ずっと追っかけてたんだよ。この太った女は、どこにいても目立ってたからね! 何かおかしいと思い、4年前のことをいろいろと調べあげたんだ。あの宿屋にも確認に行ったよ! そして確信した。わたしとエマ・リードは、ダニエルとクロエに騙されていたんだってね! 特にダニエルは許せなかった。わたしの散財のほとんどは、ダニエルにつぎ込んだものだったからね! いつかこいつを殺すのがわたしの生きる目的となっていた……フフ……アハハハハハ……!」
ボバリー夫人は泣きながら笑っていた。
ウィンター公爵がバーバラ・パーマーに直接交渉をして、王城に遣いをやった。
すぐに衛兵たちがやってきた。
「衛兵! 夫人とクロエを連れていけ! 尼僧院の塔の上に幽閉して一生出すな!」
「オリバーさま……! それだけは……! どうか、ご慈悲を……!」
「だまれ! 貴様は数々の虚偽と共に誘拐の容疑が掛かっているんだぞ! それだけじゃない! おれの婚約者というのも嘘だったのだろう!」
「それは……」
「クロエ! 誘拐ってどういうことなの?」
「キャロルは……船が難破したときに拾った子なのよ。金髪で碧い目をしてたから、自分の子だって嘘が吐けると思って連れてきたの……」
「おお……なんてことを……!」
「その子はフランスの公爵の娘だ! ずっと捜索願いが出ていたんだぞ!」
ウィンター公爵が口を開いた。
彼が言っていた誘拐された子供とはキャロルのことだったのだ。
クロエとボバリー夫人はウィンター公爵と衛兵たちに連行されていった。
瀕死のダニエルも運ばれていった。
キャロルもナニーと連れていかれた。
これからフランスに送還してもらい、本当の両親と再会できるそうだ。
「オリバー!」
「パパー!」
「エマ! ノア! ふたりとも無事でよかった!」
わたしたちは抱き合い、無事をよろこびあった。
「あなた……勝手なことをしてごめんなさい……」
「いいんだ。ノアのために来たのだろう? 君がいなかったら、こういう結果にならなかったかもしれない。おれもノアの命が心配で、ウィンター公爵にしか誘拐の話を伝えられなかったんだ。どうもありがとう」
「パパー! 恐かったよー!」
「ノア……よくがんばったな。それとノア……この絵はおれがむかし描いたものだ。ママの初恋の婚約者はおれなんだよ。エマ……それが正解だろう?」
「ええ、オリバー……そうよ……そのとおりだわ」
わたしは涙を流していた。
オリバーも。
――リーンゴーン、リーンゴーン……。
抱きしめ合う3人の耳元に教会の鐘の音が聞こえてきた。
ようやくわたしの汚名が晴れた。
わたしはやっと、偽りの花嫁からオリバーの真実の花嫁になることができたのだ。
◇ ◇ ◇ ◇
ダニエルは瀕死の床でオリバーにいままでの罪を懺悔した。
それにより、4年前にオリバーが熱を出した晩のことや初夜の誤解が解けた。
オリバーとわたしの間に横たわっていたダニエルとクロエの企みがすべて氷解したのだ。
わたしからも詳しく説明と懺悔をしてオリバーに許しをもらった。
オリバーからも許して欲しいといままでの謝罪をされ、わたしはそれを受け入れた。
ダニエルは一命をとりとめた。
リード家は彼を許し国外へ追放した。
バーバラ・パーマーは今回の件でとがはなかったが、寵姫の立場から陥落し借金を作り国外へ逃亡した。
パリでダニエルと再会し一緒に暮らし、その後亡くなったそうだ。
クロエやボバリー夫人ともあれきりだ。
どこかの尼僧院で高い塔の上に幽閉されているそうだ。
キャロルは無事フランスの両親のもとへと、とどけられた。
クロエがキャロルを連れ去ったのは、オリバーの子として利用しようという理由はもちろんだが、それだけではなかったのだろう。
クロエは嵐の海で母親を失くした寂しさを埋めようとして、両親とはぐれたキャロルを連れまわしていたのかもしれない。
オリバーはウィンター公爵に頼まれ、リチャード王の愛妾たちと付き合うフリをさせられていた。
その間に議会派に緊急に切るように迫られていた愛妾たちの存在を、彼女たちの最後の願いを聞いてやりながら順番に絶っていく計画だった。
国家機密だったため、妻のわたしにさえ口外はできなかったそうだ。
ケルアイユ公爵夫人はカトリックだったため議会派と真っ向から対立していた。
国王自身もカトリックに感化される傾向にあった。
ケルアイユ公爵夫人をなんとか宥めすかしてフランスに帰国させた。
それによりプロテスタント系の議会派がだいぶ落ち着いてくれたそうだ。
ルーシー・ウォルターの妊娠は予期せぬ出来事だった。
舞踏会で彼女にひとめぼれした国王がその晩に関係を持った。
艶福家らしいリチャード王の困ったハプニングだった。
だが、ルーシー・ウォルターはプロテスタントで血筋は王族だ。
そのため国王の跡継ぎを産む女性として王党派、議会派の両方から白羽の矢が立った。
ルーシー・ウォルターは暮れに無事、男の子を出産した。
リチャード国王はすぐにその子を認知した。
ルーシー・ウォルターとその息子は、今も東の離宮に住んでいる。
その後ルーシー・ウォルターはパリで早世するのだが、その息子は国王の跡継ぎとして後の革命の際、重要な立場を担う存在となった。
ネル・グウィンはルーシー・ウォルターに愛妾としての地位を奪われたが、その後も国王の元に死ぬまで寄り添った。
彼女は国民に人気のある敬虔なプロテスタントだったので、議会派も譲歩したそうだ。
一途な彼女らしい人生だった。
◇ ◇ ◇ ◇
――ワン! ワンワン!
「ママー! ゾーイ!」
「ノアー! ここよー!」
「エマ! 元気だったか!」
「オリバー! あなた……」
あれから1年が過ぎた。
丘の上でデイジーの花冠を作っていると、オリバーとノアがやってきた。
革命はオリバーたちがなんとか食い止めたため、わたしたちは外国へ逃げずにすんだ。
わたしは島にもどり当主として島民たちを見守っている。
オリバーは政治に関わることを辞めプラントハンターとして世界中をノアと旅している。
珍しい植物を見つけては王立植物園に持ち帰るために帰国する。
リード一族はそのままパリで暮らしている。
わたしもクリスマスにオリバーとノアと一緒に訪ね皆に歓待された。
3年前の家出の不実をお詫びして、なつかしい親交を再会した。
オリバーの両親もセバスチャンも元気で、ノアをとても可愛がってくれた。
ウィンター公爵もときどきニットの買い付けに島を訪れる。
彼の指図で島はいまだに衛兵に守られているし、ギルドにも所属していない。
ウィンター公爵が実際はどういう人物なのかはいまだに謎のままだ。
ジャックとメアリーも元気で、相変わらず仲睦まじく暮らしている。
今度、待望の第一子が生まれる。
わたしもオリバーもとてもたのしみにしている。
今日は久々にオリバーとノアが島に帰ってきた。
オリバーがノアのために飼ってあげた白い牧羊犬ゾーイがデイジーの花畑を駆けめぐり2人を歓迎している。
――ワン! ワンワン!
「エマ!」
「ママー!」
「オリバー! ノア!」
わたしは2人と抱き合い、よろこびに胸を湧き上がらせる。
2人のために作ったデイジーの花冠をそれぞれに被せてあげた。
――ミャウミャウ、ミャウミャウ……。
「エマ……幸せかい?」
「ええ! あなたは? オリバー?」
「もちろん幸せだよ。愛する人が幸せなら、おれはそれだけで幸せなんだ。おまけに、好きな仕事ができて愛する家族がいる。これ以上を望むかい?」
「ええ、わたしもよ! わたしも愛するあなたが幸せなら、それだけで幸せだわ!」
「エマ……初めての愛の告白だな……愛されていないかと心配してたよ!」
「まあ……! オリバーったら!」
「パパー! ママー! ぼくもー!」
「ハハハハ! そうだったな、ノアもいたな!」
「ノアも幸せ?」
「うん! ゾーイがいるから!」
「こいつー! 言うようになったなー! ハハハハ!」
キラキラと光る遠い水平線に想いを馳せる。
2人がいたからわたしはここまでやってこれた。
島民と2人のためにわたしはこれからも生きる。
白い犬にじゃれつくわが子とわたしを抱きしめるたくましい腕の持ち主オリバー。
わたしはいまデイジーの花冠の下で、幸せの真っ只中に生きている。
(偽りの花嫁 ~デイジーの花冠の下で~ おわり)




