第7話 『エリュシオンの盾 』
祝祭の戦場 7:『エリュシオンの盾 』
【英雄の姿】
活気溢れる街並みを、威風堂々と歩く筋骨隆々の男がいた。
年齢は三十五歳前後。若く美しい姿の多い同調者の中では珍しい、成熟した大人の男の渋みを湛えている。
その佇まいから溢れ出るのは、幾多の死線を潜り抜けてきた歴戦の勇士たる凄み。
すれ違う人々は彼を見つけるなり、畏敬と親しみを込めて口々にその名を称えた。
「おい、見ろよ! エリュシオンの盾だ!」
「俺たちの英雄、マグナス様だぞ!」
そんな彼の傍らには、一人の赤い髪の少女――デイジーがちょこんと寄り添って歩いている。
彼女こそがマグナスのマスターだった。十三歳という若さで卓越した資質を発現させた希少な存在であり、周囲からの期待も大きい。
「パパ、すごい人気だね」
「デイジー、お前の存在が私に力を与えてくれるからだ。いつもありがとうな」
そう言ってデイジーの頭を優しく撫でる彼の表情は、戦場で見せる圧倒的な厳格さとは別人のように温穏だった。
【父の影】
デイジーは幼い頃、大好きだった実の父親を疫病にて失っていた。
同調者をこの世に創造する際、彼女が心の中で強く、必死に思い描いたのは――かつて自分を愛してくれた父親の面影だった。
その強い思念に応えるように現れたマグナスは、亡き父に酷似した容姿を持ち、デイジーにとって再び「父」と呼べる存在となったのだ。
創造された直後、デイジーはマグナスに「主従」ではなく「親子」として接することを涙ながらに望んだ。
『マスターじゃない! デイジーって呼んで! あなたは、私のパパなんだからね!』
『そうは言っても、私とマスターは本来、厳格な主従関係なのだが……』
『私が、それでお願いって言ってるの!』
「これは参ったな……」と、強面の顔を困らせて戸惑いながらも、マグナスはその我が儘を優しく受け入れた。
それから数ヶ月の時を経て、彼にとってデイジーは、契約上のマスターから「命に代えても守るべき実の娘」へと変わっていった。
「パパ! 今日は私の新しい服を見に行くって約束したじゃない!」
「ああ……す、すまんデイジー、忘れていたわけではないのだ。ただ、お父さんはそういう洒落たものにはとんと疎くてな……」
「パパは私が選んだ服が似合うかどうか、隣で見ててくれるだけで良いんだよ! ほら、行こっか!」
堂々たる巨躯の武人が、小さな娘に袖を引かれてたじたじと振り回される姿は、周囲の目にもこれ以上なく微笑ましい光景に映っていた。
【戦場の苦悩】
しかし、ひとたび戦場に赴けば、現実は過酷だった。
マグナスが構える巨大な大盾――それこそが、デイジーとの魂の絆を示す結晶、フェイトチャームそのものだった。
本来は首飾りなどの装飾品の形をとることが多い絆の証が、彼の元では「盾」の形を成していること自体が、彼の本質を表している。
盾を構えて一気に突進する「ウォールストライク」で敵の陣形を粉砕し、自らの肉体を盾として仲間を守る。
だが、先の激戦は苛烈を極めた。マグナスが身を挺して奮闘したものの、力及ばず、数人の仲間が彼の目の前で命を落としてしまった。
「あれほどの軍勢だ、あなたがいなければ全滅していた。誰もあなたを責めやしない」
生き残った仲間たちは誰もが、傷だらけのマグナスに深く感謝していた。
だが、マグナスは血が滲むほどに拳を握り締め、泥まみれの戦場に立ち尽くしていた。
彼は自らの無力を、弱さを、激しく責めていた。
「仲間を……守れずして、何が『盾』だ……!」
【大神殿の儀式】
エリュシオンの厳かな大神殿。
そこには、悲壮な決意を固めたマグナスと、彼を心配そうに見つめるデイジーの姿があった。
「パパ、やっぱり私と魂の同調を……。そうすればパパはもっと強くなるでしょ?」
魂の同調の秘術。それを行えば同調者の能力は跳ね上がる。だが同時に、戦場で受ける痛みや恐怖、最期の死の苦痛さえも、感覚の共有によって幼いデイジーに背負わせることになってしまう。
マグナスは優しく、しかし断固とした態度で首を振り、娘の言葉を遮った。
「デイジー、お前にはただ健やかに、生きてほしい。たとえ私が戦場で消えることがあっても、お前には幸せになる権利がある。この戦いの苦痛は、私一人だけで背負うものだ」
神殿の奥から、神官の厳粛な問いかけが響く。
「本当に、良いのだな? フェイトチャームの『復活の力』を捧げるということは……一度でも敗北すれば、お前の命は完全に消滅するのだぞ」
マグナスが願い出たのは、同調者の特権である「死んでも復活できる力」を永久に破棄し、その全エネルギーを純粋な「防御力と戦闘能力」へと変換する禁忌の儀式だった。
マグナスは静かに、だが岩のように揺るぎない目で頷いた。
「元より覚悟の上。何度も生き返れるなどという甘えがあるから、武人としての覚悟が揺らぐのだ。この儀式は、私の不退転の誓い! 一度の敗北も許さぬ背水の陣を敷き、仲間を、そしてデイジーを未来永劫守り抜くための覚悟だ!」
眩い聖なる光が、大神殿の隅々までを満たしていく。
光が収まったとき、マグナスの大盾には、かつてない重厚な神威が宿っていた。一機当千の真の盾が、ここに誕生したのだ。
【誓い】
退路を断ったマグナスは、その後、破竹の勢いで圧倒的な戦功を積み上げていった。
いかなる強敵の前でも決して退かず、一歩も背中を見せない高潔な武人。
その生き様は、戦場の兵士たちのみならず、国民すべてを熱狂させた。いまやマグナスは、国全体が揺れるほどの英雄となっていた。
エリュシオンの中央広場。割れんばかりの大歓声が、マグナスを称賛して響き渡る。
街全体が、勝利の熱気に包まれていた。
民衆の前に立ち、マグナスは手にした神盾を天高く掲げ、腹の底からの咆哮を轟かせた。
「私はエリュシオンの盾、マグナス! この命が果てるその瞬間まで、我が祖国エリュシオンと、愛する娘デイジーを守り抜くことを、ここに誓おう!」
地鳴りのような咆哮は街の隅々にまで響き渡り、人々の心を激しく奮い立たせた。
彼は国の英雄であり、一人の不器用な父親であり、エリュシオンの未来を照らす希望そのものだった。




