第6話 なんて味なの……最低。
祝祭の戦場 6:なんて味なの……最低。
【路地裏】
茶色の髪を乱れたポニーテールに結び、そばかすの浮かぶ顔を伏せるミーナ。
「うう……オエッ!ケホケホ……なんて味なの……最低。」
ミーナは空腹に耐えかねて野草で比較的まともそうな物を食べて誤魔化そうとしていた。
「最低」と言いつつもミーナは、堪えながら結局全て胃に収める。他に選択肢などない事は、彼女が一番理解しているのだ。
彼女には、他の同調者たちのような華やかさは微塵もなかった。純朴で、どこか垢抜けないその姿は、彼女を縛るマスターの資質の低さをそのまま鏡のように映し出している。
『お前が戦功を上げないから、俺はいつまで経ってもこんな惨めな生活なんだよ!』
『戦場で役に立たないなら、せめて街の裏通りで泥水すすってでも稼いできやがれ! 酒も買えねぇ……全部、全部お前のせいだ!』
耳の奥にこびりついた、飲んだくれのマスターの怒声が剥がれない。
「……うるさいよ……アンタがショボいから私もショボい。それ以上でもそれ以下でもない……」
ミーナは怒りと怯えに身体を震わせながら、胸元の粗末なシルバーアクセサリに目を落とした。
『これを使え。少しはマシになるだろ?しかし酷い数値だな。まったく……』
あの男がまだ比較的まともだった頃に渡された品だ。
そこに灯るのは、限界を告げる不吉な赤い光。――あと一度死ねば、彼女はこの世から完全に消滅する。
「あんな奴……マスターなんかじゃない。……でも、消えるのは嫌。怖い、怖いよ……」
同調者はずっと戦場に行かない事は許されない……ミーナは運命に苛立ち怯えるのが精一杯だった。
【器の舞台】
エリュシオンとノクシアの凄惨な戦い。
ミーナは戦火の渦巻く前線を必死に避け、後方で二人の仲間とともに支援の雑務をこなしていた。
その荒んだ瞳には暗い光が宿っている。
(なるべく一人にならない。……万が一の時は、こいつらを見捨ててでも私だけでも逃げ延びてやる。絶対に、絶対に消えたくない……!)
戦況はややノクシア優勢。だが、ミーナにとって陣営の勝ち負けなどどうでもよかった。
「勝ち負けなんて知るか。私は消えたくない。ただ、それだけよ……」
戦場はその後膠着状態になり、鳴り響く鐘の音が戦争の残り時間が残り僅かであることを告げる。
ミーナの絶望に沈んでいた表情に、ようやく救いの光が灯り始めた。
「やった……。今回も、生き延びられそう……!」
安堵の吐息が、喉から漏れ出たその瞬間――。
ーードシュッ!ザシュッ!
すぐ隣にいた仲間二人が、物言わぬ肉塊となって崩れ落ちた。
「なっ!? 一体、何が起きたの……っ!?」
恐怖に縛られ、ミーナの網膜が激しく震える。
「お姉さん、こんな後方で安全に生き延びようなんて、ちょっと情けないなぁ」
鈴の鳴るような、悪戯っぽい声。しかし、その響きには致命的な狂気が感じられた。
ガチガチと鳴る奥歯を押さえて振り返ると、そこには女と見間違うほどの美少年が立っていた。
右目を不気味に赤く光らせ、その両手には抜かれたばかりの双剣。彼の名は――ケイ。
「ふーん。やけに怯えてると思ったら……あはは、あと一回なんだね」
ケイの冷徹な視線が、ミーナの胸元で明滅する赤いアクセサリに注がれる。
おもちゃを見つけた子供のように、彼は嬉しそうに口角を吊り上げた。
ミーナはプライドも何もかも捨て、地面に這いつくばって必死に懇願した。
「お願い……! 殺さないで、消えたくないの……っ! まだやりたい事だって、私、私は……ッ!!」
ケイは双剣をゆるりと構え、酷く無垢に、そして冷徹に微笑んだ。
「その表情、最高だよ。きっとお姉さんの『最後の瞬間』は、僕の素晴らしい作品になる。……ねえ、もっといい顔見せてよ」
刃はすぐには振り下ろされなかった。
ケイは、まるで愛しい誰かへ贈る絵画の、色彩の微調整でもするかのように、その表情を覗き込みじわじわとミーナを追い詰めていく。
恐怖と絶望にぐちゃぐちゃに染まっていく彼女の顔を、至高の芸術でも眺めるかのような恍惚の瞳で見つめながら、その首に刃を当てた。
「うん、いい表情だ。」
ぽつりと、戦場には不釣り合いなほど優しい声で呟くと、双剣が美しく閃いた。
ーーードシュッ!!
「お姉さん、素晴らしい作品をありがとう。……うん、すっごく楽しかったよ」
ケイの声は、どこまでも甘美で、吐き気がするほど残酷だった。
【終幕】
ミーナの亡骸が、冷たい光の粒子となってサラサラと消滅していく。
まさにその時、器の舞台に戦争終了を告げる冷徹な鐘の音が響き渡った。
あと数分。ほんのあと数分だけ生き延びれば、ミーナは生き残ることができたのだ。
だが、現実はどこまでも無慈悲だった。
彼女の「ただ生きたい」という泥臭く切実な願いは、少年が掲げる狂気の美学に無残に飲み込まれ、何一つ遺すことなく、静かに終わりを告げた。




