第35話 毒果実の狂笑
祝祭の戦場35 毒果実の狂笑
【ヴァルディア大神殿・最奥の儀式の間】
不気味な紫の魔導火が揺らめく中、ゼノとネージュは祭壇の前に立っていた。
周囲を囲む高位神官たちが、重苦しい声で最後の警告を発する。
「ゼノ殿、本当にこれを執り行うつもりか? 『魂の同調の秘術』は、一歩間違えれば双方の精神を崩壊させる禁忌。神々への冒涜にも等しい契約だぞ」
ゼノは不敵な笑みを崩さず、鼻で笑った。
「ふん……凡愚の戯言を。覚悟が足りぬ者が壊れるだけの話。この私とネージュであれば、神の力すら手懐けて見せる。……始めよ」
ネージュは静かに目を閉じ、マスターの狂気に身を委ねるように、細い手でスタッフを握りしめた。
神官たちが呪詛にも似た詠唱を始めると、二人の足元に血のような赤黒い魔法陣が広がる。
「ぐっ……、あ、ああああああ……!?」
突如、ゼノの脳内にネージュの「五感」が怒涛の濁流となって流れ込んできた。
心臓の鼓動、皮膚を撫でる空気、そして――魂が無理やり肉体から引き剥がされ、互いの存在がドロドロと融合していく、おぞましい感覚。
(ふ、ざけるな……! 私はゼノ・エルザードだ……! 誰が、これしきの痛みに……!)
脳を直接灼かれるような激痛の中、暗い記憶の底から「あの男」の顔が浮かび上がる。
──アーク・レイド。
魔導の歴史を塗り替えた、飛び級の超天才。
ゼノとて、本来なら凡愚の群れに埋もれる器ではない。エルザード家を背負う、誰もが認める最高峰の「秀才」だった。
誰よりも努力し、誰よりも魔導を愛し、20歳という若さで学術院の首席の座を掴み取るはずだったのだ。
それを、あのガキが全てをぶち壊した。
わずか14歳。自分より6年も後に生まれ、ろくに泥をすする努力もしていないような子供が、涼しい顔をして飛び級で首席の座をかっさらっていった。
あの時、拍手喝采に包まれる式典の壇上で、アークが見せた(とゼノが勝手に思い込んでいる)優雅な微笑み。
(ニヤけやがって……! クソガキが、見下しやがって……!!)
普段の貴族然とした高貴な仮面が、脳内でベリベリと剥がれ落ちる。
渦巻くのは、あまりにも生々しく、汚悪な嫉妬の本音だ。
(何が天才だ! 何が首席だ! 俺がどれだけ血を吐く思いでここまで這い上がってきたと思ってる! 運良く神に愛されただけの出来損ないが、俺の、俺の20年を――踏みにじりやがって……っ!!!)
激痛の中で蘇る不快極まりない屈辱。
だが、そのドス黒い怒りと剥き出しの執念こそが、ゼノの精神を極限状態で繋ぎ止める楔となった。
「ハ、ハハ……なんだこの程度の熱量……! 私はアークなどという、出来損ないとは違うのだ……!」
ゼノは歯を食いしばり、血の涙を流しながら、肥大化した圧倒的なプライドだけで、精神を崩壊させるほどの負荷を強引にねじ伏せた。
やがて光が収まった時、ネージュの身を包む魔力は、以前とは比べ物にならないほど禍々しく、そして美しく膨れ上がっていた。
その赤髪が、爆発的な魔力の残滓で激しく逆巻く。
「おお……これだ!私が言っていたのは!アークが優れていたわけではなかった。私は正しかったのだ!」
ゼノは荒い息を吐きながら、自身の勝利を確信して狂ったように笑った。
「ハーッハッハ! 見ろ! この溢れんばかりの魔力を! 完璧だ……完璧だぞ、ネージュ!」
狂気と嫉妬がもたらした最悪の成果。変貌を遂げたネージュの魔力が、夜の神殿を禍々しく揺らし始めていた。




