第34話 禁忌の熱量と歪な支配
祝祭の戦場34 禁忌の熱量と歪な支配
【ヴァルディアの街・あるいは神殿の執務室】
上層部の命令を受け、臨時の「個」の探索班が頭を抱えていた。
貧困街の路地裏、魔導アカデミーの過去の記録、さらには監獄の服役者まで洗い出したが、他国を圧倒するほどの「怪物」など早々見つかるはずもない。
規律と秩序を美徳としてきたヴァルディアの歴史そのものが、今、上層部の首を絞めていた。
【エルザード家の屋敷】
豪華だが、どこか調度品に色褪せた陰りが見える一室。
現当主であるアゼマールが、苦々しく薔薇のワインを口に運んでいた。
「ふん……圧倒的な『個』を探し始めた、だと? あれだけ規律だ軍規だと異端を排してきた上層部が、いざとなればこの手のひらの返しようだ。滑稽極まりない」
その言葉に、部屋の影から進み出る青年がいた。
──ゼノ・エルザード。
整った容姿に傲慢な光を宿した瞳、そして仕立ての良い貴族の魔導衣を纏った、アークと同じく魔道アカデミー出身の男。
「父上。その件ですが……この私が、その『圧倒的な個』とやらになってみせましょう。そうすれば、我がエルザード家の復権など、文字通り造作もないことです」
ゼノは品性を装った笑みを浮かべながら、どこか値踏みするような視線を実の父親へと向けた。
アゼマールは息子の不遜な態度に、冷ややかな視線を返す。
「ふん……お前は優秀だが、飛び抜けた戦果は上げておらぬではないか。そこのネージュも、今の能力が限界であろう」
ゼノの背後には、美しい赤いミディアムヘアを揺らし、静かにスタッフを携えた女魔道士──ネージュが、一歩引いた姿勢で頭を垂れていた。
戦果は上位。
だが、タニアのような戦場を支配する絶対性はない。それが客観的な評価だった。
「ふん……お言葉ですが父上。視野が狭いと言わざるを得ませんね」
ゼノは不敵に口端を吊り上げ、鼻で笑った。
「アーク如き出来損ないが、なぜあれほどの同調者タニアを作り出せたか。……その答えは、『魂の同調の秘術』にあります。奴より遥かに優秀なこの私が、その秘術を行えば、ネージュの強さはあのタニアすら凌駕するでしょう」
父親の顔が、驚愕と恐怖に強張る。
「だが、あれは禁忌だぞ! 命を賭ける行為だ。同調者が消滅する時、マスターであるお前も死ぬのだぞ!?」
「ふん……アークは平然と生きているではないですか。何を怯える必要があるのです?」
ゼノは哀れみの色さえ混ぜて、肩をすくめてみせる。
「同調者が最強になれば、そもそも戦場で後れを取ることなどあり得ない。周りの凡愚どもは、臆病風に吹かれてビビりすぎているのです」
「しかし、秘術自体を成功させる事さえ至難と聞く! その上で成功しても、痛みや恐怖の感覚さえも完全に共有するというのだぞ……!? 貴族のお前が、戦場の泥臭い痛みに耐えられるというのか!」
アゼマールの必死の怒声が響く。だが、ゼノの瞳から完全に温度が消えた。
「……父上。これ以上、私に同じ凡庸な質問を繰り返させないでいただきたい」
冷徹極まりない傲慢な声が、室内の空気を凍らせる。
「私が秘術に失敗する? ――ハッ、不可能です。起こり得ない不条理を心配するのは、知性が足りない者の悪癖ですよ」
ゼノはさらに、アークへの憎悪を孕んだ言葉を吐き捨てた。
「アーク如き、14歳で卒業した後は数年も引きこもっていたような、精神の脆弱な者が耐えられているのです。奴よりすべてにおいて優れるこの私が、耐えられぬはずがないでしょう?」
ゼノは、もはや父親の言葉を聞く価値すら無いとばかりにゆっくりと振り返り、影のように控えていたネージュに視線を落とした。
「なあ?ネージュよ。お前もそう思うだろう?」
「……っ」
ネージュの肩が、一瞬だけ微かに跳ねた。
彼女の脳裏を、「秘術」の代償がよぎる。
(ゼノ様は……あの秘術の本当の恐ろしさを、甘く見ているのでは……?)
魂の結合。それは、相手の絶望をも自身の脳内に直接流し込まれる地獄の契約だ。
「ネージュよ、どうした?答えてみせろ。アークなどという凡愚より、私の方が遥か上の存在であろう?」
返答の僅かな躊躇に不快感を覚えたゼノが、容赦なく手を伸ばす。
長い指先が、ネージュの白い顎をグイと強引に引き上げた。
ネージュの視線が、拒絶を許さないゼノの傲慢な瞳と強制的に交わる。
「……はい、ゼノ様。……私にとって、ゼノ様はアークなどとは比較にすらならぬ、至高のお方でございます……」
震える細い声で、ネージュは紡いだ。
「……当然だ。ハーッハッハ!!」
ゼノは満足げに顎を放し、高笑いを上げた。
「決まりだ。明日にでも大神殿へ行き、秘術を執り行なう! アーク、お前のまやかしの栄光も、ここまでだ……!」
その様子を、ネージュはただ胸元でスタッフを強く握り締めながら、悲痛な光を孕んだ瞳で見つめることしかできなかった。




