第3話 命を分かつ戦鎚
祝祭の戦場 3 命を分かつ戦鎚
1. 葛藤と覚悟
静まり返った夜。ヴァルディアの街に構えた、立派な屋敷の一室。
机の上には、アークが夜通し弄くり回していた魔導具のパーツや、書き殴られた数式の羊皮紙が乱雑に散らばっている。
圧倒的な魔道の素養を持つ、自他共に認める「魔道オタク」のアーク。だが、今夜ばかりは研究に没頭することもなく、窓辺で深く重いため息をついた。
「……タニア。お前の戦功のおかげで、平民だった俺は地位を与えられ、こんな裕福な暮らしも約束された。だが……」
アークの語りかける声には、のし上がった男の野心と同時に、身を切られるような激しい罪悪感が滲んでいた。
「俺は、お前と一緒にあの戦場へは行けない。安全な地上で、お前の無事を祈ることしか出来ないんだ」
戦場で誰よりも眩しく輝き、傷つきながら戦うタニアの姿を見れば見るほど、五体満足で安全圏にいる自分の無力さが、アークの胸を容赦なく締め付ける。
神々の娯楽であり、人間の欲望が渦巻くあの「祝祭の戦場」を、アークは心底嫌悪していた。
それなのに、自分が戦わずに最愛のタニアだけを死地に赴かせ、その利権に甘んじている己の歪さが、どうしても許せないのだ。
(結局のところ、俺もタニアを利用しているのでは……本質は俺も貴族達と何も変わらないのか?)
苦悩するアークを見つめ、タニアは静かに首を振り、その胸元へ手を当てながら、包容力に満ちた優しい瞳で彼を見つめ返した。
「そんなことありません、マスター。あなたはあの時、命をかけて私に力を与えてくれたじゃないですか、それは今もずっと続いてるんです。」
その言葉に、アークは目を見開いた。
タニアの胸元で、あの緑のネックレスが淡い光を宿し、二人の魂が今も繋がっていることを証明するようにそっと揺れた。
――アークの記憶は、あの日、出会いの直後に交わした「もう一つの秘術」の光景へと引き戻される。
2. 秘術の記憶
場所は、荘厳なるヴァルディアの大神殿。
神々の象徴たる巨大な柱が並び、天井からは淡い神光が降り注ぐその中心で、アークは禁忌に近い追加の儀式に臨んでいた。
祭壇の前で、神官が冷徹な声を響かせ、アークに問いかける。
『……アーク殿、本当によろしいのですね? この『生命同調』の秘術を結んだが最後、同調者の完全なる消滅は、マスターであるあなた自身の“死”を意味するのですよ?』
一人のマスターが生涯で同調者を創造できるのは、たったの『1回』だけ。消滅すれば二度と手に入らない。
だからこそ誰もが同調者を大切にするが、アークのやろうとしていることは次元が違った。
アークは緊張で喉を鳴らしながらも、魔道士としての圧倒的な素養と、内に秘めた熱い覚悟をその瞳に宿し、迷いなく頷いた。
「構わない。俺はこの命を、タニアに賭ける」
その言葉に、そばに控えていたタニアが、思わず取り乱した声を上げた。
『マスター、どうしてそこまで……! 富を得るための、一生に一度の貴重な『道具』として私を創ったのでしょう!? あなたまで命を賭ける必要なんてありません!』
だが、アークは泣き出しそうな彼女を真っ直ぐに見つめ、静かに、しかし断固とした声で答えた。
「お前を失う結末なんて、俺の人生には要らない。……共に戦場へ行けないのなら、せめて俺もこの命のすべてを賭ける。お前が死ぬ時は、俺も共に死ぬ。」
その瞬間、大神殿の全域を埋め尽くすほどの眩い光が爆発した。
二人の身体を、魂を、ドロドロに溶かして一つに繋ぎ合わせるような、強烈な魔力が荒れ狂う。
タニアはその光の中で涙をこぼし、胸に手を当てた。
アークの放った熱く、狂気にも似た愛の奔流が、彼女の胸の奥底へと染み渡り、そこには主従を超えた「深い絆」の確信が刻まれていく。
(……マスター……。私の、唯一の、マスター……!)
光が収まったとき、二人の魂は完全に混ざり合い、同調していた。
測定器が弾き出したのは、歴史上、稀にしか起こらないとされる異常な奇跡の数値だった。
3. タニアの強さ
朝を迎え、活気に沸くヴァルディアの街。
市場や大通りからは、人々の賑やかな笑い声や怒号が響いている。
……ちなみにアークは「朝が大の苦手」であるため、今頃はベッドの中で、タニアに呆れ顔で揺り起こされている時間だろう。
そんな彼の、どこか抜けていて愛嬌のある私生活など、外の人間は知る由もない。
大通りでは、タニアと浮遊大陸の戦場を共にした兵士たちが、彼女の規格外の強さを思い返し、今なお驚嘆の声を漏らしていた。
「なぜあの女が、あれほどの戦果を叩き出せるのだ?」
「ああ、あの重厚な鋼鉄のハンマーを、見事な肢体で軽々と振り回す姿は、まさに戦の女神だ……」
その噂を遠巻きに聞きながら、他のマスターたちは揃って首を振り、冷ややかな視線を交わし合う。
『フン、種明かしをすれば正気の沙汰ではない。アークの奴、同調者と痛みや苦痛を五感ごと共有しているらしいぞ』
『馬鹿な! 同調者の創造は一生に一回きり、消滅すればおしまいだ。だからこそ我々は慎重に扱うというのに、命まで共有するだと? 覚悟云々の話ではない、ただの狂気の沙汰だ。成り上がりの平民の考えることは理解できん』
彼ら俗物には、一生に一度の最高級の資産を失いたくないというケチな「計算」はあっても、命を張る「覚悟」など皆無だった。
だからこそ、アークの掲げた覚悟も、タニアに注ぐ愛の重さも、決して理解し得ないものだった。
だが、それこそがタニアの強さの真実。
彼女の圧倒的な武力は、ただ彼女自身の資質によるものではない。
アークが命を、人生を、すべての野心を賭けて行ったあの生命同調。その異常なまでの同調率こそが、彼女に無限の力を与える源泉だった。
タニアが振るう巨大なハンマーの重い一撃には、アークの覚悟が宿っている。
相手を圧倒する魔道の出力には、彼の圧倒的な素養が注ぎ込まれている。
タニアが過酷な戦場で恐怖を乗り越える瞬間には、地上のアークの心が共鳴し、タニアを支えている。
二人は、二つの肉体を持った「一つの命」。
その歪で、純粋で、絶対的な一体感こそが、戦場に無敵の『戦の女神』を生み出していたのだった。




