第23話:濁流を阻む老兵の壁
祝祭の戦場23:濁流を阻む老兵の壁
ノクシア領のブルームは、無数の岩石が乱立する遮蔽物の多い岩場エリア。
勢いに乗るヴァルディアがノクシアへ宣戦布告したことで、この地は瞬く間に最前線へと一変した。
前線に漂うのは、「タニアが居れば行ける」という確信めいた熱気。
開戦を告げる鐘の音が響き渡ると同時に、タニアは3人の精鋭を引き連れ、まだ見ぬ空白拠点を目指して地を蹴った。
「戦の女神と同行できるなんて光栄です!」
彼らは口々に誉れを称え、士気は最高潮だった。
一行は交戦する事なく、順調に目的地に到着する。
「見えた! 拠点だ!」
視線の先にある拠点のオーブは、まだどちらの勢力のシンボルカラーにも染まっていない。叩き割るだけで所有権を得られる、あまりにも「チョロい」状況に見えた。
――だが。
パキィィン!
「なっ……!?」
風景と完全に一体化していたノクシア兵が、一足速く岩陰から現れてオーブを叩き割る。
「一足遅かったようだな。」
「一瞬チョロいと期待させてから割ってやろう……と考えるほどにな。」
それと同時に、周囲の岩場から暗殺者のような風貌をした4人組が音もなく姿を現した。
数は4対5とやや劣勢。
それでもヴァルディア側に焦りがないのは、ひとえにタニアという絶対的な個の力が共にあるからだ。
そんな彼らの視線を正面から受け止めながら、ノクシア側の集団を率いる男は冷徹に、そして歪んだ薄笑いを浮かべながら部下たちへ静かに命じた。
「おい、お前らは雑魚やっちまえ。抜かるなよ?」
「へい、お頭! 武運を!」
「頭」と呼ばれたその男は、ノクシアの古き英雄、ガラム。
古き、とは言っても、その容姿はどう見ても20代の若者だ。
同調者は歳を取らない。だが、彼がこの地獄のような戦場で培ってきた実戦経験は、すでに20年を優に超えていた。
「ハッ!」
ガラムの踏み込みは恐ろしく速かった。挨拶代わりに、鋭い風を孕んだ暗器がタニアへ投じられる。
しかし、タニアは微動だにせず、愛用の銀のハンマーを振るった。重厚な打撃面がすべての暗器を正確に弾き飛ばし、金属片が地面に転がる。
だが、タニアが前を見据えた時には、すでにガラムの姿は消失していた。
「ーーッ!?」
暗器に気を取られた一瞬の隙に、完璧な「ハイド(潜伏)」を完成させている。
(……だけど、ケイほどの完成度じゃない!)
「そこです!!」
タニアの直感が敵の気配を捉え、ハンマーを猛然と振り抜いた。
ーーゴシャッ!!
凄まじい衝撃波とともに岩石が粉々に砕け散る。ガラムはその一撃を紙一重で回避し、大きく後ろへ飛び退いた。
「ヴァルディアのタニア、随分と勘が良いな? 俺のハイドはケイよりチョロいか?」
ガラムは不敵に笑いながら、再び岩場へと溶け込んでいく。
巧みに地形を利用した一撃離脱。何度も織り交ぜられるハイドに、さすがのタニアも的を絞りきれない。
「姿を現しなさい!!」
苛立ちを乗せたタニアの横薙ぎが、ついにガラムの逃げ道を捉えた。
風を引き裂くその一撃は、可憐な見た目からは想像もつかない、地響きを伴うほどの超重質量。
(しまっ――まともに喰らえば肉片も残らねえ!)
ガラムは咄嗟に身をよじり、背後にあった巨大な岩柱を盾にするように滑り込んだ。
タニアの銀のハンマーが岩柱へと容赦なく叩きつけられる。
ーーーゴッバァァァァァン!!!
まるで大砲でも撃ち込まれたかのように、分厚い岩柱が破片となって爆散した。
ーーーギィィィンッ!!
ガラムはその破壊の破片をを、愛用の短刀の平で滑らせるようにして、かろうじて横へ受け流した。
「なんてパワーだよ! 理不尽だぜ」
ガラムは冷や汗を流しながら大きく距離を取った。
(全盛期の俺でも、こいつと正面からやり合って勝てるかどうか怪しいもんだ)
同調者自身は老いない。だが、その肉体にはマスターの魔力と肉体の衰えが残酷に反映される。
ガラムの戦士としてのピークは、とうに過ぎ去っていた。
ガラムは懐から投げナイフを2本放ち、さらに距離を取る。
それすらもタニアのハンマーに容易く叩き落とされた。
「つええな? タニア。英雄ってのは突然現れる。――ケイの時もそうだったが、まあ、全盛期の概念を固定して創られるんだから当然か」
「長話に付き合う気はありません! 拠点を明け渡しなさい!」
タニアの鋭い追撃を、ガラムは文字通り泥臭く、しかし的確に回避していく。
「せっかちな奴だ。同調者ってのは、身体能力の最大値はマスターや秘術の器に依存する。どれだけ鍛えても、肉体そのものはほとんど伸びねぇ! だが……」
不意に、周囲の空気が変わった。タニアの肌にピリピリとした警戒感が走る。
ガラムは口元を吊り上げた。
「戦場で積み上げた『経験』ってやつは、死ぬまでどんどん蓄積されるんだよ」




