第24話 実利主義者の盤面
祝祭の戦場24:実利主義者の盤面
勝負を急ぐタニアはガラムへ肉薄するが、彼の戦法は明らかに変化していた。
攻めを完全に捨て、徹底的な「回避と遅滞」にシフトしている。
「それなら!」
タニアは手元から銀のハンマーを投げ放った。旋風を巻き上げながら唸りを上げる一撃。
「冗談だろ!?なんて攻撃してきやがるッ!!」
驚愕しつつも、ガラムは周辺の岩場の起伏を完璧に把握していた。ハンマーの軌道を予測し、岩の死角へと滑り込むようにして、それさえも実に見事にやり過ごす。
―――ギャリリリリッ!!
岩肌をハンマーが激しく抉る、耳障りな金属音が響き渡る。
主の手へと戻っていくハンマーを引き戻しながら、タニアは忌々しげに声を荒らげた。
「クッ! 避けてばかり……向かってきなさい!」
「へっ、お前ヴァルディアの『英雄』だろ? ここで俺1人がお前を抑え込めば、勝てなくても実質大金星ってもんだ」
ノクシアの古き英雄ガラムは、この祝祭の戦場における「勝ち方」を熟知していた。
彼は最初からタニアを倒そうなどとは思っていない。タニアがこの拠点を狙って動くことを完全に予測した上で、上層部が提示した「タニアの足止め」という、誰もが恐れる高額な出来高報酬の案件を、自身の「経験」なら分のいいビジネスになると踏んで買って出たのだ。
「クッ、それなら……!」
ガラムを無視し、拠点そのものを破壊しようとタニアがハンマーを構えた瞬間、ジャララッと鋭い音が鳴り響いた。
どこからともなく飛来した強靭な鎖が、タニアのハンマーの柄に強固に絡みつく。
「させねえよ。お前は今日はここで、最後まで俺と遊んでけ」
「クッ! 正々堂々と戦いなさい!」
誇り高き戦士としての言葉に、ガラムは吐き捨てるように笑った。
「へっ! いかにも優等生の理屈だな。そんな綺麗事は、勝つためには何の役にも立ちゃあしねえ!」
「勝てば官軍」を地で行くノクシアの実利主義。
美しく気高き勝利を求めるヴァルディアの価値観。
その決定的な相違が、戦況を静かに支配していく。
(とにかく、こいつの隙を突いて砦を壊さないと……!)
タニアの心に、焦燥という名の泥が混じり始める。
視線を転じれば、同行した味方の兵士たちもアサシン達と互角の泥仕合を強いられていた。
いや、それだけではない。ノクシアの暗殺兵たちは、タニアたちからあえて距離を置くように戦況をコントロールし、タニアの超絶的な武力が味方の援護に回らないよう、徹底して乱戦を回避する動きを見せている。
すべてはガラムの描いた盤面の上。
戦場には、タニアが放つ一撃が岩を砕く破壊音だけが、虚しく木霊していた。
ヴァルディアが誇る戦の女神が、全盛期を過ぎた一人の「老兵」に完全に封じ込められている。
その事実だけで、祝祭全体の戦況はジワジワと、だが確実にノクシアへと傾いていった。
煙幕、閃光、仕込み針。あらゆる暗器や泥臭い小道具を完全に使い切り、文字通り身を削りながら、ガラムは最後までタニアを妨害し続けた。
そして、その瞬間が訪れる。
パキィィィィン……ッ!!
遥か上空で、ヴァルディアの「器」が、木っ端微塵に砕け散る音が響いた。
ノクシアの勝利。祝祭の終わりを告げる冷徹な音だった。
戦いが終わった時、あれほど不規則に乱立していた岩場の岩は、半分近くが粉々に粉砕されていた。
ガラムは荒い息を吐きながら、その場に力なくへたり込む。
全身は傷だらけで、疲労の色は隠せない。だが、その瞳には確かな達成感があった。
「ふぅー……しんどかった。まっ、老兵の執念ってやつを見せてやったがな。じゃあな、タニア」
「クッ……! こんな戦いはッ……!」
戦士のは誇りを真っ向から踏みにじるような戦術。
遊撃部隊ゆえの孤立を突かれ、敵を討ち取ることを一切放棄した、ただ勝つためだけの執念の足止め。
戦士の誇りとはかけ離れた泥臭い戦法でありながら、それを寸分の狂いもなく遂行し切ったガラムの、あまりにも冷徹で一徹な「兵士としての職務への忠誠」。
破竹の快進撃を続けていた彼女が味わった、過去のどの敗北よりも重く、燻るような完敗。
「悔しいです……マスター……っ」
タニアは悔しさに身を震わせ、銀のハンマーを強く握り締めながらも、その老兵が示した圧倒的な「経験の差」の前に、敗北を認めざるを得なかった。




