第19話 死神が仕掛ける、破滅の雛形
祝祭の戦場 19| 死神が仕掛ける、破滅の雛形
転送前
エリュシオン国の転送装置前。
どんよりとした空気の中、戦場への転送を待つダンを、周囲の兵士たちが遠巻きに噂していた。
「おい、あれ……名家のお坊ちゃんだったダンだろ?」
「変わり果てたな……。かつて街一番の美声って言われた男が、今じゃあんな幽鬼かよ。別人じゃないか」
次男であるがゆえに家は安泰。だが、壊れてしまったダンは、今や誰も近づこうとしない厄介者として扱われていた。
「ククッ……ゲホッ……。ケイ……待っていろ、必ず……」
潰れた喉から漏れるのは、かつての美声とはほど遠い、ひび割れた濁声。しかし、その虚ろな瞳の奥には、すべてを焼き尽くすような昏い狂気の炎が宿っていた。
彼が志願するのは、宿敵ノクシアとの戦いだけ。すべてはティレナの仇を討つために。
眩い転送の光がダンを包み込み、凄惨なる戦場へと彼を誘う。
「必ず……やってやるぞ……ククッ……!」
邂逅
血煙と硝煙が立ち込める戦場。
エリュシオンの兵士たちが、目にも留まらぬ「黒い影」によって次々と斬り伏せられていく。
死体の山を踏み越え、前進するダンの心臓が跳ね上がった。確信した。――やっと会えた。
「黒い影」の正体。そこに佇んでいたのは、一見すると美しい少女と見紛うほどの美少年だった。
「へぇ、お兄さんは『人間』? 珍しいね。こんな最前線に生身の人間が来るなんて、正気?」
妖しく不気味に光る赤い眼。ノクシアの死神――双剣のケイが、無表情に、まるで路傍の石ころを見るような目でダンを観察する。
「ケイ……ッ!どれほど、この時を待ち侘びたか……!」
ダンは狂ったようにボウガンを構え、迷うことなく引き金を引いた。
「私の……ゲホッ、私たちの苦しみを思い知れぇ!! ククッ!」
放たれた肉薄の矢。しかしケイは、首をほんの数センチ傾けただけで、それらを軽々とかわしてみせる。
「無駄だよお兄さん。勝負にすらなってない」
次の瞬間、ケイの姿が文字通り掻き消えた。
――絶対的なハイド能力。戦場で『深淵』と恐れられる、彼特有の闇が戦場を包み込む。
だが、ダンもただ無策で挑んだわけではない。
「そこだぁッ!」
即座に胸元から引き抜いた閃光玉を地面へ叩きつける。鼓膜を裂く破裂音とともに、目も眩むような爆光が広がり、闇に潜むケイの輪郭を強制的に炙り出した。
間髪入れず、ダンは仕込んでいた蛍光塗料の瓶を投げつける。パリンと割れたボトルから飛び散った夜光の液体が、ケイの身体を鮮やかな赤色に染め上げた。
「へぇ……工夫しているね。お兄さん、ただの人間にしてはなかなか面白いよ」
姿を隠せないはずの状況で、ケイは感心したように、むしろ楽しげに笑みを浮かべた。
「ティレナの無念を……その身に刻め!」
ダンは再びボウガンを連射する。だが――。
信じがたいことに、蛍光塗料の赤色ごと、ケイの姿が再び消滅した。五感を狂わせる黒い空間の歪み。
その中に、ただケイの「赤い眼」だけが、冷酷に浮かび上がっている。
ダンの周到な算段が、圧倒的な「個の力」の前に脆くも崩れ去った。
「お兄さんからは、すごく強烈な憎悪と狂気を感じる。……ねえ、決めたよ。僕は、お兄さんが『完全に壊れる瞬間』に興味が湧いちゃったよ」
パニックに陥りながらもボウガンを発射し続けるダン。だが、空間を滑るようなケイの動きには掠りもしない。
キィン、と冷たい金属音が響いた。
一瞬。本当に一瞬の交錯だった。ケイの双剣が閃き、ダンの肉体を正確に、数箇所同時に切り裂く。
「がはっ……!?」
鮮血が飛び散り、ダンはその場に膝から崩れ落ちた。
「殺さないよ、まだね。お兄さんはこれから、僕の最高に美しい『作品』として舞台に立ってもらうんだ。――じゃあね、お兄さん」
ケイは歪む闇の向こうへと、煙のように消えていった。
「ふざけるなッ! 逃げるな、ケイッ!!」
致命傷を避けられ、惨めにも生かされたという事実。それが、ダンの胸中の復讐心をさらにドス黒く、激しく燃え上がらせる。
「必ず……後悔させてやる……ケイ……ククッ、ゲホッ……アハハハハ!」
狂気の芸術
ノクシア国、セレナの豪奢な屋敷。
戦場から戻り、珍しく上機嫌なケイを見て、セレナは艶然たる笑みを浮かべた。
「ふふっ……どうしたのですか? あの男が、そんなに気に入ったのですか? ケイ」
ケイは形の良い赤い眼を細め、まるで極上の玩具を手に入れた子供のように楽しげに答える。
「あのお兄さんが絶望して、完全に壊れる瞬間……。それはきっと、格別で最高の『作品』になるよ。じっくりと、痛みを教えて、時間をかけて仕上げてあげるんだ」
セレナは何も言わず、ただ静かに頷いた。美少年の皮を被った怪物の、底知れない狂気を、彼女は心地よさそうに受け止めていた。




