祝祭の戦場 断章 闇と狂気を孕む国ノクシア
祝祭の戦場 断章 闇と狂気を孕む国ノクシア
その国において、太陽が天を駆けるのはわずか10時間にも満たない。
永い夜の帳に閉ざされた国、ノクシア。
一説には、かつて神々を欺こうとした報いとして光を剥奪されたとも囁かれるが、もはや真相を知る者はいない。
ただ確かなのは、この地に生きる民が「神々は自分たちを愛さなかった」と気付き、とうの昔に信仰などドブに捨て去っていることだけだ。
だが、人間とは奇妙なまでにしぶとい。神に突き放された暗闇の底でも、彼らは泥を這うようにしたたかに生き延びる。
この国の経済を支えるのは、皮肉にも農業であった。人々が育てるのは、まっとうな作物だけではない。
「どす黒いくせに脈打つようなマダラ模様と言い、ウジ虫みてえにウネる根っこと言い……どこをどう見ても気味が悪い。こんなモンに触らなきゃ生きていけねえんだから、嫌んなっちまうぜ」
農夫が吐き捨てた視線の先には、この地特有の謎多き植物があった。
僅かな日照と、夜の底で妖しく降り注ぐ月光を吸って異常発育する、不気味な漆黒の作物。
それこそが、彼らの精神を一時でも狂気から遠ざける安酒や煙草といった、嗜好品の原料となる。月光を貪り、退廃に身を委ねることで、人々は辛うじて正気を繋ぎ止めていた。
意外にもその不気味な見た目に反して、神聖な名があるが、信仰を捨てたノクシアの民はただ『黒いやつ』『あの草』とだけ呼び、刈り取っている。
酒場に足を踏み入れれば、粗野な荒くれどもの声が容赦なく鼓膜を震わせる。
「中央広場に、また気持っち悪いオブジェが増えてたぜ。芸術家ルシアンの仕業だ」
「あのイカレ野郎、また悪趣味なものを……少しはまともな女神像でも造りやがれってんだ」
「女神だぁ?おいおい寝ぼけてんのか? 神なんざ俺たちに資源を供給するだけの道具だろ?」
「違いねえ! さあ飲むぞ!」
かつて国を統治した王族はとっくに崩壊し、壮麗を誇った王宮は今や見る影もない廃墟と化している。
現在の国政は、己の利益のみを貪る貴族たちによる、終わりなき群雄割拠の時代。中心部の富裕街を外れれば、治安は最悪の一言に尽きた。
「うわぁ、また気持ち悪いの増えてるー!」
「変なのー!」
短い昼の光のなか、子供たちが泥にまみれて駆け回る。その背景には、退廃に蝕まれた芸術家たちが遺した、歪んだオブジェが乱立していた。
それは神への当てつけか、あるいは内紛の犠牲者を象った墓標なのか。歪んだ感性だけが、そこに奇妙な生命力を宿している。
この国には、祈りを捧げるための大神殿など存在しない。
同調の儀式や禁忌の秘術は、貴族たちの屋敷の地下、あるいは密室の闇で、誰に知られることもなく執り行われる。
実利主義の名のもとに、創造された「同調者」たちは容赦なく内紛の戦場へと駆り出され、昨日までの隣人と命を奪い合う。
「おい。前回の小競り合いじゃ、よくも背中を突き刺してくれたな」
「ふん……記憶にないな。路傍の石をいちいち覚えちゃいない」
「けっ、せいぜい『祝祭』の最中は背後に気をつけるんだな。うっかり手が滑る味方がいるかもしれねえぜ?」
吐き捨てるような言葉の後に続いたのは、正気を欠いた乾いた薄笑いだった。
自国同士でのいがみ合いと血の遺恨は、決して終わることがない。
その血生臭い歴史の渦中に、ひとつの名家があった。
ノクシア屈指の名門、アッシュフォード家。両親を病死と暗殺という凄惨な形で失い、若くして当主の座を継ぐこととなった少女、セレナ・アッシュフォード。
彼女は過酷な権力闘争を生き抜くため、屋敷の地下で「同調の儀式」を敢行した。その結果、彼女の影から這い出たのが、「気まぐれな死神」と称される少年、ケイである。
「またケイが戦線を離脱しやがった。あのアテにならん狂人をいつまで野放しにする気だ」
「よせ。セレナ様が奴のすべてを肯定されている以上、あの死神への不満はアッシュフォード家への反逆と取られかねん。あの名家に目を付けられたら最後、影も残さず消されるぞ」
「ハッ、最高に狂った主従だな。まあ、奴の気まぐれだけで戦況がひっくり返るんだ。大人しく死神の機嫌を伺うか」
双剣を操り、戦場では軍規を嘲笑うように恍惚の笑みを浮かべて命を刈り取る。その姿を、人々は決して英雄とは呼ばない。
だが、その圧倒的な蹂躙と戦果に、誰もが恐怖し、畏怖するのだ。
月光を吸う漆黒の作物、終わりなき内紛、そして死神を従える美しき女当主。
ノクシア国は闇と狂気を孕みながら、今日も血と硝煙の底で、泥泥とした生を謳歌する。




