第17話 双極の目覚め ー 戦場にて
祝祭の戦場 17 双極の目覚め ― 戦場にて
草原を渡る風が、重苦しい鉄と血の臭いを運んでいた。
広大な戦場という名の舞台で、タニアは銀色に気高く輝く新たなハンマーを固く握りしめる。
その冷たい金属の感触が、出発前にアークの屋敷で交わした言葉を、鮮明に脳裏に蘇らせていた。
「――マスター、これは特殊な魔力が宿っているのですか?」
銀の質量を確かめるように見つめるタニアに、アークは誇らしげに、しかし徹夜明けのニヤけた顔で言ったのだ。
「そうだ。ただ見た目がカッコよくなっただけじゃないぞ? その武器はお前の意志に共鳴する。お前が望む通りに動く、お前だけの相棒だ」
「マスター……この力、必ず戦場で活かしてみせます」
回想から目覚めたタニアがハンマーを振るう。
その一振りは、以前よりも驚くほど軽い。しかし、繰り出される破壊力は圧倒的な質量を伴っていた。
ただ素振りをしただけで風圧が地面を震わせ、迫り来る敵兵は本能的な恐怖に足を止める。
「はぁあああッ!」
不意に、タニアを取り巻く空気がぴりりと変わる。
「そこを退きなさい!」
十分に魔力を溜め、タニアが豪快にハンマーを投擲した。
鉄の塊はまるで明確な意志を持ったかのように弾道を変え、直線上の敵を容赦なく追尾する。
――ゴォオオオオッ!!
凄まじい旋風を巻き起こしながら敵の大群をなぎ倒し、役目を終えたハンマーが遥か前方の地面へと転がった。
「来い!」
タニアが強く念じた瞬間、銀のハンマーは磁石に吸い寄せられるように反転し、瞬く間に彼女の手元へと戻り、ピタリと収まった。
「なんだ……あのハンマーは!」
「まるで神の武器だ……!」
どよめきと歓声が味方の間に広がっていく。タニアは冷静に深く呼吸を整えると、希望の光を背負い、次々と敵の戦線を打ち砕いていった。
一方、血煙が立ち込める別の戦場。
そこには、血のように禍々しく赤染まった双剣を振るうケイの姿があった。
刀身は不気味な脈動を繰り返し、まるで斬られた者の絶望と悲鳴を貪り吸い込むかのように細かく震えている。
「うおおおッ!」
ケイの小柄な体躯を目がけ、鉄壁の守りを誇る敵の重鎧兵が雄叫びを上げて突撃してきた。
だが、ケイはその猛攻を、ダンスでも踊るかのように軽々と紙一重で回避する。
以前の彼であれば、これほど頑強な重鎧を相手にする場合、隙を突くか関節を狙うといった工夫が必要だった。
だが――今は違った。
ケイが赤い双剣を無造作に一閃させる。それだけで、分厚い鋼鉄の鎧がまるで紙切れのように両断された。
ザシュッ!!
「グアッ!? バ、バカな……なんて切れ味だ……」
光の粒子となって消滅していく重鎧兵の亡骸を、ケイは冷ややかな瞳で見下ろし、静かに呟いた。
「ふん……セレナ姉さんからの贈り物、か」
異変を察知した数名の敵兵が駆けつけるが、ケイから立ち上る異様な殺気と、深紅の双剣が放つ禍々しさに、誰一人としてそれ以上踏み込めない。
ケイの眼が、セレナと同じ妖しい紅に輝く。その視線に射抜かれただけで、敵兵たちはガタガタと震えながら後退した。
双剣が暗闇を裂くたびに、戦場は恐怖の悲鳴で埋め尽くされていく。
誰も彼を止められない。この戦場で、彼はたった一人で常軌を逸したキル数を叩き出し、戦局そのものを強引にひっくり返した。
彼は誰の指示にも従わない。ただの気まぐれな嵐のように暴れ回っているだけだ。しかし、その圧倒的な暴力は神の領域に達していた。
「ケイだ……! 逃げろ、あいつはもう人じゃない……!」
味方でさえ、救世主ではなく「怪物」を見る目で彼を畏怖した。
同じ戦場でありながら、二つの進化した武器は全く異なる景色を作り出していた。
銀のハンマーは仲間に「希望」を灯し、血の双剣は敵に「絶望」を刻みつける。
返り血を浴びない綺麗な汗を拭いながら、タニアが呟く。
「これが……マスターのくれた、進化の力」
一方、死体の山の上で、ケイは残酷なまでに美しい笑みを口元に浮かべていた。
「姉さん……この武器は、僕の『作品』を創る最高の助けになるよ」
その言葉に応えるように、遥か遠くの屋敷から、セレナの愛おしげな声がケイの耳朶を揺らした。
『ふふっ……ええ、ケイ。あなたが血で広げてくれる世界は、私にとって至高の景色です。気に入ってもらえたのなら、何より嬉しいですよ……』




