第16話 銀の輝き、紅の情念
祝祭の戦場 16 銀の輝き、紅の情念
アークの屋敷の一室は、異様な熱気に包まれていた。
机の上に山積みされた古びた文献を、アークは血走った目で貪るように漁っている。
「……ついに見つけた! これだ、これだよ!」
狂喜の声が響く。彼が突き止めたのは、失われた錬成の秘術――戦場で限界まで使い込まれた武器を、更なる高みへと進化させる方法だった。
それからの一週間、アークは睡眠を極限まで削り、ただひたすらに研究へと没頭した。
「旦那様、あまり無理をなさっては、お身体にさわります」
見かねた使用人が、おずおずと心配の声をかける。タニアも使用人と共に心配そうな表情だ。
「大丈夫だ、問題ない! それよりタニア! 楽しみにしていろよ! 俺は必ずこれを完成させてみせるからな! フフ、フフフ……!」
徹夜続きで完全にブレーキの壊れたアークの笑い声に、使用人はそっと部屋の扉を閉めるしかなかった。
そして、ついに約束の時が訪れる。
「タニア、お前がいつも使っているハンマーを見せてくれ」
部屋に呼び出されたタニアは、首を傾げながらも、大事に手入れされた愛用のハンマーを差し出した。一体何が始まるのかと、その表情には微かな戸惑いが浮かんでいる。
「ふむ……やはり素晴らしいな。傷の一つ一つに、お前と歩んできた戦いの“経験”が刻まれている。これなら十分だ」
アークは懐から、怪しく煌めく青いポーションを取り出した。
「見ていたまえ、タニア! フフ、フフフフ……っ!」
睡眠不足のせいで妙に高揚したアークの目が、らんらんと輝く。
彼が惜しげもなくポーションをハンマーへと注ぎ込むと――次の瞬間、部屋を満たした青い閃光が、ハンマーの姿を銀色へと塗り替えていく。
それは、単なる視覚的な変化ではなかった。生まれ変わった銀のハンマーからは、これまでとは比べ物にならないほどの圧倒的なエネルギーと、濃密なマナの奔流が溢れ出していた。
「これは……! 凄いです、マスター……っ!」
タニアの瞳が、驚きと喜びで爛々と輝く。
「フフフ……気に入って、もらえたかな……」
満足げに微笑んだ瞬間、アークの限界を迎えた意識の糸がぷつりと切れた。そのままベッドへと倒れ込み、深い眠りへと落ちていく。
タニアは呆気にとられ、それからクスリと微笑んだ。ずっしりと重みの増した銀のハンマーを愛おしそうに抱きしめる。
「マスター……ありがとうございます。私の、最高の宝物です」
一方、ノクシアにあるセレナの屋敷。
そこには、対照的なほど静謐で、どこか退廃的な空気が流れていた。
セレナは慈しむような視線で、傍らに佇むケイを眺めている。当のケイは退屈そうに頬杖をつき、「早く戦場へ行かせてほしいな」と小さく毒づいていた。
ふと、セレナの目が留まる。ケイの腰にある双剣が、不気味な赤色の脈動を始めていたのだ。
そこから漂うのは、禍々しくも圧倒的な圧を放つオーラ。
「ケイ、こちらへ来て少しその武器を見せてください。ふふっ……これはもしかすると……」
「何だい姉さん、僕は武器の手入れなんて面倒な事はしたくないよ?」
少年らしい我が儘に、セレナは艶然と微笑み、首を振る。
「そんな事は言いませんよ。ケイ……この武器には、あなたが斬り伏せてきた者たちの恐怖や絶望が、べっとりと宿っています。言わば、あなたの「作品」への想いが形になった証です」
姉の言葉に、ケイはよく分からないといった風に肩をすくめた。
その時、セレナの右目が妖しく赤く燃え上がる。彼女が滅多に見せることのない、剥き出しの真剣な表情だった。
彼女が細い指先から膨大な魔力を送り込むと、双剣の刀身は、まるで生き血を吸い上げたかのように悍ましい深紅へと変貌を遂げる。
ケイは僅かに戦慄する。手元から、これまでに体感したことのない未知の力が狂い咲いているからだ。
「ふう……少し、疲れましたね。ふふっ、ケイ……これであなたは、さらに私の世界を広げてくれるでしょう?」
力を使い果たしたセレナの身体が、頼りなく揺れる。
「っ、セレナ姉さんは元々体が弱いんだから、無理するんじゃないよ」
思わず差し出されたケイの手を受け止め、セレナは優しく囁いた。
「ケイ……私の可愛いケイ……あなたの為なら、この命、喜んで削りましょう。あなたは私の、最高傑作なのだから……」
胸の奥が奇妙に騒ぐ。ケイは、自分がなぜこれほど慌ててしまったのか、その理由が分からなかった。




