祝祭の戦場 断章:『戦果の裏側、ふたりの食卓』
祝祭の戦場 断章:『戦果の裏側、ふたりの食卓』
【ヴァルディアの広場】
とある「祝祭」の翌日
「おい、号外だ! 聖刻の石碑が更新されたぞ!」
「またヴァルディアの圧勝か!? 見せろ!」
中世の佇まいを残すヴァルディアの広場は、朝からひっくり返ったような騒ぎに包まれていた。
中央広場の一角、神々のオーパーツである巨大な石碑の前に、市民や貴族の使い番たちが黒山の人だかりを作っている。
神の意志によって管理されるその石碑には、戦場のあらゆる結果が、有力者の隠蔽を許さず厳正に記録され、リアルタイムに開示される。
市民のほとんどは既に慣れきった感覚で、熱心に見る者は少ないが、学者やインテリ、新聞記者はご執心だ。
神々の技術は人智を超えており、この石碑はどんな衝撃や悪天候でも傷一つ付かず、劣化もしない。
更に驚くべきは、長い歴史の戦果が全てデータベース化されており、見る側が「戦果に関わる見たい情報」が各々の視野に「個別に」映し出されるという事だ。
新聞売りの少年たちが、飛ぶように号外を配り歩いていた。
「エリュシオンの盾、マグナスは今回も『デッド0』! 不落のログを更新中!」
「こっちを見ろ! 我らがヴァルディアの英雄、タニア様だ!」
市民たちが掲げた羊皮紙の号外には、誇らしげに彼女のスタッツ(戦果)が躍っている。
『撃破数:22、拠点制圧数:2。一騎当千の武功、ここにあり!』
「すげぇや、さすがタニアお姉ちゃんだ!」
「きっとハンマーをブンッ!ブンッ!だぞ!カッコいいなあ。」
昨日広場でアークにお菓子を強だっていた子供たちも、その紙を囲んで目を輝かせていた。
貴族たちはこの厳正な公開データを見て、
「ほう……初陣にて撃破数6か……この新兵は見込みがありそうだな……我が私兵団へスカウトしろ。」
将来有望そうな兵士を私兵として囲い込もうと血眼になり、熱心な戦術家は、敵国の脅威――例えば『ノクシアのケイ』などの異常な数値を分析し、夜通し対策を練る。
だが、当の主役であるアークとタニアは、そんな喧騒から少し離れた路地を、静かに並んで歩いていた。
【家路の二人】
「……すごい騒ぎだな。撃破22に、拠点制圧が2、か。立派なもんだよ」
アークは手元に回ってきた号外の数字に目を落とし、ふっと息を漏らした。
タニアは少し照れくさそうに、巨大な鋼鉄のハンマーを背負い直す。
「ありがとうございます、マスター。……でも、私はただ、あなたから与えられた役割を全うしただけですから、それに私の強さはあなたの覚悟によるものです。」
「いや、本当に誇っていい。……たださ」
アークは歩みを止め、号外の紙をくしゃりと折ってポケットに突っ込んだ。
そして、隣を歩くタニアの、傷のない綺麗な横顔をじっと見つめる。
「俺にとっては、石碑に刻まれるどんな輝かしいスコアよりも、お前がそこに『デッド0』のログを残して、こうして無傷で俺の隣に帰ってくることの方が、何百倍も大事なんだ」
その言葉は、戦術家としてのものではなく、一人の男としての、飾らない本音だった。
「タニアがデッド1」――そんな最悪の文字列をあの石碑に見ることだけは、何があっても避けなければならない。そのために自分は頭を悩ませているのだと、アークの瞳が語っていた。
タニアは一瞬、驚いたように目を見開いたが、すぐに胸元の緑のネックレスにそっと手を添えた。
自分のスタッツや英雄としての名声を誇る様子など、微塵もない。彼女にとっての価値は、神々のデータベースではなく、目の前の主の言葉の中にしかなかった。
「……そうですね。マスターの言う通りです。生き残らなければ、こうしてあなたと語らう事も失われてしまうのですから」
タニアの唇が、いつもの穏やかな微笑の形を作る。
「さて、難しいデータのお話はここまで。アークさん、今日は私が手料理を振る舞う約束の日でしたよね?」
「あ……。そういえば、そんな約束してたな」
「ふふ、忘れていたんですか? さあ、早くお屋敷に帰りましょう。今日は腕によりをかけて作りますから、覚悟していてくださいね」
「何を作るんだ?タニア。」
「それはできてからのお楽しみですよ。」
楽しげに歩調を早めるタニアの後を、アークは苦笑しながら追いかける。
英雄の喧騒を背に、ふたりのささやかな日常へと続く家路は、夕暮れの陽光に温かく照らされていた。




