第9話 ケイの美学
祝祭の戦場 9:『ケイの美学』
【とある戦場 ―― 凡作】
「お願いだ、助けてくれ……っ! 消滅しちまう、まだ、まだ消えたくねぇ!」
泥にまみれ、無様に命乞いをする敵の男兵士。
ケイは無言のまま、冷徹に双剣を振り下ろし、その喉元を掻き切った。
戦場に響く凄惨な絶叫も、飛び散る血の匂いも、今の彼の胸には一切響かない。
「……響かないな。ただの駄作だ」
光の粒子となって消えゆく骸を見下ろし、ケイは興味を失った風に冷たく吐き捨てた。
【とある戦場 ―― 線の足りない絵画】
「やっぱり、女の人のほうが良い『作品』ができるのかな……」
ケイは顎に指を当て、目の前に立つ女戦士を値踏みするように見つめた。
彼の前に立ちはだかった女戦士は、恐怖に怯えることなく、真っ直ぐに剣を構えて勇猛果敢に突き進んでくる。
「来い! 私はお前など恐れない!」
その姿は確かに凛々しく、勇ましい。だが、ケイの瞳には、それはただの直線的で退屈な突撃にしか映らなかった。
恐怖を押し殺す葛藤も、裏付けされた覚悟もない。ただ思考を放棄して突き進んでいるだけ。
ケイは蝶が舞うように軽く身をかわし、すれ違いざまに彼女の心臓へ致命の一撃を突き刺した。
「これも足りない。何かが決定的に違うんだ」
サラサラと崩壊していく女戦士の最期を眺めながら、ケイはつまらなそうに首を振った。
【とある戦場 ―― 価値なき障害物】
復活の泉を警護する、天界の兵士たち。
「天兵」と呼ばれる彼らは一様に屈強であり、全身を白銀の重鎧で固めた巨躯は、そこに存在するだけで戦場の空気をピリつかせていた。
ケイは双剣を気だるげに肩に担ぎ、物陰からしばし彼らを観察する。
「うーん。やり合えば、勝てないこともなさそうだけど……」
彼はフッと不敵な笑みを浮かべ、すぐに興味を失って踵を返した。
「作品どころか、ノイズにしかならないや。苦労して壊すだけで、そこには何の情緒もない」
勝てるかどうか。戦争に勝つか負けるか。そんな効率の話は、彼にとってどうでもよかった。
ケイの天秤にあるのは「勝敗」ではなく、そこに「美学」があるかどうか、それだけだった。
【とある戦場 ―― 哀願者と覚悟者】
瓦礫が散乱する凄惨な前線に、二人の男の同調者が生き残っていた。
ケイは双剣を指先で軽く回しながら、その二人をじっくりと観察する。
一人の男はすでに大盾を投げ捨て、地面に膝をついてガチガチと震えていた。
涙と鼻水で顔を歪め、目は泳ぎ、声は情けなく裏返っている。
「たっ、助けてくれ……! 命だけは、命だけは助けてくれぇ!」
その姿は、ただ死への恐怖に脳を支配されているだけだった。己の使命も意志もなく、ただ生存への執着だけで鳴いている。
ケイは冷ややかにそれを見下ろし、一閃。
哀願者は、言葉の途中で一瞬にして首を刎ねられた。
「……ただのゴミ。駄作だね」
ケイは消滅の光すら見届けることなく、もう一人の男へと視線を移した。
もう一人の男は、血に濡れた剣を両手で握りしめ、ボロボロの身体で歯を食いしばって立ち上がってきた。
恐怖に足は震えている。だが、眉を固く結んだその瞳の奥には、決して消えない決意の烈火が宿っていた。
「俺は……マスターのためにも、こんな所で……っ、死ぬわけにはいかないんだよぉッ!」
その絶叫には、明確な使命と、魂の意志が込められていた。
ケイの口角が、愉悦に吊り上がる。
「お兄さん……、すごく良いよ。ねえ、僕の『作品』になってよ」
ケイはあえて一撃で殺さず、双剣を絡ませてじわじわと肉体に苦痛を与え、男の表情を観察した。
激痛に顔を歪め、死の恐怖に涙を浮かべながらも、決して諦めずマスターのために牙を剥き続ける覚悟者。
恐怖と、覚悟。その二つが極限状態で交錯し、ぐちゃぐちゃに混ざり合う絶望の表情――それこそが、ケイの求める美学の極みだった。
吸い込まれるような美しい刺突で彼の息の根を止めると、ケイは恋人に囁くような甘い声で呟いた。
「うん。これは素晴らしい作品になった。お兄さん、ありがとう」
【とある戦場 ―― 儚き芸術】
そして今、ケイの前には、激しい恐怖に身を震わせ、大粒の涙を流す女弓兵の姿があった。
彼女は胸元のフェイトチャームを握りしめ、必死に、必死に命乞いを繰り返している。
その絶望に染まった美しい顔(表情)を見た瞬間、ケイの全身に電撃のような感動が走った。
恐怖や怯えは戦場で何度も見てきた。だが、死の瀬戸際に立たされたこの女が魅せる「消えたくない」という泥臭く切実な執着の表情は、ケイにとって吐き気がするほど甘美で、至高の芸術に見えた。
ガチガチと震える声で紡がれる命乞いは、彼の鼓膜を心地よく揺らす至高の旋律だった。
「ああ……お姉さん、素晴らしいよ。なんて綺麗なんだ。……これなら、きっと」
消滅していく彼女の光の粒子を見つめながら、ケイはその頬を紅潮させ、心底からの愉悦と祈りに満ちた表情を浮かべていた。
【ノクシアの屋敷の一室】
その頃、静まり返った一室で、セレナは静かに羽ペンを置き、記録帳を閉じた。
「覚悟と、儚さ……ですか」
ぽつりと呟かれたその言葉は、愛しい我が子が戦場で紡いできた、残酷で、けれどどこまでも純粋な美学を静かに映し出す鏡のように、暗がりに優しく響いた。




