メイド生活①海鮮グルメ回
あれから少し経ったある日、私は恐る恐る、家老のアルバスに連絡を取ってみた。彼とは逃亡初日に生き別れたきり、それっきりになっていた。
使用人を装って、アルバスに宛てて手紙を書く。すると、彼はすぐさま北部の町まで駆けつけてくれた。
「お嬢様……ご無事だったのですね。あの日、ヴィンセント殿下のお城へ連れ去られてから、どうなったことかと案じておりました」
「アルバス……」
久しぶりに身内と再会して、私の胸にいろいろな感情が押し寄せてくる。
「あの日、お嬢様を逃し損ねたことをどうかお許しください。お嬢様が連れて行かれた先がヴィンセント殿下のお城だと知り、表立って追いかけるわけにもいかなかったのです。本当に、ご無事で何よりでございます」
アルバスは、あれから数日間この町に潜伏して、様子を窺っていたらしい。けれど、私は一向にお城から姿を現さない。かといって、私が捕縛されたという知らせもない。
そのため、アルバスは一旦引き返し、旦那様――アーチャー公爵へ報告しに戻ったということだった。
「いろいろあって、今はヴィンセント殿下のお城で匿っていただいているの」
私は、あらためてこれまでのいきさつを簡単に説明した。
「そうでしたか。確かに殿下は、長く療養のためにこの地へ長く滞在されていると聞き及んでおりましたが……なにかご事情がおありなのでしょうか」
「たしか、十五年前の事件がどうとかおっしゃっていたわ」
「十五年前?」
「ええ。私も詳しくは聞いていないのだけれど」
あの時の私は、自分の身に降りかかっていることに対応するだけで精一杯で、ヴィンセント殿下の身に何が起こったのかまでは聞けていない。それに、殿下自身もその事件のことはあまり話したくない様子だった。
それよりも、今は目の前の事件を解決することに注力しよう。
「事件のことは、ヴィンセント殿下から聞いたわ。私がシャーロットに手渡したワインに毒が入っていたなんて、信じられない。一体何がどうなっているのか……」
「ええ。私もあの後、お屋敷に逃げ帰ってから、初めて事件の詳細を知ったのです」
私たちは二人とも、あの夜は何が起きたのかもわからないまま、無我夢中で逃げ出していた。
「状況からすると、私が毒を仕込んだと疑われても仕方がないわ。でも、私は決してそんなことはしていない。どうしてワインに毒が?」
「わかりかねます。あのワインは、収穫祭の献上品として大量に持ち込んだものです。どれも同じ品ですし、シャーロット様にお渡ししたものにだけ毒が入っているなど、不自然極まりありません」
「そうよね」
あの日、収穫祭の会場に持ち込んだワインは、荷馬車一台分ほどもあった。
他の参加者に配ったものには、毒なんて入っていなかったのに。どうしてシャーロットに手渡したものにだけ、毒が仕込まれていたのだろう。
「旦那様方は、あれから重役たちに掛け合って事件の再調査を行うよう働きかけておいでです。しかし、いまだ効果はあげられておりません」
「そうだったのね……」
この事件に関して、頼みの他は父であるアーチャー公爵がランスロット殿下や国王陛下に働きかけてくれることだった。父は社交界や王室関係者にも影響力を持っている。けれど、未だ事態を覆すまでにはなっていないようだった。
肩を落とす私に対して、アルバスは私を励ますようにこういった。
「ただ、一つだけ確かなことがあります。この事件に関して我々アーチャー家の者は、一切関わりはございません。お嬢様の無実は、我々が全力をあげて証明して見せます」
「アルバス……」
アルバスがそう断言してくれたおかげで、私は励まされると共に、自分の家族や関係者を疑わずには済んだ。
これが身内の誰かの犯行ではない、という点で、アルバスと私の意見は一致した。けれど、ここではそれ以上のことはわからなかった。
私たちは、なにか進展があれば再び連絡を取り合うことを約束して、その場で別れた。
***
お城での生活にも慣れて、一段落した頃。
今日は先輩メイドのソフィアと一緒に、町へ買い物に出かけていた。
城下町を抜けて少し歩くと、広い海に面した港町が広がっていた。
「海だわ! 私、海に来たのは初めてです」
「ああ、そっか。リアの故郷は南部の内陸のほうだったわよね。このあたりは、昔から漁師町として栄えているのよ」
道すがら、ソフィアが教えてくれた。
私が暮らしていた王都の周辺や、アーチャー公爵家の領地がある南部地方は、どこも内陸の地域だ。グラン王国で海に面しているのは、ここ北部の沿岸だけなのだ。
この地域は、昔から漁師町として知られているほか、海を隔てた隣国との交易の拠点としても栄えていた。
「旦那様から頼まれたお使いの品は、この先のお店にあるの。用事が済んだら、少しこのあたりの商店街も覗いてみる?」
「いいんですか……!」
ソフィアは、この地に来てまだ日が浅い私を気遣って、そう提案してくれた。
お城に仕える使用人たちは、時折こうして買い物などで城の外に出ることがある。
食材や生活必需品は定期的に城へ届けられるので、そう頻繁ではないけれど。それでも、たまの息抜きにこうして外へ出かけることがあった。
うきうきさながら、私はソフィアの後について通りを歩く。
最初の頃は、自分の正体がバレてしまうのではないかと思ってビクビクしていたけれど、今はそんな心配はしなくなった。
メイドとしてここに使えることとなった私は、まず市販の染料を手に入れて、自慢の髪を目立たないように染め上げた。
髪色を暗いブラウンにしただけで、大分印象は変わったと思う。更に、業務中は制服のメイドキャップを目深にかぶっているので、遠目には逃亡犯のコーネリアとは見分けがつかないとおもう。
何より、社交界で高飛車で我が儘だと有名だったコーネリアが、こんな町中で使用人として働いているなんて、誰が想像できるだろうし。
最初こそ警戒してコソコソしていた私だけれど、この頃になると、少しずつ外も出歩けるようになってきた。
「あっちの通りには、この海で獲れた海産物なんかが色々置いてあるのよ」
そう言って、ソフィアは海沿いの通りへと案内してくれる。
色とりどりの垂れ幕がかかった店の軒先には、獲れたての魚介類がピチピチと活きのいい状態で並んでいた。
「さすがは漁師町ですね。新鮮な魚介類がたくさん!」
私は、前世での生活を少しだけ思い出した。前世の私は海なし県の出身だった。海に行ったこと事態はあるけれど、新鮮な海鮮は滅多に食べられない。だからこそ寿司をはじめ、魚介類全般はご馳走様と思ってた。
こちらの世界に来てからというもの、海鮮にはまったくといっていいほどお目にかかっていない。内陸部は肉料理が中心の食文化だったし。海産物はほとんど見かけることがなかった。
通りに並んでいる市場を眺めれば、軒先には前世でも見かけたような、キラキラした魚や貝が並んでいる。
思わず興味をそそられて、あちこち眺め回していた時――私はあるものを見つけた
「はっ! これは、タコですね!」
私が指さした先には、水を張った壺の中に沈んでいる、生きたタコがいた。
「そうそう、これも食用で、たまに旦那様の食卓にもお出しすることがあるわ。でも、見てよこの見た目。吸盤がびっしりで、足が何本も生えていて、すごい姿じゃない?」
久しぶりに出会えた馴染みの海産物に私が目を輝かせている横で、ソフィアはこわごわとタコを眺めていた。
「確かに、他の魚と比べると見慣れない姿ですよね。でも、これを茹でて、醤油で食べると美味しいんですよね……」
私は思わず前世の食卓を思い出して、ごくりと唾を呑んだ。
「内陸の出身なのに、タコなんてよく知っているわね。それに、“ショウユ”って何?」
「あ……すみません、こっちの話です。いやあ、私も実物にお目にかかるのは初めてなんですけど、とても美味しいと噂に聞いていまして」
私は、なんとかごまかした。
「へえ。でも、物珍しいのは確かね。こんなに大きなタコが揚がることなんて滅多にないし。せっかくだから、これを買って帰りましょうか。料理長に頼めば、なにか作ってくれるかもしれないわよ」
「えっ、良いんですか!」
私は目を輝かせた。
こうして私は、大好物のタコを手に入れたのだった。




