コーネリアの選択②
「――提案がある。もし他に行くあてがなければ、暫くこの城に匿ってあげる。もちろん、行く当てがあるなら引き止めたりはしないけど」
「でも、よろしいのですか。私を匿えば、ヴィンセント殿下も罪に問われる可能性があります」
「私はこれでも一国の王子なのだから。君を匿ったくらいで重罪にはならないよ」
「でも……」
言ったものの、私はヴィンセント殿下からの提案について考えを巡らせていた。
さっきも思った通り、本来なら私は北の国境を目指すべきだった。けれどアルバスがいない今、そこへたどり着くのは難しい。
ここに匿ってもらえれば、当面の間はしのげる。外にはさっきの勅使の他にも、王都から私を探し回っている者が大勢いるだろう。でも、そのせいでヴィンセント殿下に迷惑をかけることも避けたい。
今すぐには結論が出なかったので、この日はひとまず、一晩泊めてもらうことにした。
***
翌朝、私はあることを決心して、ヴィンセント殿下の執務室を訪ねた。
「殿下、あれから一晩考えました。もしできれば、暫くここに置いていただけないでしょうか。ただし、このまま居候になるのは殿下にもリスクがあります。それに、ただでここに置いていただくのも気が引けます。――そこで考えたのです」
私はここで一歩前へ踏み出した。
「私を、使用人としてこの城に置いていただけませんか。まだ不慣れなこともあるかも知れませんが、一生懸命働いて、滞在している間はご迷惑にならないよう頑張りますから」
「使用人、どうしてまた?」
ヴィンセントは少しだけ目を見開いた。
この城に滞在する人数が一人増えたところで、どうということはない。働く必要なんて無いと思うけど」
「いいえ、そういうわけには参りません。私も色々と考えたのです。殿下にただ匿っていただくだけでは、万が一見つかったときに、ご迷惑がかかってしまいます。
ですから――私が殿下を欺いて、使用人として潜伏していたことにすれば良いんです。殿下は、私がコーネリアだとは気付かず、庶民だと思って雇った。そう仰ってくだされば、もし私が捕まったときにも言い訳が立ちます」
我ながら名案だと思っていた。このまま何もせずに匿ってもらうのは申し訳がないし、かといって、私には他に行くあてもない。このあたりに潜伏するにしても、いつ敵に見つかるか分からなかった。
「でも、そこまでしなくとも。私のことは気にしなくて良いのだよ。それに、君にそんな慣れないことをさせるわけにも……」
ヴィンセント殿下は渋った。けれども、私の決心は変わらない。
「私のことなら大丈夫です。それに、庶民に偽装していたほうが、私自身も動きやすいんです。今回の件で裏から誰が糸を引いているのか分かりませんが、それを探るためにも、身軽でいたほうが良いと思いまして」
これは、私だけではなくヴィンセント殿下のためでもある。彼もまた、十五年前の事件とやらに縛られて、この地にいると言っていた。
二つの事件の黒幕が同一人物なのかは分からない。けれども、公的な身分ゆえに身動きの取りづらいヴィンセント殿下の代わりに、私が調べて回ることはできるのではないかと考えていた。
「だ、駄目でしょうか。やる気は十分にあります」
私は、まるでバイトの面接並みに目を輝かせて殿下にねだった。
「そこまで言うなら……。確かに、君の言う通り、単純に匿うよりも、使用人に偽装していたほうがカモフラージュになるかもしれないな」
言われて、ヴィンセント殿下も納得してくれた。
「ありがとうございます!」
「でも、そんなに張り切って働くことは無いからね。君は生まれながらの公爵令嬢なのだし、慣れないことはするものじゃないだろう」
「そのことでしたら、ご心配には及びません」
私は胸を張ってみせた。
そう、こう見えても私は、現代では普通のOLとして生活していた。彼は私のことを箱入りのお嬢様だと思っているようだけれど、そうではない。家事全般を任されることに、抵抗なんて無かった。
そんなわけで、私はこのお城に使用人として潜伏することになったのだった。
***
「リア、それが終わったら、こっちの洗濯物を干すのも手伝ってもらえる?」
「は~い、今行きます!」
数日後。私は、お城の庭先で、干し終えた洗濯物を眺めながら満足そうに頷いていた。
今は先輩メイドに色々教えてもらいながら、屋敷の仕事を少しづつ覚えている。
洗濯籠を抱えて、背後からの呼び声に返事をしながら振り向くと、眼の前にヴィンセント殿下とロイドが立っていた。
こちらを向いてキョトンとしているヴィンセント殿下と――まるで幽霊でも見たかのように、目を丸くしているロイドと目が合う。
「コーネリア……じゃなかった、リア。なにもそんなに張り切らなくても……疲れたりしていない? 休憩しながらで良いから」
ヴィンセント殿下は心配そうに声をかけてきた。
彼が私の提案を了承してくれたので、私は次の日から晴れてこの城の使用人になった。
ただし、周囲に対しては、私は殿下の遠い親戚の娘で、社会勉強のために給仕に出ている――という設定になっている。気を使って頂いただけでも十分なのに、ヴィンセント殿下は未だに私を公爵令嬢扱いするのが抜けない。
「ご心配なく、旦那様。私、これでもやる気と体力だけは十二分にあるんです」
「まあ、ほどほどにね……」
私は、殿下の過保護な視線をよそに張り切ってみせると、ヴィンセント殿下は乾いた笑いを漏らした。
隣でそれを見ていたロイドは、目を見開いたまま声も出ない様子だった。
そんな二人に一礼して、私は別の持ち場へと向かっていく。
すると、背後でロイドとヴィンセント殿下の、こんな会話を小耳にはさんだ。
「殿下、一体コーネリア嬢はどうしてしまったのでしょう。あの悪女として名高い彼女が、嬉々として家事雑用を引き受けているなんて、信じられません」
「確かに。これが本当にあの彼女なのか……私にも信じられないな」
ヴィンセント殿下も拍子抜けしているようだった。
「ですが、彼女が自ら使用人に偽装すると言い出したのは、名案だったかも知れませんね。もし見つかっても、我々は知らぬ存ぜぬで白を切り通せばよいだけです」
「もちろん、私は彼女を売るつもりはない。けれども、彼女がやりたいというのなら、しばらくは好きにさせようと思う」
二人は私の背中を見送りながら、そんなことを漏らしていた。




