コーネリアの選択
暫くして、廊下の方から話し声が聞こえてきたかと思うと、戸口からロイドとヴィンセント殿下が入ってきた。
「まったく、殿下はお人好しが過ぎます」
部屋に入るなり、側近のロイドは嘆いた。
「ここにコーネリア嬢本人がいるというのに、ごまかして勅使達を帰してしまうなんて……。この事実が明るみに出れば、ヴィンセント殿下といえどもただでは済みませんよ」
「許せ、ロイド」
ヴィンセント殿下は、そんなロイドの訴えなど意に介さない。
端からその会話を聞いていた私は、いても立ってもいられなくなった。
「あ、あの。勅使の方々は、どうなったのでしょうか」
「ああ。彼らには君がここにいることは明かさずに、何も手がかりは見つかっていないと説明して、帰ってもらったよ」
「えっ、本当ですか?」
思ってもいなかった展開に、私は思わず前のめりになってしまう。
「まったく、たかだか小娘一人のためにここまでなさるなんて、殿下らしくもない。余計なことに首を突っ込むのはおやめください」
ロイドは未だに嘆いていた。
「彼女は、あの悪名高いアーチャー家の人間なのですよ。アーチャー公爵家は代々、裏で社交界を牛耳っていて、気に入らない要人がいれば排除するのに手段を選ばないと聞きます。これまで何人の貴族が、権力争いに敗れて闇に葬られてきたことか」
「それに」と、ロイドは今度は私の方に鋭い視線を向ける。
「ここにいるコーネリア嬢だって、幼い頃から悪名高い方でした。気に食わない令嬢たちを執拗にいじめたり、殿下やランスロット殿下に近づこうとする令嬢を目の敵にしていたではありませんか」
本人を前にしてのあまりに辛辣な言いように、私は返す言葉が見つからなかった。
でも、ロイドの言うことも、あながち間違いではないのだろう。転生して間もない頃に体験したように、コーネリアという令嬢は、周囲から必要以上にもてはやされる存在だった。周囲が私に抱く印象はまるで、おとぎ話に出てくる悪役令嬢そのもので、私自身も戸惑っていたくらいだ。
そんな私が、無実の罪とはいえど暗殺未遂で指名手配された。元々私のことを悪女としてよく思っていなかったロイドが、ここまで執拗に責め立てるのも分かる気がする。
「確かに、お前の心配もわかる。私もそのような噂は耳にしている」
そう言って、ヴィンセント殿下は私の方を見た。
その表情は硬い。きっと殿下自身も、私が転生する前のコーネリアのことを、あまり良くは思っていないのだろうと伺えた。
厳密には自分のしたことではないとはいえ、私は少しだけずきりと心が傷んだ。
「だが一方で、これは言い得て妙だ。先ほど、勅使たちに話を聞いた限りでは。向こうはコーネリアを捉え次第、即刻死刑にするといっていた」
「そ、それは本当ですか……?」
恐ろしい一言が飛び出してきて、私は青ざめる。
「まずは取り調べを行なって時間の真相を調べるべきなのに。あまりにも急ではないか?」
「それは、それだけ重大な事件だからではないですか?」
「それに、王宮の動きにも不審な点がある。聞けば、国王陛下は持病が悪化して、今は寝込んでいるそうだ。では、誰が代わりに先をとっているのかと問えば……弟のランスロットらしい」
ヴィンセントは再び考え込んだ。
言われて私も思うことがある。ランスロット様は、以前からシャーロットと親しくしていた。彼はシャーロットを疑うはずはないだろうし。だからこそ、私を犯人だと決めつけているのだろうか。
「確かに、殿下の仰ることもわかりますが……。我々が口を挟むことでは無いのでは?」
「そうだろうか? 弟が判断を見誤っているのであれば、兄として見過ごせない」
ロイドはなおも不満を漏らす。ヴィンセントは冷静だった。
「とにかく、勅使にああ言ってしまった以上、もう後には引き下がれない。ここであったことは、今ここにいる三人だけの秘密とする。この件はくれぐれも内密にしておくように」
「……承知しました」
ロイドは渋々了承すると、そのまま部屋を去っていった。
***
部屋には、私とヴィンセント殿下だけが取り残される。
私は意を決して、口を開いた。
「あの……助けてくださってありがとうございます」
状況を見る限り、私が犯人だと疑われるのも無理はない。おまけに私には、悪女だという噂まである。
それなのに、彼は私を匿ってくれた。
あのまま勅使に引き渡されていれば、私の運命は終わったも同然だった。
「……別に恩義を感じる必要はない。私はただ、向こうのやり方に疑問があっただけだ」
彼は淡々と告げる。
少し間を置いた後、私にこんな事を告げた。
「実は私は、今の君と似た境遇の事件に心当たりがある。君を匿えば、私が追っているある事件の手がかりが捕まるのではないかと思ったんだ。」
「えっ?」
「君は知らないだろうけど、私は十五年前のある事件がきっかけで、以来この屋敷に長く囚われている」
「十五年前のある事件?」
思わぬ言葉が飛び出してきて、私は目を見開いた。
どうやら、ヴィンセント殿下は今私の身に起きているこの暗殺事件に似た境遇の事件を知っているらしい。
(ーー十五年の事件)
言われて私は考えた。
もちろん、私の記憶にそのような事件はない。
そもそも私は数ヶ月前にここに転生して来た身だし。
一応、アーチャー公爵邸で一般的な常識や教養は身につけたつもりだけれど。そのような話は聞いたこともなかった。
「一体、殿下の身に何があったのですか」
おもむろに尋ねれば、ヴィンセント殿下は一瞬だけ目を伏せた。
「詳しいことは言えない。けれども私は、今でもその事件の真相を追っているんだ。世間は私のことを、体が弱くて病気がちだであるために、ここに引きこもっていると噂しているが、実際は違う」
確かに、彼は幼い頃から病気がちで、そのために北部の城で療養しているという噂だった。けれども、こうして眼の前にしている彼は、どう見ても病人には見えない。
彼の意味深な言葉の端々から、彼が私の知らない何かを抱えていることが伝わってきた。
私が言葉を失っている横で、ヴィンセント殿下はおもむろにこちらへ向き直る。そして、静かにこう続けた。




