暗殺事件の概要
収穫祭が行われた日、私は父であるアーチャー公爵らとともに、王城へと向かっていた。
この日も、私は目立つ豪華な濃紫のアフタヌーンドレスに身を包んでいた。
会場に足を踏み入れると、私の姿を見つけた令嬢たちがすかさず声をあげる。
「まあ、コーネリア様。ずいぶんとご無沙汰でしたわね」
「お変わりないようで安心いたしましたわ」
「ど、どうも……」
私は、まごつきながらも挨拶を交わす。
社交界に出向くのは、春の園遊会以来だった。取り巻きみたいな令嬢達を突き放して会場を去ってしまったきりなので、正直気まずい。けれどもこうした公式な行事を欠席するわけにもいかず、しぶしぶ出向いたのだ。
彼女たちは私を見つけると、一瞬顔を見合わせるような素振りを見せたけれど、以前と変わらずに、まるで取り繕うように私の周りへ集まってきた。
いつも通りの様子に、私はほっと胸を撫で下ろす。
そのまま彼女たちの輪に入って談笑に興じていると、不意に聞き覚えの無い声が割り込んできた。
「まあ、コーネリア様、ご機嫌よう。お久しぶりですね。とても心配しておりましたのよ」
顔を上げると、眼の前にはあのシャーロットが立っていた。
彼女とは以前の園遊会で、ランスロット殿下と一緒にいるところを見かけたきりだ。今日のシャーロットは、見るからに値の張りそうなスミレ色のドレスを身にまとっていた。ひらひらと広がる裾には淡いピンクのリボンがいくつも結ばれていて、襟や袖には惜しげもなくフリルがあしらわれている。
「ご心配をおかけしてしまってごめんなさいね。近頃は何かと立て込んでいたものですから。
……それにしてもシャーロット、今日はいつにも増して素敵なドレスね」
私は不在の理由をはぐらかした後、それとなく話題を変えた。
言われたシャーロットは、目をぱちくりさせてから、まんざらでもない笑みを浮かべる。
「ええ、本当ですか。ありがとうございますっ。実はこれ、ランスロット殿下が私のためにくださったものですの」
「へ、へえ……。とてもよくお似合いですわ」
シャーロットはそう言って、うきうきとドレスの裾を翻してみせた。
私は特に興味もなかったけれど、それを見た令嬢たちが、一斉に視線をそらしたのが妙に気にかかった。
「ところで、コーネリア様の所領の収穫の出来はいかがです? 確かアーチャー公爵は、毎年地元産のワインを振る舞ってくださいましたね」
「ええ。今年は天候に恵まれて葡萄が豊作だったから、質の良いワインが出来たの」
この収穫祭では、各貴族が自領の収穫物を持ち寄って振る舞い、その年の実りを祝うことになっている。同時に、自領の特産品で富を誇示したり、領地の統治状況を暗に報告する場でもあるらしい。
南部の大領主であるアーチャー家もまた、広大な所領を有している。中でも南部は葡萄の産地で、そこから作られる上質なワインを振る舞うのが、我が家の恒例になっていた。
「シャーロットも、お一つどうぞ」
そう言って、私は屋敷から運ばせたワインの瓶をシャーロットに差し出す。
「まあ、ありがとうございます。公爵さまの所領である南部地方のワインは、香りも芳醇で絶品だと評判なのですよ」
シャーロットは、喜んでそれを受け取ると、他の参列者たちにも挨拶をすると言って、その場を離れていった。
***
記憶にあるやり取りを、そのままヴィンセント殿下達に話して聞かせる。
すると、彼はここで口を挟んだ。
「手配書によれば、君が手渡したワインに毒物が仕込まれていたらしい」
「ええっ! それは本当ですか?」
思わぬ一言が飛び出して、私は思わず席を立ち上がる。
「どうやらシャーロット嬢は、君から受け取ったワインを、国王陛下にも分けて差し上げることにしたようだ。数日後、シャーロットが陛下と謁見され、その席で葡萄ジュースを勧めた。そこで先に口をつけた毒見役が、その場で血を吐いて倒れたそうだ。瓶からは致死量の毒物が検出された――と、手配書にはそう記されている」
「そんなはずは……私は決して毒など仕込んでいませんよ。何かの間違いではありませんか?」
私はうろたえた。確かに状況だけを見れば、私が犯人だと思われても仕方がない。
でも、どうしてワインに毒なんかが……?
「確かに、シャーロットにワインを手渡したことは認めます。でも毒なんて入れていません」
あれは領主内の農園で製造されたものをそのまま持ってきたものだ。他の人にも配ったし。どうしてシャーロットのものにだけ毒物が含まれていたのだろう。
「状況から考えれば君が一番怪しいということになるだろうな」
「……それを言えばシャーロットだって、私から受け取った葡萄ジュースに毒を仕込むことは出来たではありませんか?」
信じたくはないけれど、あの場で私以外に毒物を仕込むことができるとすれば、ジュースを受け取ったシャーロットくらいだ。
私が訴えると、ヴィンセント殿下は軽くため息をついた。
「まあね、けれども現状では、警察は君の犯行だと断定しているようだよ。巷では、近頃ランスロットと親しくしていたシャーロット嬢に嫉妬して、コーネリアが毒を盛ったのだという話も聞いた」
「そんな滅茶苦茶な……。そんなことを私がするはずもありません。」
ヴィンセント殿下はこともなげに付け加えたが、私は全然納得がいかない。
(せっかく悪役を回避したと思っていたのに、結局こうなるのね……?)
私は得も言われぬ喪失感に苛まれていた。
「信じてください。私が手渡したジュースに毒を入れたら、そんなの私の犯行だと宣言しているようなものです。そんなわかりやすいことをするはずが無いではありませんか」
「確かに、送り主のはっきりした飲み物から毒物が発見されれば犯人は明白だ。誰かが君に罪を擦り付けるために行ったとも考えられるが……」
ヴィンセント殿下はそう呟いてから、考え事をするように腕を組んだ。
「しかし、それを今更覆すのは難しいだろうね。私としても、この手配書を受け取っている以上、このまま君を解放するわけにはいかない」
「そ、そんな……」
私は打ちひしがれた。
ここへ来る前、馬車の中でのアルバスとの会話が頭をよぎる。捕まってしまえば、極刑は免れないと彼は言っていた。
最悪の事態を想定して、眼の前が真っ暗になる。
――その時、さらに状況を悪化させる知らせが飛び込んできた。
「殿下、大変です。王都から勅使がやってきています。なんでも、昨晩逃亡した手配犯の行方について、調査に協力を頂きたいと……」
従者のロイドが、血相を変えて部屋に駆け込んできた。
言われて、ヴィンセント殿下は立ち上がる。
「勅使が、こんな朝早くからどうして」
「さあ、分かりませんが。何らかの形で、コーネリア嬢が北部地方に逃げ込んだことを掴んだのでは」
会話を聞いていて、私は青ざめた。
勅使に見つかってしまえば、それこそ一巻の終わりだ。
「幸いにも、眼の前に当該の手配犯本人がおります。さっさと身柄を引き渡してしまえばよろしいかと」
「ちょ、ちょっと待ってください。私は、本当になにもしていないんです……!」
私は思わず声を上げた。しかし、ロイドは私に冷たい視線を投げかける。
「だったら潔く投降して、調査に協力すべきです。後ろめたいことがなければ、逃げる必要など無いでしょう」
「そ、それは……」
確かに、彼の言うことは最もである。
けれどもここで捕まってしまったら、私の罪が決定的なものになってしまうのではないかという懸念も拭い去れなかった。
ロイドは私の狼狽ぶりなど無視して、今度は向かいにいたヴィンセント殿下に向き直る。
「殿下、もし彼女を匿うようなことがあれば、反逆の罪でこちらが捕らえられてしまいますよ。早く身柄を引き渡してしまいましょう」
「――待ってくれ、ロイド」
沈黙していたヴィンセント殿下が、ここで口を開いた。
「まずは私が、勅使と直接話す。彼らの目的が何なのかを知りたい。それにこの事件についても、いくつか確認したいことがある」
そう言って、ヴィンセント殿下は立ち上がると、ロイドとともに部屋を出ていってしまった。




