ヴィンセント殿下のお屋敷
「君、手配書にあったコーネリア嬢だね」
「……ち、違います」
殿下と呼ばれた人物に連れてこられたのは、なんとヴィンセント王子が療養されているという、北部の居城だった。
わざわざ聞くまでもない。彼こそがこの城の主であり、ランスロット殿下の兄君である、第一王子ヴィンセント殿下その人だった。
彼に連れられて屋敷にやってきた私。
挫いた足の手当てを受けた後、一刻も早くここを抜け出そうとしたけれど、挫いた足首は腫れ上がっていて身動きが取れなかった。
そうこうしているうちに、彼は手当てを終えた私の前に再び現れると。ほとんど確信を持ってそう突きつけたのだ。
「珊瑚色の髪に、木苺みたいな赤い瞳。それはアーチャー家に代々伝わる、固有の色だ。どう見ても庶民には見えないし、そんな目立つ容姿をしていて、私が見間違えるとでも思ったのか」
「…………」
流石に言い逃れが出来なくて口ごもる。
けれども、ここで認めてしまったら全てがおしまいだ。私は正面に向き直った。
グラン王国の第一王子、ヴィンセント。
彼は透き通るような白銀の短髪に、澄んだ青色の瞳をした、端正な顔立ちの青年だった。
――グラン王国における二人の秀麗な王子たちは、社交界でもっぱら噂の的だった。
二人の王子は、巷では“黄金の獅子”と“白銀の狼”と歌われている。弟のランスロット殿下は、輝く太陽みたいな黄金色の髪に、燃えるような橙色の瞳が自慢の王子。
対するヴィンセント殿下は、ランスロット殿下とは対照的な、透き通る白銀の髪に澄んだ青い瞳をしているという。
彼は、近年ほとんど社交界に姿を見せていなかったけれど。目の前にしたヴィンセント殿下は、まさに噂通りの人物だった。
と、ここで私はあることに気がつく。
(あれ、ヴィンセント殿下って、病気がちでここで療養しているのではなかったかしら?)
眼の前にいるヴィンセント殿下は、一見して病を患っているようには見えない。顔色も悪くないし、今朝みたいに外を歩き回ったりもしていた。
王宮からわざわざここに長期療養しに来るくらいだから、彼の病状は芳しくないものと思っていたけれど。
不思議に思って首をかしげていると
ーー突然、奥の扉をノックする音が響き、見知らぬ人物が部屋へ入ってきた。
「殿下、戻っていらしたのですね。まったく、朝から姿が見えないと思ったら――」
「ロイド」
小言を言いながら駆け込んできた人物は、彼はヴィンセント殿下と同じくらいの年齢の青年だった。服装から察するに、どうやらヴィンセント殿下の従者と思われる。
「朝から町へお出かけになったと思ったら。見知らぬ女性を城に連れ込むなんて、珍しいではありませんか」
そう言いながら、ロイドは私の方へちらりと視線を向ける。そして、私のこの派手なピンクの髪に目が留まった。
「……あれ? この娘って……どこかで」
「ああ、彼女が王都からの手配書にあった、アーチャー家の、コーネリア嬢だよ」
ヴィンセント殿下はさらりといった。
「ええっ……それは本当ですか!」
「……ち、違いますって!」
私はすかさず否定したけれど、ロイドと呼ばれた従者は興味津々でこちらを覗き込んできた。
「見慣れない娘が検問に引っかかったんだけど、怪我をしていたので保護したんだ。私は昔、社交界で君とは顔を合わせている。手配書にある人相とも一致するし、コーネリア嬢で間違いないと思う」
それを聞いて、私は青ざめた。
確かに、ランスロット殿下の兄君である彼ならば、社交界で私の顔を知っていてもおかしくはない。私が転生してからは一度も顔を合わせたことはないけれど、彼にとっての私は初対面の相手ではないのだ。
流石に言い逃れできないと突きつけられて、私は目の前が真っ暗になる。すると、ヴィンセント殿下はこちらに向き直って、こう告げた。
「名門アーチャー家のコーネリア嬢。君は今、国王陛下の暗殺未遂の疑いで、指名手配されている」
「……私は、決してそのようなことはしておりません」
ややあって、私は絞り出した。
こうなったら、自分がコーネリアであることは認めよう。でも、身に覚えの無い罪を認めるわけにはいかない。
なおも食い下がって反論すると、ヴィンセント殿下は少しだけ目を見開いた。
「しかし、手配書に書かれている文言は、ほとんど君の犯行だと断定しているようだ。ロイド、王都から回ってきた手配書の罪状と、事件発覚の経緯を、もう一度ここで読み上げてみてくれ」
ヴィンセント殿下が、後ろに控えていたロイドの方を振り返る。
ロイドは私の方に向き直ると、手にしていた手配書を広げて読み上げた。
「罪人、コーネリア・ノーブル・アーチャー。アーチャー公爵家の令嬢は、国王陛下ならびに、リース子爵令嬢シャーロットに毒を盛り、その命を狙った罪に問われている」
「そんなことを、私がするはずがありません。そもそも、私は国王陛下とはしばらく謁見の機会も与えられていませんし。それに、シャーロットと最後に顔を合わせたのだって……」
私が最後にシャーロットと顔を合わせたのは、先日王宮で開かれた、初夏の収穫祭でのことだった。
訝しみながらも、私は改めて当時の様子を思い起こしていた。




