メイド生活①海鮮グルメ回2
お城に戻ると、ソフィアと私はさっそく調理場へやってきた。そして、まだ生きているタコを料理長に見せびらかす。
「へえー、驚いたな。こんなに大きなタコは久しぶりに見たよ」
料理長はひとしきり感心したあと、慣れた手つきでタコを捌く。旦那様の夕食に使う分を取り分けたあと、物欲しそうに眺めている私たちと目が合った。
「旦那様の夕食にお出しする分は取り分けたから、残りを味見していくかい?」
「いいんですか……?」
私は目を輝かせた。
料理長は気前よく、残りを私たちのために調理してくれることになった。
「あの……ちなみになんですが。このあたりに、ショウユという調味料はありませんか」
「ショウユ? いや、聞いたことがないな」
「そうですか……」
私はひそかにタコを刺身で食べたいという願望をもっていた。
醤油の作り方はよく知らないけれど、原料は確か大豆と小麦と塩、それに麹だった気がする。麹は、蒸した穀物に麹菌を繁殖させて作るんだったっけ。でも、この世界で大豆なんて見かけたことがないし、ましてや麹菌なんてマニアックな代物があるとは思えない。
「このあたりじゃ、海のものはオリーブオイルやビネガーで和えて、サラダやカルパッチョにすることが多いな。このタコも、カルパッチョにするつもりだ」
「なるほど。それも美味しそうですね」
この世界は、現代でいうならばヨーロッパ風の世界に似ている。
けれど、話している言葉は私の感覚では日本語で、さっきのカルパッチョやサラダのように、前世で耳にしたことのある名前がそのまま通じたりするのだ。
そして、このあたりには醤油のような調味料はないけれど、代わりにオリーブオイルやビネガーが一般的で、食べ方も、前世のイタリア料理のような調理法が主流らしかった。
そんなことを考えている間に、料理長はタコをさっと湯がいて一口大に切り分け、オリーブオイルとワインビネガー、塩胡椒などで味をととのえて、見るからに美味しそうなカルパッチョを作ってくれた。
「旦那様の分はもう取り分けてあるから、こっちはお前さんたちで食べていいぞ」
「えっ、いいんですか」
使用人でありながら、仕事をサボって調理場で好き勝手してしまって、果たしていいのだろうか。
と、思いながらも、私はできたてのタコのカルパッチョを、ソフィアと一緒に頬張った。
「美味しすぎる! タコがコリッコリです」
「確かに。見た目はグロテスクだったけど、こうして料理になって出てくると悪くないわね」
タコの見た目が苦手だったソフィアも、思わず唸っていた。
ホクホクしながら、私たちは料理長にお礼を言って、仕事に戻っていった。
***
夕食時になり、私はヴィンセント殿下の夕食の給仕をしていた。
この頃になると、殿下も、私が使用人として城を歩き回ることに慣れてくれたようだ。最初のうちは扱いに困っている様子だったけれど、私が意外にも生き生きと働いているのを見て、最近は好きにさせてくれている。
「旦那様。本日の夕食ですが、前菜のタコのカルパッチョがおすすめです」
「そうなの?」
「はい。今朝方、ソフィアと町へ買い物に出かけた際に見つけたんです。お店に並んでいた時はまだ生きていて、とても新鮮でした」
「そうなんだ。それは楽しみだね」
「実は私も、さっき調理場でちょっとつまみ食いしてしまいまして」
うっかり口をすべらせてしまうと、ヴィンセント殿下はぷっと吹き出した。
「リアは、魚介が好きなの?」
「そ、そうなんです。内陸では海鮮は珍しいので、目がなくて……」
「なるほど、でもタコが好きなんて珍しいね。この独特な見た目から、気味が悪いという人もいるけど」
「そんなの、私には気になりません」
なんたって、私の中身は生粋の日本人なのだ。
タコは私にとってご馳走以外の何者でもなかった。
「そういえば、リアは知っているかい? 沿岸を西へ行った町では、パエリアといって、米を魚介とブイヨンで炊き込んだ料理が人気らしいよ」
「ぱ、パエリアがあるんですか」
私は目を輝かせた。
(パエリアといえば、米。……米といえば、ご飯!)
私は思わず前のめりになった。
ここへ来てからというもの、私が海鮮のほかに密かに恋い焦がれていたもの。ーーそれは“米”だった。
このヨーロッパ風の世界において、一つだけ現代のことで心残りになっていたのが、向こうの食生活だった。
ここの食事も絶品だけど、生粋の日本人の私は私はどうしてもお米が恋しくなっていた。でも、これまで暮らしていた中では米の存在すら確認できなかったので、半ば諦めかけていたのに……。
「それはきっと美味しいのでしょうね。いつか、絶対に食べてみたいです……」
「うん。あちらへ出向くときに、よく寄る店があるんだ。時間ができたら、今度案内してあげるよ」
(やった……!)
私は内心でガッツポーズをして、仕事に戻っていった。
***
(なんだか、思っていたよりもここでの生活は充実しているかもしれない)
一日の仕事を終えて、自室へ戻ってきてから、私はふとそう思った。
転生してからの生活は、確かに贅沢三昧だった。食べるものには困らなかったし、身につけるものも、思わず気が引けるほど高価な品ばかり。広いお屋敷ではいつも使用人に囲まれていたし、外に出れば周りの貴族たちの視線を集める存在。でも、今にして思えば、それは私にとって窮屈で、息が詰まりそうなものだったのかもしれない。
突然転生してきた私からは、それまでのコーネリアが身につけていたはずの教養やマナーがすっぽり抜け落ちていた。驚いた家族によって、すぐさま私の再教育が始まった。家庭教師やマナー講師たちに囲まれて、毎日、貴族としての教養を叩き込まれる日々。私自身も、右も左もわからない新しい生活に馴染もうと、必死に食らいついた。
おかげで今では、貴族として恥ずかしくない程度の教養は一通り身についたけれど、あの頃を思い出すと、大変だったことに変わりはない。
(公爵令嬢として振る舞っていた日々は、とても息苦しかったわ……)
むしろ、今のほうが解放感がある気さえする。自分でもびっくりするくらい、私はここでの使用人としての生活に馴染み始めていた。




