仕事中のハプニング
またある晴れた日の昼下がり、私はお使い帰りのホクホク顔でお城に帰ってきた。
「旦那様。これを見てください」
調理場へ向かって廊下を歩いていた時、ふと中庭で休憩しているヴィンセント殿下の姿を見つけた。
私は彼のほうへ駆け寄って、手に持っていたかごの中身を見せびらかす。
「お使いの帰りがけに、ふもとの農家の方が『お城の皆さんでどうぞ』ってくださったんです。ほら、こんなにたくさんの木苺。どれもよく熟れていて、美味しそうでしょう?」
私が目を輝かせると、ヴィンセント殿下も目を細める。
「本当だね」
「今、この木苺をどうするか、ソフィアと話していたところなんですよ。半分はジャムにするとして、もう半分はどうしようかなって」
「砂糖漬けや、干して乾燥木苺にするのもいいね。……というか、こんなに新鮮だと、そのまま全部食べきってしまいそうだ」
そう言いながら、ヴィンセント殿下はかごの中の木苺をひとつつまみ食いする。
「わかります。さっきもそれでソフィアとつまみ食いが始まってしまって……慌てて切り上げてきたところなんです」
「そうか」
いちごが沢山入ったカゴを抱えてはしゃいでいる私を見て、ヴィンセントが微笑ましそうにそれを眺めている。
「リア、仕事には慣れたか?」
「はい。おかげさまで。屋敷の方々も、街の人々も、みんな良い方ばかりで助かっています」
ここはほんとうに、人情味のあふれるところだと感じていてた。公爵令嬢として暮らしていた時は、気軽は街の人々と触れ合ったり、みだりに使用人たちと打ち解けることもなかった。
仕事は確かに大変だけれど、ここでの暮らしの方が自分にあっていて、それに充実していることは断言できた。
「まあ、あまり無理はしないで。何か必要なことがあれば、いつでも相談してほしい」
「ありがとうございます」
ヴィンセント様にも気にかけてもらい
すっかり平和ボケした私が、和気あいあいと談笑していた――その時。
「やあ、ヴィンセント殿下。お久しぶりです。お加減はいかがですか?」
振り返れば、そこには見知らぬ青年が立っていた。そばにはロイドが控えている。どうやら来客らしい。
「パーシヴァル?」
「まったく。お城でおとなしくしていると思ったら、こんなところで使用人をたらしこんでいるなんて。殿下も隅に置けませんね」
パーシヴァルと呼ばれたその人は、カフェオレみたいなやわらかい茶色の髪に、榛色の瞳をした、どこかチャラついた雰囲気の男性だった。
パーシヴァルという名に、私は社交界で見聞きしたある人物を思い出す。
(パーシヴァルといえば……確か、アイゼン伯爵家の嫡男がそんな名前だったわね)
記憶にある背格好や特徴とも一致する。間違いない。彼は、アイゼン伯爵家の嫡男パーシヴァルだ。
「パーシヴァル、余計なことを言うな。彼女はただの使用人だ」
「いつもは『女性になんて興味がない』とおっしゃっていた殿下が、珍しいなと思いまして」
そう言って身を乗り出すパーシヴァルの視線から、ヴィンセント殿下はさりげなく私を隠してくれた。
私も慌てて居住まいを正し、旦那様に向き直る。
「だ、旦那様。お時間を取らせてしまい、申し訳ありません。わたくしはこれで失礼いたします」
「ああ、ご苦労だった。下がってよい」
私は、パーシヴァルに身元がばれるのではないかと内心冷や冷やしながら、そそくさとその場を立ち去った。
髪色や服装を変えて変装しているとはいえ、パーシヴァルとは社交界で何度か顔を合わせている。じっくり見られたら、コーネリアだと気づかれてしまうおそれがあった。
幸い、彼は私とヴィンセント殿下を意味深に見比べるばかりで、私の正体に気づいた様子はない。
足早にその場を後にする私の背後で、ヴィンセント殿下とパーシヴァルのこんな会話が漏れ聞こえてきた。
「まったく、殿下は公の立場にあるお方なのですから、使用人遊びもほどほどにしてくださいよ」
「彼女は……そういうのではない」
「でも、確かに美人でしたよね。どことなく気品もありますし。どこで見つけてきたんですか」
「遠い親戚の娘でね。ここへは社会勉強に来ているだけだ。――手出しはするなよ」
「もちろん、わかっていますって。そもそも私は、殿下とは女性の趣味が違いますから」
ヴィンセント殿下がじろりと一瞥すると、パーシヴァルは笑って受け流した。
二人は談笑しながら、ロイドに案内されて城内へと去っていった。




