ヴィンセント視点①
ヴィンセントとパーシヴァルは場所を移し、応接間へと入っていった。
部屋には紅茶の茶器が一式トレイに載せて用意されている。メイドが淹れたての紅茶を差し出すと、室内には燻した茶葉の芳醇な香りが広がった。
「そうそう。ここのところ、社交界は国王陛下の暗殺未遂の話題で持ちきりですよ」
椅子に腰かけ、紅茶に口をつけてから、パーシヴァルが切り出した。
彼はこうして時折ヴィンセントの城を訪ねては、社交界の噂話などを報告しに来る。
長く王都を離れているヴィンセントにとって、彼は貴重な情報源でもあった。
「あれだけ大々的に捜索しているのだから当然だろう。この城にまで勅使が訪ねてきたくらいだ」
「ええ。事件直後の王都周辺は、それはもうすごい騒ぎでしたよ。私も最初に聞いたときは驚きました。まさか、あの名門アーチャー家のコーネリア嬢が、国王陛下の暗殺を企てるなんて――」
「本当に、彼女が企てたことなのだろうか」
ヴィンセントは、懐疑的な眼差しを向ける。
「真相はわかりません。ただ、彼女は以前から悪女として有名でしたからね」
この国随一の大貴族の令嬢であるコーネリアは、幼いころから我が儘な悪女として知られていた。
「それで、シャーロット嬢を亡き者にしようと毒を仕込んだ、と」
「まあ、彼女は以前からランスロット王子の妃の座を狙っている様子でしたから。それを横からかすめ取ったシャーロット嬢に、嫉妬の念を抱いていたのでは?」
「なるほど」
「ただ、この件については周囲の意見も二分されているんです。というのも、あのアーチャー公爵が真っ向から異を唱えているんですよ。実の娘がそのようなことをするはずがない、捜査をやり直せ、と」
「確かに、娘の罪が認められれば、公爵も権威の失墜は免れないだろうからな」
ヴィンセントはうなずいた。
状況を鑑みれば、コーネリア嬢の犯行と断定するのが自然だろう。しかし、ほかでもないコーネリア本人がそれを否定している。だからこそ、こうしてひそかに城に置いているわけだが。
「それに、今回の事件に関しては、シャーロット嬢の後ろ盾であるランスロット王子が、少々強引なようでして……」
パーシヴァルは、おもむろにヴィンセントのほうへ顔を寄せて、声を潜めた。
「ランスロット王子は、すでにコーネリア嬢の犯行だと断定して、疑う余地はないとお考えのようです。ご存じですか? 近々、シャーロット嬢が正式にランスロット王子の婚約者に内定するそうです。それに、父親のリース子爵は、侯爵に叙されるのだとか」
「それは初耳だ」
「リース子爵が侯爵の位を得れば、その影響力はさらに増すでしょう。貴族の中には、これまで社交界を牛耳ってきたアーチャー公爵を目障りに思ったリース子爵が、コーネリア嬢に罪を擦り付けたのだ――なんて陰謀論を語る者もいるくらいですよ」
そう締めくくって、パーシヴァルは再び紅茶に口をつける。
「どちらにせよ、当のコーネリア嬢の行方がわからない以上、どうにもならないわけだ」
「はい。彼女の行方は、あれ以来まったくつかめていません。王室近衛騎士団も捜索を続けていますが、有力な手がかりはなし。一時はこの北部にまで現れたという目撃情報もあったようですが、それも誤報に終わったようですね」
「そうか」
彼女の行方がいまだにつかめていないと知り、ヴィンセントは内心で安堵の息をついた。
そして、それとなく探りを入れるように言葉を継ぐ。
「すでに国外へ逃れたのかもしれないな。アーチャー公爵は隣国にも顔が利くだろうから、秘密裏に娘を逃がすことなどたやすいだろう」
「その可能性はありますね。どちらにせよ、これほどの大事に巻き込まれた以上、彼女はもうこの国には戻れないでしょう」
言ってから、パーシヴァルは少し考えるようなそぶりを見せた。
「このままランスロット王子が即位され、シャーロット嬢がその妃となれば、この国は彼らの思うがままになるでしょうね。――しかし殿下、本当によろしいのですか。このまま彼らに国を明け渡してしまっても」
パーシヴァルは意味深な視線を投げかける。
ヴィンセントはそれを軽くいなした。
「私は国王の器ではない。このまま弟が即位するのがふさわしいだろう」
「そうでしょうか。私はそうは思いませんが。ご存じですか? 最近の社交界では、シャーロット嬢が以前にも増して派手に着飾っていると噂になっているんです。なんでも、ランスロット王子にねだって、高価な宝飾品やドレスをいくつも贈らせているとか。国庫を圧迫するのではと危ぶむ声もありますし、近頃は振る舞いも目に余るようで、ほかの令嬢たちからも煙たがられています」
「それは知らなかったな」
「ですから、ランスロット王子こそが王にふさわしいとは、私には到底思えません。そもそも、殿下はランスロット王子の兄君です。本来であれば、殿下こそが即位されるべきなのでは?」
パーシヴァルは熱のこもった眼差しを向ける。
そう言われて、ヴィンセントは返答に窮した。
「私は……」
「私がこうしてひそかに殿下をお推ししていること、少しは思い出してください。いざとなれば、殿下のために全力を尽くす所存ですから」
「考えておくよ」
ヴィンセントはそっけなく答えた。
パーシヴァルは、幼いころからこうしてヴィンセントのことを気にかけてくれる存在だった。はたから見れば、ヴィンセントに取り入って王座に押し上げようとしているようにも見えるだろう。しかし、彼がこうしてヴィンセントのもとに通うのには、単なる政治的な思惑だけではない何かがあるように、ヴィンセントには思えていた。
話を終え、ヴィンセントはパーシヴァルを見送りに出た。
その途中、廊下の向こうを、先ほど中庭で話していた使用人が通りかかる。彼女はこちらに気づくなり、慌てて廊下の角に引っ込んだ。
「それにしても、本当に美人な使用人ですね。殿下はお目が高い」
「うるさい」
ヴィンセントはにらみつけるが、パーシヴァルはまるで意に介さなかった。
「まあまあ。……でも、あのメイド、どこかで見覚えがあるような気がするんだよな」
パーシヴァルが去り際にぽつりとつぶやいたが、その声はヴィンセントには届かなかった。




