地下室へ潜入!②
周囲を警戒しながら、私たちは地下室を出て、元の廊下に戻ってきた。扉に元どおり鍵をかけ、殿下と別れて持ち場に戻ろうとした時
――不意に、廊下の角の向こうから、数人がこちらへ歩いてくる足音が聞こえてきた。
「いやはや、見事な庭園だった」
「お褒めにあずかり光栄です。わたくしどもは、先祖代々受け継いできたこの領地と屋敷を守ってまいりました。領地を正しく治めることこそ、領主の務めですから」
「夫が侯爵の位を賜りました暁には、新しい所領も、これまで以上に発展させてみせますわ」
「ああ、期待しているよ」
廊下の角から姿を現したのは、先ほど敷地の散策に出かけたはずの、ランスロット殿下とリース子爵家の一行だった。もう屋敷に戻ってきたらしい。
「リア、ひとまずこっちに隠れよう」
ヴィンセント殿下はとっさの判断で、私を地下室の手前にあった客間の一室へと引き込んだ。
物音を立てないよう、細心の注意を払いながら息を潜める。
すると、彼らは廊下を通りかからながら、こんな事を言い出した。
「ところで殿下。逃亡中のコーネリアですが、まだ居場所はつかめないのですか」
「ああ。あの女は追手をかいくぐって、どこかに身を潜めているらしい。一刻も早く見つけ出して捕らえたいのは、やまやまなのだが」
「いまだに暗殺犯がうろついているなんて……なんて恐ろしいのでしょう」
シャーロットがここぞとばかりに、ランスロット殿下にすり寄っている様子が、会話から伝わってきた。
「ランスロット様、早くコーネリア嬢を捕まえてくださいまし。あの方は、きっと私を逆恨みしているに違いありません。彼女が野放しになったままでは、私も安心して眠れませんわ」
「わかっているさ、シャーロット。あの極悪非道な女は、私が必ず見つけ出す」
「何かご協力できることがあれば、何なりとお申し付けください。私も、早く娘を安心させてやりたいのです」
そばで、リース子爵が口添えする声が聞こえた。
扉越しにそれを聞いていた私は、思わず一言もの申してやりたくなる。
私だって、こんなことに巻き込まれるいわれはなかったはずなのに。勝手に犯人に仕立て上げられて、納得できるはずがない。
気づけば、私は扉のほうへ身を乗り出していた。
そんな私を、ヴィンセント殿下がそっと抱き寄せる。
「今は、辛抱するんだ」
殿下が、小声でささやいた。言われて、私ははっと我に返った。
「それにしても、この屋敷は中も見事だな」
「ええ。当家は子爵家ではございますが、屋敷の荘厳さでは、伯爵家やそれ以上の名家にも劣らないと自負しております。この屋敷も、初代子爵が建てたものを、当時のままの美しさで守り続けているのです」
ランスロット殿下に屋敷を褒められて、リース子爵の声色はすっかり上機嫌だ。
そして、一行がちょうど私たちの潜んでいる部屋の扉の前に差しかかった時、子爵がこんなことを言い出した。
「そういえば、この客間には、幼い頃のシャーロットの肖像画が飾ってあるのです。いかがでしょう、殿下。せっかくですから、ご覧になっていかれませんか」
それを聞いて、私は飛び上がった。
振り返ってヴィンセント殿下を見上げると、殿下は冷静に私の手を引き、そろそろと部屋の奥にある洋服だんすの陰へと身を隠す。
――ほとんど同時に、扉が開いて、ランスロット殿下たちが入ってきた。
「ほら、これが幼い頃のシャーロットの肖像画です」
「いやですわ、お父様。そんなものをランスロット様にお見せしないでくださいまし」
シャーロットたちが盛り上がっているのを尻目に、私はたんすの陰で、ひとり混乱を極めていた。
見つからないように、私とヴィンセント殿下は、身を寄せ合ってたんすの陰に潜んでいなければならなかったのだ。
おかげで今、私はこれまでにないほど、殿下と密着してしまっている。
お城に仕えていた間も、こんなに殿下に近づいたことはなかった。心臓が爆発しそうなくらい緊張していたけれど、一行が部屋を去るまでは、下手に身動きするわけにもいかない。
私はできるだけ平静を装って、殿下が愛用しているらしい木犀の香水、いい匂いだな……などと考えながら、なんとかやり過ごした。
「なんとか、やり過ごせたね」
一行が部屋を後にすると、私たちはようやく、たんすの陰から抜け出した。
涼しい顔をしているヴィンセント殿下に対して、私は内心ドギマギしていたけれど、それを悟られないよう必死だった。
「い、一時はどうなることかと思いました」
「彼らも会場に戻ったようだし、私たちもここで別れよう。ここで会ったことは、二人だけの秘密だ」
「はい」
「ほとぼりが冷めたら、君もこの屋敷の勤めを辞めて、城に戻っておいで。あまり長居すると、正体がばれる危険が増す。これ以上、危ない橋を渡ることはない。一度戻って、作戦を練り直そう」
「わかりました」
確かに、ここに長居すればするほど、シャーロットたちに正体を気づかれる危険は高まる。
屋敷の中はあらかた調べ尽くしたし、このあたりが引き際だろう。
「では、くれぐれも気をつけて」
別れ際、ヴィンセント殿下は私の肩に手を置き、身を案じるような眼差しを向けてから、先に客間を後にした。




